プラットフォーマーになれなかった

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新しい施策として話題を集めていたwebOSと搭載デバイス
新しい施策として話題を集めていたwebOSと搭載デバイス 全 9 枚 拡大写真

 既報の通り、米ヒューレット・パッカード(Hewlett-Packard:以下、HP)がPC事業の分離独立を検討するとともに、webOS事業から撤退する大きな戦略転換を発表した。あわせて、企業向けの検索・ナレッジ管理インフラなどを手がけるAutonomyを、100億ドル規模の巨費を投じて買収する意向であることが明らかとなった。

 まだ検討段階とされる内容も多く、これら事業再編策の具体的な実施時期や中身についてはまだ不明な点も多いが、売上高は大きくても利幅の小さいPCなどのデバイス分野を縮小ないし分離するとともに、収益性の高いサービス分野を強化することが基本路線であることは間違いない。

 このような構造改革はIBMや、日本の大手電機メーカーの情報部門がたどってきた道でもあるので、話としては理解しやすいが、最新のIT機器のトレンドと絡めて考えると、webOSからの撤退というトピックがひときわ象徴的に見えてくる。

 2002年に旧Compaqを買収してPC事業を拡大したHPは、世界最大シェアを誇るPCメーカーだ。HP社内で見ても、PCを手がけるPersonal Systems Group(PSG)の売上高は全社のおよそ3割を占めており、全事業グループ中最大である。しかし、直近9カ月(2010年11月~2011年7月)の営業利益率で見ると、サービスが14.9%、エンタープライズ市場向けのハードウェアが13.8%、プリンタとサプライ品等のイメージング事業が16.3%であるのに対し、PSGは6.0%と低く、しかもアジア系ベンダーらとの価格競争が激しいこの分野では、利益率は今後さらに低下する恐れが高い。

 この流れに対抗する戦略の核としていたのがwebOSだ。webOSはPalmのスマートフォン「Palm Pre」のOSとして2009年に登場し、HPは2010年にこれをPalmごと買収した。HPでは、これを自社のPC、スマートフォン、タブレットに展開するとともに、アプリマーケットなどのプラットフォームを整備し、開発者をこのエコシステムに引き込むことを狙っていた。その戦略はAppleがiOSとApp Storeで展開したものと酷似しており、いわば、PCやタブレットのようなデバイス事業を、高収益のサービス事業として回していくための施策であった。

 世界トップシェアのメーカーとはいえ、このままただPCを作り続けていてはアジア勢との競争に負けるので、それを防ぐには「プラットフォーマー」にならなければならない。この考え方自体は正しかったのかもしれない。しかし、筋書き通りに事は進まないもので、webOS搭載タブレットとして米国で7月に登場したばかりの「TouchPad」は、わずか発売1ヵ月で100ドルの値下げを強いられるなど、深刻な売れ行き不振にあえいでいる。タブレット市場では依然として1番人気のiPadが強く、また今年に入ってAndroidでもタブレット対応のAndroid 3.0が登場し、各社のラインナップが出そろっている。今からwebOSデバイスがここに食い込むためには、デバイスの出来の良さ以上のアピールポイントが必要だったが、少なくとも米国市場の消費者の目にとまるものはなかったようである。

 つい先日まで熱烈にアピールしていた戦略技術を、最初のタブレットの不振で早々に「損切り」段階の判断を下してしまうところは米国企業のスピード感を感じさせられるところだが、見方によっては、タブレットのようなモバイルデバイスの不振に引きずられる形で、PCからの撤退も決断に至ったというとらえ方もできるのが興味深い。

 つまり、これまで情報機器の花形であったPCも、HPのような大ベンダーにとってみれば、タブレットやスマートフォンのようなモバイル系市場での成功がない限り、ビジネスとして立ちゆかなくなっているということである。HPのPCおよびwebOS事業からの撤退も、情報機器の主役がPCからモバイルへと移り変わっていることのひとつの象徴として見ることができるだろう。なお繰り返しになるが、HPのPC事業再編はまだ検討段階であり、向こう1年~1年半をもってゆるやかに実施される意向であることには留意しておきたい。

 残るパイを奪い合う有力プラットフォームは、iOS、Android、Windowsということになるのだろう。Windowsも、次期デスクトップOSのWindows 8ではWindows Phoneベースのユーザーインタフェースを採用することが発表されており、アプリマーケット等の仕組みが備わることも確実視されているなど、PC、タブレット、スマートフォンを環にしたエコシステムの構築を強烈に打ち出すものになっている。

 これまでのPC市場では、HPがハードウェアを用意し、マイクロソフトがOSを、サードパーティがアプリを提供するという図式で、ある意味でHPとマイクロソフトは蜜月の関係だったと言えよう。そのHPとマイクロソフトがともに情報機器のプラットフォームを制する戦いに乗り出し、今回ひと足先に戦線を離脱したのがHPであった、という読み解き方は短慮に過ぎるだろうか。

PC事業分離とwebOSからの撤退……筋書き通りにいかなかったHPの戦略

《日高彰@RBB TODAY》

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