これまでのインタビューで、新型マツダ『デミオ』について疑問に思っていたことは完全に晴れた。ところが開発主査の水野成夫氏から話を訊いているうちに、また新たな疑問が湧いてきたのだった。それはデミオの走りにこだわる水野氏の姿勢だ。
マツダの「サステイナブルZoom-Zoom」は全社的な取り組みとして理解できる。けれども、水野氏のデミオの走りに対する確固たる姿勢は、そんなコンセプトや目標に対する意気込みからのものだけではない気がした。
水野氏の走りに対する思いを作り上げたものとは、何だろう。それを築き上げる元になったものを知りたくなった。
「私にクルマの走りの魅力を教えてくれたのは、片倉さんです」。片倉? 片山ではないかと確認したくなったのは筆者だけではないだろう。片倉正美氏は、マツダ系のレーシングドライバーからテストドライバーとなり、さらには開発のアドバイザーとして走りの味付け作りに貢献してきた人物だと言う。
その経歴は60年代、日本のモータースポーツ黎明期にまで遡ることができる。片山義美氏と共に、片倉氏は当時からマツダ車の走りを支えてきた。マツダ『キャロル』から『ファミリア・ロータリークーペ』、さらには『サバンナRX-3』といったマシンで、マツダのツーリングカー黄金時代を築き上げたメンバーの一人なのだ。
テストドライバーとしてマツダに入社後はエンジン実験部、車両実験部(初代FFファミリアマイナーチェンジ以降)に在籍。初代『アテンザ』では、走りの方向性(いわゆるZoom-Zoomの方向性)を決めるPET(プロダクトエクセレントチーム)で活躍したのである。
「ウチには色々なタイプのドライバーがいますが、中でも片倉さんのドライビングは本当にスムーズで、キレイにクルマを走らせてくれたんです」と水野氏は言う。
件の黄金期からオイルショックやフォードとの提携、バブル崩壊など様々な経済環境の変化があり、社内でも経営や人事面で色々な変革があったはずだ。けれども肝心のクルマづくりにおいては、目指す方向性や思想にマツダは、まったくブレがなかったのだ。
『RX-7』や『RX-8』、『ロードスター』といったスポーツカーを生み出してきた、マツダの根底に流れるクルマづくりへの情熱はこのデミオにもしっかりと受け継がれていたのだった。
ブレがないと言えば、「デミオ13-SKYACTIV」の価格140万円は、ハイブリッドシステムを採用していないとはいえ、その内容から考えれば相当なバーゲンプライスだ。開発主査の水野氏でさえ「まさか、この価格になるとは思いませんでした。145とか146万円あたりになると考えていましたから」と自身の想定外の価格となったことを認めている。
開発や生産という作り手だけでなく、出来上がったクルマを世に広める営業サイドもギリギリの戦略に挑んでいた。つまりはマツダは全社が一丸となって、これからのクルマ社会に挑んでいることが、今回のインタビューからも伝わってきたのだ。本当にブレがない。
エコカー一辺倒となるかと杞憂していたこれからのクルマとの生活が、また楽しみになってきた。