【井元康一郎のビフォーアフター】スズキが迎える軽自動車増税の正念場

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スズキ・鈴木修会長兼社長
スズキ・鈴木修会長兼社長 全 3 枚 拡大写真

日本の自動車販売の4割近くを占める“地方の足”軽自動車の税金が大幅に引き上げられる公算がいよいよ大となってきた。

◆軽自動車増税の動きが本格化

地方税を管轄する総務省は今年5月に「自動車関係税制のあり方に関する検討会」を発足させ、自動車税制改正の検討を急ピッチで進めているが、公開されている議論の中身を見ると、一貫して軽自動車が一方的に槍玉に上がっている状態だ。

もともと行政サイドにとって、軽自動車の増税は悲願であった。リーマンショック後にも新税制「環境自動車税」によって軽の税額の大幅引き上げを実施しようとしたが、東日本大震災によってペンディングとなった。今回は消費税増税と引き換えに自動車取得税が廃止されることで発生する地方税の税収減を穴埋めするというのが大義名分で、増税への意志はかつてなく固い。

自動車取得税や重量税の減税でユーザー負担を増やさないことを条件に消費税増税を容認したはずであった自動車業界だが、日本自動車工業会は今回の軽増税の機運についてはなぜかノーコメント。国税と地方税は管轄が別などという総務省の言い訳は詭弁もいいところで、ユーザーサイドに立つならば「そんなのは国と地方でちゃんと調整しろよ」と厳しいツッコミを入れてもいいはずだ。それをしないのはユーザー負担軽減や国内市場活性化は単なる名目で、法人税減税を実現させられればそれでいいというのが本音だとみられても致し方のないところだろう。

◆“軽自動車の巨人”、スズキはどうする!?

税額がどのくらい引き上げられるかにもよるが、新税制が15年にも実施されれば、税金の安さで人気を集めていた軽自動車マーケットが大打撃を受けるのは間違いのないところで、再編の機運が一気に高まる可能性がある。なかでも台風の目となるのは、何と言ってもスズキである。

スズキは言わずと知れた軽自動車の巨人。今日では軽のシェアナンバーワンの座こそトヨタ自動車傘下のダイハツ工業に譲っているものの、軽のトレンドセッターであることはもちろん、規格の策定や産業振興に深く関わっており、実質的には今も業界盟主と言うべき存在だ。

過去、軽自動車の増税構想が出てもことごとく実現しなかった背景には、35年にわたってスズキを率いてきた鈴木修社長の存在がある。有力な政治家や財界人、海外の要人など幅広い人脈を持ち、かつてその影響力は絶大であった。トヨタの首脳すら、軽自動車の枠組みを根本的に見直すことについては「オサムさんの目の黒いうちは…」と尻込みするほどであった。

鈴木氏のほうも、軽自動車はすでに普通のクルマと同じようなものだから税金が安いのはおかしいという意見が出るたびに「軽自動車は寸法も排気量も厳しく制限されている。そのなかで素晴らしい4人乗りのクルマができているのは、軽メーカー各社の努力のたまもので。いわば芸術品のようなものだ。その努力を見ないで普通のクルマと同じようなものと言うのはいかがなものか」などと、正論をもって反駁。まさしく軽自動車制度の存続のキーマンなのである。

が、その鈴木氏も今や83歳という高齢。かつて自動車業界関係者から魔王のようと言われていた影響力にも翳りが見え始めている。スズキのクルマ作りを支えてきたのは地元静岡県の優秀な部品メーカー群。スズキは部品メーカーに対して、仕事の継続的発注と過酷なコストダウンというアメとムチを振るい続けてきた。それができたのは、ひとえに鈴木氏の求心力ゆえだったのだが、「最近では水面下でスズキ離れを模索する企業が増えた」(部品メーカー幹部)という。

リーマンショック後、フォルクスワーゲングループと提携しながら、その関係をきっちりモノにできなかったのも痛かった。スズキをグループ傘下企業のように扱うVWに対して、ウチとVWはあくまで対等という立場を崩さず、VWの世界戦略に乗ろうとしなかったのが一因だ。

◆VWとの提携に躓くも、自力での商品力強化進める

「巨大企業に飲み込まれないようにという鈴木さんのこだわりはわかる。しかし、昔の鈴木さんだったら“私はあなたのもの、どうにでも使ってください”と言わんばかりに相手の懐に飛び込み、ちゃっかりといろいろな成果を持ってきたもの。VWに対してあれほど突っ張ったのは、もし自分がいなくなってもスズキはVWとうまくやれるのかという、高齢ならではの焦りがあったのか。これまでの鈴木さんらしくなかった」(ライバルメーカー幹部)

人間の影響力は絶対値として測れるものではなく、実際のところはわからない。が、鈴木氏が高齢となり、人脈形成や交渉術に翳りが出ているとすれば、今回の軽自動車増税を止めることはもはやできないであろう。

スズキの商品は軽自動車だけでなく、インド市場をはじめグローバル市場にコンパクトカーを幅広く売っている。VWとの提携が破綻し、次世代エコカー技術の供与を受けることはできなくなったが、燃費や安全性など市場競争に必要なスペックをクルマに与えようと、これまでのコスト至上主義を返上し、自力で何とかできるのだというアピールに必死である。

つい最近も、コンパクトクラスの世界戦略車『スイフト』に新エンジンを載せ、JC08モード燃費26.4km/リットルという数値をマーク。次期『フィット』で密かに非ハイブリッド1~1.5リットルクラスで燃費ナンバーワンを狙っていたホンダを切歯扼腕させた。

が、増税で軽自動車の販売台数が激減するのをカバーするだけの体制を整えるには、まだまだほど遠い。スズキが得意としていた途上国市場も、競争は激化の一途をたどっており、減収分を補える保証はどこにもない。同じく軽メインのダイハツは、トヨタの生産工場として生きる道があるが、スズキにはパートナーがいない。日産自動車、あるいは単独主義を標ぼうしてはいるが同じ浜松出身であるホンダに助けを求めざるを得なくなる可能性もあるのだ。

◆2段構えで“本土決戦”に挑む

軽自動車増税にあたり、鈴木氏は全力で最後の影響力を行使してくるであろう。増税そのものが避け難いなら、せめてその額を少しでも抑制できれば、販売面で致命傷を負うことは回避できる。現状の2倍弱、1万4000円程度なら、リッターカーの2分の1。これでも「これまで聞いたこともない、2倍の増税を呑むのだ」とも言える。

が、政府が超小型車制度の新設をダシに税額のさらなる引き上げを強行する場合でも、スズキにはまだ交渉のネタが残されている。それは軽規格の見直しだ。たとえば税額が1万9800円となった場合でも、全幅1640mm、排気量800cc、定員5名といった仕様にすれば、普通車に対して競争力をある程度維持できる。そればかりでなく、それだけの車体サイズと排気量があれば、新興国におけるエントリーカーとクラスが重なるようになり、軽自動車を世界戦略車として売り出せるようになる。ここがスズキにとって“本土決戦”の場となろう。

公共交通機関が少ないエリアに住むユーザーや低所得者層にとって、軽自動車の増税は一大関心事だが、軽メーカーにとっても風雲急を告げるドキュメントだ。ホンダのように普通車でグローバルに商売ができているところはともかく、軽メインのメーカーについては再編や事業の再構築は不可避。税制のゆくえから目が離せない。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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