燃料電池車は本当に「究極のエコカー」なのか…FCV対EV徹底比較

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トヨタが18日に正式発表予定のFCVセダン
トヨタが18日に正式発表予定のFCVセダン 全 5 枚 拡大写真

トヨタ自動車は燃料電池電気自動車の市販モデルを18日に発表すると予告した。試作やリースでなく、一般販売を前提とした燃料電池車(FCV)としては世界初である。ライバルメーカーも負けじと来年以降、市販型燃料電池車を続々と投入する見通しだ。クルマの“脱石油”技術として先に市場に投入された電気自動車(EV)と比較して、どのような特性の違いがあるのかをいま一度考察してみる。

◆エンジン車、石油エネルギーに対するアドバンテージはあるか

クルマ単体として見た場合、普通のエンジン車と同じような使い方ができるのは燃料電池車のほうだ。トヨタの新型燃料電池車の場合、満タンぶんの水素5kgの燃料補給にかかる時間は前後の操作を除いて約3分。液体燃料のクルマには負けるものの、急速充電でも30分くらいかかるEVとは比べものにならないほどのチャージスピードの速さだ。これでJC08モード走行時で600~700kmほど、オンロードでも400km以上は走れるのである。水素ステーションが増えれば、飛び石伝いにロングドライブをこなすこともできるだろう。自動車開発のエンジニアが「クルマらしさでは燃料電池車がずっと優れている」と口をそろえるゆえんだ。

ただし、走るためのエネルギー補給が容易にできるかどうかという点は、現時点では圧倒的にEVのほうに軍配が上がる。EVは時間はかかるが自宅で充電ができ、さらに出先でも急速充電器を使うことができるからだ。燃料電池車の場合、これから水素ステーションを巨額の資金を投じて整備するという段階で、航続距離は長くとも、燃料補給の関係で行くことができない場所が多いという状況は当面解消されないだろう。

また、燃料電池車が増えた場合、水素ステーションのキャパシティの問題も出てくる。水素は重点にかかる時間は短いが、現場で水素を製造するオンサイト型ステーションの製造スピードはきわめて遅く、補給しようというクルマがちょっと集中すれば、ステーションのほうが“燃料切れ”になり、結局長時間待たされてしまうことになる。水素をローリーで運ぶオフサイト型であればその問題はやや緩和されるが、いつ来るかわからない燃料電池車のために貯蔵の難しい水素を大量に蓄えておくのはいかにも効率が悪い。この問題の解決のために水素製造、貯蔵技術が多数提案されているが、「実用化は10年単位で先のこと」(プラントメーカーのエンジニア)とのことで、この課題は当分のあいだ残りそうだ。

走行面では、燃料電池車とEVはほぼ類似した特性を示す。現在の自動車用燃料電池スタックの出力はおおむね100kw強。同じようなサイズのクルマを作った場合、動力性能を左右する軽量化に有利なのは燃料電池車のほうだ。また、速度の低い日本の道路ではあまり問われることはないだろうが、大出力を連続して放出する能力も燃料電池車のほうが優れている。

ハンドリングはEV、燃料電池車とも、重量物がクルマの低いところに集中搭載されるため、とても優れている。現状ではスポーティさに振ったモデルは少ないが、たとえば日産のEV『リーフ』は、乗り心地を改善するために柔らかいサスペンションを使っているにもかかわらず、ワインディングでのコーナリングでもロール角は相当に小さく、俊敏な動きを見せる。ホンダの2.5世代燃料電池車『FCXクラリティ』も同様。トヨタがリリースする第3世代モデルも乗り心地とハンドリングの両立という点では大いに期待が持てる。

が、こうしたクルマの商品力だけでは、EVや燃料電池車を価値付けすることはできない。両者とも、社会的に期待されているのはエネルギー効率の向上やクルマの石油依存度を減らす“脱石油”という次世代エコカーとしての役割だからだ。

◆“脱石油”が求められる次世代エコカーの課題とは

まずはパワートレインのエネルギー効率。これはEVが圧倒的に優れている。クルマを豪快に走らせる高負荷領域では燃料電池車は発電効率の低下、EVはバッテリーの内部抵抗の増大により、両者とも大幅に熱効率が低下する。JC08モードアベレージでみると、EVは約80%。燃料電池車のほうは、各社とも実数を発表していないが、エンジニアの証言を総合すると、おおむね60%あたりに落ち着いていると推測される。電気という二次エネルギーをバッテリー内の化学変化を利用して貯蔵する蓄電池に比べ、水素の酸化還元反応を利用する燃料電池のほうが熱ロスが大きく、それがモロに響いている格好だ。

加えて、燃料電池車のほうはクルマに水素を充填する際に350~700気圧という超高圧状態にする必要があり、そのロスも相当なものになる。ホンダは電気分解式の水素製造装置そのものを耐圧隔壁で囲むことで、水素製造にともなって圧力が自然に高まる方式のステーションを開発したが、これも効率が極めて悪い電気分解の際に捨てているエネルギーを一部利用しているという程度の意味合いで、根本的な解決にはなっていない。これは将来、クルマに積めるくらいに小型高性能・低コストの装置によって高圧水素以外の燃料搭載法を実現させられれば劇的に改善するだろう。

脱石油の観点では、現状のエネルギー利用の形態が大きく変わらないとすれば、EVのほうが優れている。EVは水力、風力、太陽光など、そのままではクルマに使えない非石油エネルギーから起こされた電力もダイレクトに使えるからだ。燃料電池車をみると、化石燃料から水蒸気改質などで製造した水素を使う場合は火力発電由来の電力でEVを走らせるのに比べてそこまで大きな差をつけられないですむが、再生可能エネルギー由来の水素を使う場合は、水素製造と燃料電池での発電のダブルで大きなロスが発生するため、効率は大幅に落ちる。効率だけをみれば燃料電池車には勝ち目がない。

が、水素側のアドバンテージもある。水素はとても扱いにくい物質ではあるが、送電線や揚水発電用のダム、スマートグリッド用のバッテリーなどの大がかりな設備を作らずとも、膨大なエネルギーの貯蔵や輸送が可能ということだ。たとえば水力発電の電力が余っている国が遠く国外にエネルギーを輸出する場合、効率は落ちても水素にしてしまったほうが簡単なのだ。使わなければ捨ててしまうことになるエネルギーを簡単に使えるようになるというのは、水素エネルギーの圧倒的アドバンテージであろう。

また、不純物を低コストかつ高速に取り除ける技術が確立されれば、製鉄所や製油所などから出る副次生成水素を使えるようになるのも魅力。このエネルギーは石油や石炭、ガスなどの一次エネルギーから取り出すのではなく、工業生産にともなって出る副産物なので、一次エネルギーに等しい。現状では副次生成水素は還元剤などに活用されているが、これは経済産業省の過去のプロジェクトによって行われているだけで、「値段がつくなら言うまでもなく外部に販売したい」(鉄鋼大手関係者)という。

EVと燃料電池車の比較をまとめると、クルマ単体としては、よりクルマらしいのが燃料電池、より低コストで運用しやすいのがEV。また効率が高いのがEV、将来的にエネルギーの多様性を拡大する余地が大きいのが燃料電池車、と言うことができる。よく、新聞やテレビで燃料電池車を“究極のエコカー”と評されるのを目にするが、現状では両者の社会における役割は同じではなく、どちらが究極と定義づけることはそもそもできない。そして、どちらが優勢になっていくのかは、それぞれが抱える技術的な難問をどれだけ解消できるかにかかっている。その行方をじっくり見守りたいところだ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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