テスラ広報の土肥さん曰く、とにかくイーロン・マスクCEOは電気自動車についてもっとよく知ってもらいたいんですよ。と仰った。これ、ある僕の質問に対しての答えである。
その質問とは…「こんなことやっちゃうと、メーカー的には儲からないですよね?」であった。
読者にはさっぱりわからないと思うので説明しよう。今回テスラ『モデルS』はあるアップデートが施されて登場した。沢山あって書き入れないのである象徴的なアップデートについてのみ説明する。
それは今回新たに全車速対応の「アダプティブクルーズコントロール」が装備されたことだ。残念ながらこいつを享受するためにはカメラが必需品で、すでに納車されてしまったユーザーには申し訳ないが、現在納車待ち、あるいはこれから購入するユーザーはこいつが得られる。しかも上乗せ料金なしのタダ。他にもあるアップデートに関してはカメラを使わない限り、すべて無料で手に入れることが出来る。
アップデートとは、自動車メーカー的に言えばマイナーチェンジである。つまりマイナーチェンジして、カメラを装備、その上で全車速対応のアダプティブクルーズコントロールが付けば、普通の自動車メーカーならまず値上げだ。ところがそれがタダ。それどころか、このアップデートと称する仕様変更は、すべてコンピューターのアプリ同様にメーカーから案内が来て、それを車両のダッシュボードに装備された巨大な画面上の操作で行うというのだから、およそクルマという概念からはかけ離れている。
新しいアップデートをダウンロードするとクルマが変わっている…という話は電気自動車ならではだ。つまり、マイナーチェンジしても値段を上げず、簡単に言うと外観が大変わりするか、あるいは動力系に変更を受けるなど大掛かりなモデルチェンジがされない限り、お客は新車を買わないということで、だから冒頭の質問となったのだ。それに対する答えがイーロンマスクの話である。
やはりPayPal創業者の度量は広いのだ…などと妙に感心してしまった。電気自動車とは本来これが出来るはずで、クルマを変えることなくその進化を実感できれば、ユーザーにとってこんなに有り難いことはないし、それがただで手に入るとなれば、なおさらである。
もう一つテスラが素晴らしいと思ったことは、その航続距離の長さである。今回は軽井沢での試乗。そもそもテスラ以外の電気自動車(レンジエクステンダーを持たない)で、東京から軽井沢まで来ようとは思わない。「モデルS P85+」の場合、普通に走れば軽々400kmは持つというから、軽井沢など朝飯前の距離なのだ。試乗枠は午前1回、午後1回の2回だが、ひと枠3時間。合計6時間走り続けである。それでも充電を考える必要はない。確かにたとえ急速充電でもガソリンを入れるように気軽にはいかないが、これだけの航続距離があれば、びくびくしながら走る必要はない。
今回は本来雪上試乗を意図していたそうだ。しかし前日の異様な暖かさと、それまで一切雪が降らなかったことを併せ、路上に雪が残っている場所は限られたもの。おまけにその雪もシャーベット状で、その下はアイスバーンだったりするので、装着していたピレリ・ソットゼロは、いわゆるウィンタータイヤと呼ばれる商品で、スタッドレスではない。というわけでオンロードではウィンタータイヤならではの静粛性の高さをを示してくれたが、シャーベット状では役不足。こうした状況ならばやはりスタッドレスをお勧めしたい。
それにしても、このクルマの加速感は恐るべきものだ。正直言って瞬間的な話をすればフェラーリだってランボルギーニだって勝てないだろうと思えるほど速い。しかも電気自動車特有の、スタート時に最大トルクを出してしまうので、発進加速が凄いのである。さすがにそんなことばかりやっていると多分電気の持ちは相当悪くなるはずだが、それをあまり気にしないで出来てしまうところがテスラの良さかもしれない。
室内の広さ、あるいは快適さなどはすでに語りつくされている。個人的にはやや、高級車としては乗り心地が硬いと思う。電気自動車の強みで、車高を変えることも、ステアリングのアシスト量を変えることも自由自在。なのにダンピングを変えることが出来ないのは摩訶不思議で、次のアップデートでは是非可変ダンピング機構を入れ込んでほしいものだ。
そして今回、また知らなかったテスラの秘密が一つ解き明かされた。ボンネットオープナーがどこを探してもないので聞いてみたら、何と、ボンネットを開けるのも室内の巨大画面から行うというのである。しかし、もっと簡単にやるにはキーに付いたテスラのエンブレムをダブルクリックすればフロント側が開くという。同様にテールゲートも同じ要領で開く。さらにルーフあたりを長押しすると給電口が開く仕組みになっている。因みにキーはモデルSを模した形だから、誰も間違わない。
毎度毎度、乗るたびに驚かされるモデルS。実際に所有した人もしばらくの間はコンピューターよろしく自分のクルマと格闘することになると思えた。でもその時間が長ければ長いほど。クルマを所有した歓びが持続する。アップデート、即ちマイナーチェンジが自分で出来てしまうクルマなんて他にはないのだから、長い目で見たら、モデルSは安いと思う。
■5つ星評価
パッケージング ★★★★★
インテリア居住性 ★★★★★
パワーソース ★★★★★
フットワーク ★★★★
おすすめ度 ★★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来37年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。