『機動戦士ガンダム』安彦良和が、いま一番気になる監督と異色対談

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左)原 恵一氏、右)安彦良和氏
左)原 恵一氏、右)安彦良和氏 全 3 枚 拡大写真

杉浦日向子原作の『百日紅』を映像化した原 恵一監督と『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』で25年ぶりにアニメの世界に戻って来た安彦良和総監督のスペシャル対談。
漫画家として歴史作品に携わり、これまで多くのアニメ監督も務めて来た安彦さんは、かねてから原さんの作風が気になっていたという。現在公開中の最新作『百日紅~Miss HOKUSAI~』に、原さんはどんな思いを込めているのか? 先輩である安彦さんから質問するスタイルでの対談となっている点にも注目していただきたい。
[石井誠]

【画像全3枚】

『百日紅~Miss HOKUSAI~』 http://sarusuberi-movie.com/
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』 http://www.gundam-the-origin.net/

■ 「普通」を描く原監督の映像美学

安彦良和氏(以下、安彦) 
以前、『河童のクゥと夏休み』を観させていただいて、今回の『百日紅~Miss HOKUSAI~』で2本目ですね。『百日紅』を観た印象としては「“普通”だな」って思ったんです。実は『河童のクゥと夏休み』を観た時にも同じ印象を持ったんですが、この“普通”というのがある意味大事なことだと思うんです。その“普通”の理由については後でお話します。

原 恵一氏(以下、原) 
僕は正直、本当に遡って『機動戦士ガンダム』の最初のシリーズは観ていましたけれど、その後の安彦さんの作品はそれほどは観ていなくて。だから今回、久々に『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』を観させていただきました。安彦さんを横にして言うのも恥ずかしい不勉強さですね。

安彦 
僕が『河童のクゥと夏休み』を観たいきさつなんですが、そのとき僕は神戸の大学で教授をしていました。でも、学生に映画を観せるような授業はあまりしていなかったんですよ。そこで、当時話題になっていた『河童のクゥと夏休み』と『鉄コン筋クリート』を授業で観せてみようと思ったんですね。
『河童のクゥと夏休み』は様々な賞を受賞していたことと、僕が使っている西武線の車窓から舞台になった黒目川をよく眺めていたのが理由ですね。そして、『鉄コン筋クリート』は当時若い人に人気だったので両方を観せてみようと。

原 
『河童のクゥと夏休み』と『鉄コン筋クリート』は同じ年に公開していましたね。

安彦 
それも理由ですね。そして、僕が両作品を観た時の感想が、『河童のクゥと夏休み』は“普通”だと感じたわけですね。これは、僕らがこれまで観ていて理解しているいわゆる「アニメ」だと。非常に安心して観ることができるんですよね。
一方、『鉄コン筋クリート』を観たら、ある種パニックになったんです。「何だこれは!」と。同じ年に上映して話題になったこの2本を観た学生の反応が見たくて一緒に観せたんですよね。そして、どちらが面白いかとたずねたところ、結果は半々でした。そうした反応になったことに、僕は安心したんです。みんな『鉄コン筋クリート』がいいと言うんじゃないだろうかと思っていたので。そういうエピソードがあるんです。僕が言う“普通”っていうのはこういうことだったんですよ。“普通”というのはすごく大事で。

原 
『河童のクゥと夏休み』では、僕なりに今までのアニメーションがやってこなかったこと、業界がやってこなかったことを作りたいと思ったんです。格好いいヒーローやヒロインが活躍するのではなく、日常性、家族関係というものをアニメーションで深く描けないかと。
そこに原作の一番ステキなアイデアだと思ったのが、江戸時代の河童の子供が現代の普通の家庭に来たらどうなるだろうっていう、そこのアイデアが一番気に入っていたんです。

安彦 
『ドラえもん』的ですね。

原 
ええ。そうですね。何か異質なものが家庭に入るという感じですね。それをさらにもうちょっとリアルにしていったというか。ドラえもんでは、彼が街を歩いていても誰も驚かれないけれど、そういうものではなくて、僕がやりたかったのは「本当に河童が目の前に現れたらみんなはどうするだろうか?」という部分なんです。それを描いてみたかった。

安彦 
『鉄コン筋クリート』の背景をやっていた木村真二という方は、よく知っているんですよね。僕が最後にやったアニメの仕事に参加してくれた人なので。この作品は、背景がとんでもないことをやっている作品なんです。固定された画面が1回もなくて、手描きの背景が全部動いているんですよ。
僕はある一方の監督がこういうトリッキーなアニメを作っている時に、オーソドックスなハートフルなストーリーをやった原さんという人は、“普通”の感覚がある人なんだなってその時に思ったんですよね。ある意味シンパシーも持っていたんですよ。

■ 主人公・お栄のキャラクター造形の意図

安彦 
『百日紅~Miss HOKUSAI~』の原作コミックスは、短いものなんですか?

原 
原作は、1話読み切りの構成になっています。そのため、物語としてはっきりとした終わりもなくて、1本ずつ違うエピソードが続いているという感じですね。

安彦 
オムニバスみたいになっているんですね。『百日紅』という作品自体にも思い入れがあったんですか。

原 
杉浦日向子さんの作品に二十代後半くらいに出会って、すごい人がいるなと衝撃を受けました。いつかこの人の作品をアニメーションとしてやってみたいとずっと思っていました。

安彦 
杉浦さんが亡くなったのはいつでしたっけ。

原 
もう十年くらい前になります。

安彦 
お会いになったことはあるんですか。

原 
残念ながらないんです。

安彦 
僕は一度お会いしたことがあるんですよ。東北の青森県の五所川原で開催されたシンポジウムで。僕が歴史漫画を描いていて、弘前に縁があるということで呼ばれたんですが、そこに杉浦さんがいらっしゃったんですよ。そのときにお会いした杉浦さんは非常に丁寧な物腰の方という印象でしたね。柔らかい丁寧な話し方をするんですよね。
お会いしたとき、あるクイズ番組で言っていた、江戸の人の歩き方について話を聞いたのですが、その答え方も見事で、何て頭がいい人なんだろうと思いました。それから何年かしてお亡くなりになってしまったんですよね。僕は、この原作も知らなくて、どういう話なのかと思っていました。ちなみに、一番気になったのがこの主人公・お栄の眉なんです。これは原作でもこういう設定だったんですか?

原 
原作ではここまで太くはないんです。これは僕がキャラクターデザインの方にお願いして太くしてもらいました。原作でもお栄という北斎の娘のエピソードが一番多かったのですが、北斎自身のエピソードだったり別のキャラクターのエピソードだったりと1話読み切りで連なったものが『百日紅』という原作なんです。
原作ではお栄はあまり美人ではないという設定になっているのですが、それをちょっと美形にしてもらおうと思いました。でも、ただ普通に美形にするのではなくて、少しバランスを崩してもらおうと眉を太くしてもらいました。

安彦 
思い切って太くしてもらいましたね。これ観ていてこれはいい女と言わせたいのか美人じゃないと言わせたいのかどちらなんだろうと気になっていました。お栄は世間的によく知られている方なんですか。

原 
まだそんなに知られていないと思います。『北斎漫画』という映画では出ていましたよね。ただそれほどメジャーな存在ではないと思います。

安彦 
お栄が実際にはどんな顔をしていたのかは、判るんですか?

原 
葛飾北斎が描いたお栄の絵があります。ホームベースみたいな顔で描かれていて、北斎からは「あご」って呼ばれていたと言われています。その絵を見ると、目もきつい感じでしたね。北斎は絵だけでなく手紙もいくつか残っているのですが、今で言う「絵文字」みたいなものを描いているんですよ。その中に「こういうエラが張った顔をした女が行くからよろしく」みたいなことを残していました。
北斎研究の原点のような『葛飾北斎伝』という本がありまして。明治時代に書かれた本なのですが、北斎に会ったことのある人が生き残っていた時代に見聞きして北斎がどういう人だったのかということを書いた本があり、その本にお栄と北斎の生活ぶりなどが書かれているんです。

■ “普通”に作った『THE ORIGIN』

安彦 
他のアニメ監督だと、もっと世界を広げたりテクニカルに走ったりすることが多いですが、そういう風には行かなかったんですね。

原 
僕の場合はこういう世界観が作りたいとかこういう映画が作りたいから作るみたいな事とは、ちょっと動機が違う気がしているんです。やっぱり実写も含めたちゃんとストーリーのある映画、そういうものが作りたいと思っているんですよね。

安彦 
『河童のクゥと夏休み』もそうですし『百日紅~Miss HOKUSAI~』もそうですよね。

原 
絵だけが突出したような作品にはあまり興味はないんですね。思わせぶりな見せ方にもそれほど興味はありませんし。杉浦さんの作品を見ていると、そのへんが実に潔いんですよね。ここの背景は全く描かないとか、映像の演出や監督をやっている方ならもうひと押しふた押ししたいところで寸止めするような断ち切り方をマンガの中でするのが、実に鮮やかなんです。

安彦 
そういう部分が関係あるのかもしれませんが、映像を観ていると「もうちょっといけばいいのに」という印象もあったりするんですよね。例えば親子の葛藤を描く部分なんかはもっとやってもいいと思ったんですが。

原 
そこをあまり押さないところが、杉浦作品の良さだったりするんですよね。江戸の言葉で言うと粋と野暮があるじゃないですか。そういう意味では、野暮なものにはしたくなかったんです。多分押し過ぎると野暮になってしまうだろうと思ったんです。

――原さんが『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を観られた感想はいかがでしたか?

原 
懐かしかったです。久しぶりにガンダムの世界っていうものに触れて。観ていたのは、二十歳くらいの頃ですかね。それを思い出しました。

安彦 
仕上がりとしては「普通」の感じでしょ?

原 
劇中では、政治とか血筋とか、そういうことをきちんと描いているじゃないですか。観ていて安彦さんにうかがいたかったのは、モデルにしてる実際の歴史などがあったのかという部分なんです。

安彦 
特定のものはないですね。ただ歴史に対する考え方として、歴史はこういうものであるというのはあります。

原 
雰囲気的には、19世紀的というか、第一次世界大戦の前後みたいな匂いがしました。

安彦 
一番わかり易いのはそこでしょうね。

原 
まだ名家の血筋とかが貴重であった時代、そういう匂いは感じました。

安彦 
革命と戦争の時代ですよ。それが第二次世界大戦くらいになると、もっといろいろな要素が入って複雑になるんですよね。冷戦時代もそうですし。

原 
やっぱり戦争の仕方も変わってくるじゃないですか。

安彦 
私が思うに、富野由悠季が最初の『機動戦士ガンダム』で核戦争はダメだと枷をかけたのも、一時代前の戦争という形でフリーズさせたかったからなんでしょうね。

原 
なるほど。

安彦 
なのでお話の通り、まさにそういう時代が念頭としてはきますね。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で久しぶりに現場に携わらせていただいて、ありがたいことに作品自体も面白かったと言っていただいて、大変光栄なことなんです。
ですが、そうした反応に対して、僕は「“普通”にやっただけですよ」と答えてるんです。だから最初に“普通”って言ったことがこういうことなんですが、それは謙遜でもなくて。本当に“普通”にやった。これは“普通”でしょうと。
幸いなことに『THE ORIGIN』は映画ではないので、OVAのグレードにあわせたつくり方で進んでるんですよね。を目指さなくていいんですよね。そういうと生意気に聞こえるかもしれませんが、それでもスタッフが出し惜しみなくやってくれているので、すごく感謝しています。ところで、原さんは作業の中ではどこに一番こだわっていますか?

原 
絵コンテですね。絵コンテでどれだけ自分の思う作品にできるかが決まるので、それに尽きます。絵コンテと脚本で大きく違うのは、監督の間合いである「秒数」を入れることができるということ。それによって作品のリズムも生まれますし。僕は絵コンテで音楽の指示も全部入れてしまうんです。そこまで自分で納得できるようにやっておけば、あとはそれをちゃんとわかったアニメーターの方々にそれに基づいて作業していただけるので。

安彦 
僕の絵コンテは見ていただけましたか?

原 
拝見しました。絵が若々しいですよね。

安彦 
けっこう丁寧でしょう。

原 
さすがです。絵のレベルは僕からすると全然違う次元です。

安彦 
このコンテの絵は、そのままレイアウトにも使ってるんです。

原 
これを基にアニメーターがレイアウトを作るんですね。

安彦 
さらに、僕は原画も見るんです。原さん優しいからアニメーターの方たちにまかせるという言い方をされていますが、僕は「なぜここまで描いて、こちらの意図が伝わらないのか?」ともどかしいんです。ただチェックの際に注文は出すんですが、あとは任せるようにしています。いい作画スタッフがいますし、演出もいるので、その後は見ないんです。余程これは勘違いしているだろうっていうのがあれば見るんですけれど、そういう部分も非常に少なくて。

原 
ラッシュチェックはされるんですか?

安彦 
ラッシュは編集のときに見るだけです。僕はスタジオにいないですから。編集でチェックして僕がリテイクを出したカットは2カットだけです。そうした仕上げをしてくれるスタッフには、やはり感謝していますね。

*『ガンダムTHE ORIGIN』の絵コンテ、はBANDAI VISUAL CLUBにて、「機動戦士ガンダム THE ORIGIN I Collector’s Edition 」の特典としてお試しみ読みが出来ます。
https://bvc.bandaivisual.co.jp/feature/139/

■ 最新技術に頼りきらないで作る映像への思い

安彦 
いろいろ『百日紅~Miss HOKUSAI~』を観ながら疑問があったんですよ。わりと淡々とやっていて、北斎親子がいわくありげでドロドロしたところに入っていくのかと思ったらそれも寸止めで。だから何をやりたかったのかなっていうのがあったんですが、お話をきいて非常によくわかりました。
もうひとつ気になったのが背景なんです。『鉄コン筋クリート』の背景が素晴らしいし、それを動かしたのも素晴らしい、ここまでやるか恐ろしいと思ったんですが、やはり時代はCGですよね。簡単に言うとCGの江戸の映像にちょっとした違和感を覚えたんですよ。

原 
背景に関しては、CGに見える部分もありますが、基本手描きなんです。

安彦 
やたら綺麗だからCGかと思いました。

原 
基本手描きの世界観です。カメラワークで橋を寄りから江戸全景まで引いたりするのはCGですが。

安彦 
背動(背景動画=動く背景)も手描きですか?

原 
あの背動は手描きです。モブは3Dも入れていますが、お栄がお猶のところに走って行くカット、家の中から外まで走ってカメラが回りこむっていうのは、完全に背動です。

安彦 
最初のほうの街の描写は?

原 
手描きの背景を主観で動かしているというのはありましたね。今回の背景を担当した大野さんがかなりキャリアのある方なので、アナログ時代のちょっと騙し感みたいなものまでもうまく作品に入れ込んでくださったと思います。

―― 最後に作品の見どころをお願いします。

原 
長年の夢でもあった杉浦日向子さんの傑作『百日紅』を僕なりに誠実に1本の映画にできたと思っていますので、ぜひたくさんの人に観ていただきたいと思います。安彦さんも『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の第2話も製作中とのことで、そちらも皆さん期待して待っていただければと思います。ありがとうございました。

安彦 
話の中でも言いましたが、『THE ORIGIN』は普通に作っているんですよ。その結果ご好評をいただいておりまして幸いです。やってきたことが「これでいいんだ」と判ったので、これからも普通に作り続けます。
その中にはもちろん、アニメ的なスペシャルなテクニックが入ったり最先端の表現が入ったりするとは思いますが、そうした部分はスタッフのパワーなので。僕の基本は「普通」で、原監督が念頭に置いているハートフルっていうものと全く同じです。ハートな世界なのだと。ともすれば非常に無機的に描かれていたガンダムをハートフルな次元に引き戻すのがこの作品ですから。
原さんにもぜひ観ていただいて、感想などきかせていただけたら幸いです。

原 
はい。安彦さんの普通を確かめたいと思います。やはり、“普通”って大事ですよね。

安彦 
アニメを観て、「わからない」とか「理解できない」っていう作品がすごく多いんですよね。今回現場の仕事を見て“普通”じゃない部分があって、「普通にやってよ」とすごく思ったんです。絵コンテの解釈にしても。“普通”に見ればわかるはずなんだけどなっていうこともありまして。だから開口一番、原さんの作品に対して“普通”と言ってしまって気分を害されたかもしれませんが、“普通”というのは、そういう意味も含めてのことです。

原 
僕も“普通”というのは、とても大切な言葉だと思います。作品は、自分ひとりがよければいいわけじゃないですよね。

安彦 
最近は、「難しい」とか「すごい」っていうことを期待して作っている作品が多いのではないかと思います。そういうのも時々はいいんですが。それをやらないと技術的には進まないのも事実ですから。でも、最近はちょっとそっちに行きすぎているんじゃないかって。

原 
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』も『百日紅~Miss HOKUSAI~』もどちらも“普通”にやっているので、皆さんに観ていただきたいですね。

安彦 
そうですね。

※動画配信のお知らせ
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』総監督:安彦良和 スペシャル対談
~ゲスト『百日紅~Miss HOKUSAI~』監督:原 恵一~
をベースに対談記事は構成しています。
動画は、6月上旬バンダイチャンネル他にて公開予定。

『百日紅~Miss HOKUSAI~』原 恵一×『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』安彦良和スペシャル対談

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