ボールをもっている味方に対して、半身の体勢をとる。パスを自分の間合いに呼び込み、前方へ流しながら体も回転させて一気に抜け出す。
相手ゴール前の密集地帯をすり抜けるときに、日本代表MF香川真司(ボルシア・ドルトムント)が駆使するターンのテクニックは実に理にかなっている。
半身になる目的は明快だ。相手ディフェンダーに囲まれていても、体の縦幅分の隙間があれば入り込める。後方からボールを奪いにくる相手をブロックできるし、前方の相手に対する視界も確保できる。
体を回転させる際に生じる遠心力は、そのまま体を前へ加速させるパワーに変えられる。瞬時にしてフリーの状態になれるから、次のプレーに対してさまざまな選択肢が脳裏に浮かんでくる。
■香川流ターンがチャンスを作り出す
6月16日に埼玉スタジアムで行われた、シンガポール代表とのワールドカップ・アジア2次予選。ロシア大会への第一歩となる一戦の前半12分に、名づけるならば「香川流ターン」がチャンスを作り出した。
右サイドで細かいパスが交換される間に、香川はMF柴崎岳(鹿島アントラーズ)とアイコンタクトを成立させている。次の瞬間、DF酒井宏樹(ハノーファー)からの横パスを、柴崎がダイレクトで前方にいる香川へ通した。
すかさず半身になった香川は右足で軽くボールに触れて、自らの前方に弾ませる。同時に体を左回転させて前を向き、左右にいたシンガポールの選手をアッという間に置き去りにした。
もっとも、ここから先がドルトムントとは異なってくる。FW岡崎慎司(マインツ)は相手にマークされて身動きがとれず、その後方にはFW宇佐美貴史(ガンバ大阪)がポツンと立っていた。ならばFW本田圭佑(ACミラン)は、右のタッチライン際に残っていた。選択肢はふたつ。そのまま抜け出すのか、あるいはミドルシュートを狙うのか。香川が選んだのは後者だった。
ペナルティーエリア内に入るかどうかの位置から、右足を思い切り振り抜く。対角線上を左方向へ切り裂いていった強烈な弾道は、しかし、この試合で神懸かり的なセーブを連発するシンガポールの守護神イズワン・マフブドが、ダイブしながら必死に伸ばした左手に防がれてしまった。
シンガポール戦前日。攻撃を差配するトップ下として、香川は熱い思いを口にしていた。
「簡単に崩せるとは思っていないので、粘り強く、積極的にトライしていきたい。立ち上がりが特に大事になってくるので、前半のうちにしっかりと点を取りたい」
果敢に放ったミドルシュートは決意の表れとなるが、果たして、香川が得意とする「距離」ではなかった。ターンで抜け出してから味方とさらに連動して、相手キーパーの至近距離に迫って決定的な仕事をするのが香川のスタイルであり、最も輝く瞬間となる。
香川自身、ハリルジャパンとして初めて臨む公式戦へこんなイメージを描いていた。
「3トップが(最終ラインの)裏を狙って、自分がちょっとタイミングをずらして入っていければ」
ドルトムントでは快足FWエメリク・オーバメヤンが裏のスペースを狙い、ドイツ代表のマルコ・ロイスやイルカイ・ギュンドアン、トルコ代表のヌリ・シャヒンらのMF陣があうんの呼吸で反応する。
■俊敏な動き、研ぎ澄まされた得点感覚
セレッソ大阪から完全移籍で加入し、俊敏な動きと研ぎ澄まされた得点感覚でヨーロッパにセンセーショナルを与えた2010‐11年シーズンには、FWにポーランド代表のロベルト・レバンドフスキ、中盤にはドイツ代表のマリオ・ゲッツェやケヴィン・グロスクロイツらの才能あふれる選手がそろっていた。
必然的に香川の思考回路にはさまざまなアイデアがひらめく。スルーパスで味方のゴールをお膳立てするもよし。壁パスを使ってさらに切れ込んでいくのもよし。ベストの選択を瞬時に弾き出し、ゴールという結果をもたらしてきたからこそ、香川はヨーロッパで屈指のトップ下という評価を得た。
しかし、日本代表にはゲッツェもいなけれれば、オーバメヤンもいない。香川がドルトムントと同じ感覚でプレーするのは無理があるし、ドルトムントと同じ動きを日本代表のチームメイトに求めれば、必然的に攻撃はノッキングを起こす。
パスをもらうときも然り。香川はシンガポール戦前日にこうも語っていた。
「もっとボールを引き出したい、もっとボールを受けたい、ということを要求していきたい」
ワントップの選手を除く9人のフィールドプレーヤーが自陣に引き、形成されたシンガポールの城壁の中で香川は精力的に動き、縦パスを受ける状況を作り出していた。
もっとも、そうした考えがなかなか味方に伝わらない。キャプテンのMF長谷部誠(フランクフルト)と柴崎のダブルボランチに対して、試合中に珍しく声を荒げることもあった。
「オレのところに(パスを)出せるだろう!」
空回りする気持ちが、本来の姿を失わせてしまったのか。前半23分に訪れた千載一遇の得点チャンスで、香川はスタンドを青く染めた約5万7000人のファンやサポーターのため息を誘ってしまう。
右サイドを攻め上がった酒井が、ゴールライン手前からマイナス方向へ折り返す。フリーで走り込んできたのは香川。誰もがゴールシーンを思い描いた直後に、シュートはバーのはるか上を通過していった。
必死にスライディングしてくる相手選手の姿が、視界に入ってきたことは否定できない。それでも必要以上に力み、シュートを浮かせてしまった理由は、香川が抱いていた焦燥感と無関係ではないだろう。
日本代表のチームメイトを、いますぐドルトムントのそれと同じレベルに引き上げることはできない。ならば香川自身が意識を変えて、ドルトムントとは違ったプレースタイルとコンビネーションを作り上げなければいけない。
たとえば、日々の練習でミドルレンジから放つシュートの精度を上げることも必要だろう。シンガポール戦翌日に会ったセレッソ時代の先輩、FW大久保嘉人(川崎フロンターレ)からも伝授されたように、エゴイスティックな面を遠慮することなく押し出すことも状況によってはプラスに働くかもしれない。
■コンディションやパフォーマンスではなく、メンタルに問題?
マンチェスター・ユナイテッドでの2シーズン目。当時のデイビッド・モイーズ監督に実質的に干され、試合勘を失ったことが日本代表でのプレーにも悪影響を与えたと、幾度となく指摘されてきた。
しかし、昨年9月に古巣へ復帰し、曲がりなりにも試合出場を続けてきた。香川本人も「結果が出ていないときも集中してトレーニングをしてきた」と、ドルトムントで積み重ねてきた努力が終盤戦でのパフォーマンスの向上につながったと力を込めていた。
ならば、苦しみながらも右肩上がりに転じさせた軌跡が、ハリルジャパンでの結果に結びつかない理由は何か。香川のコンディションやパフォーマンスではなく、メンタルのほうに問題があると言わざるを得ないだろう。
シンガポール戦では最初の交代カードが切られた後半16分に、FW大迫勇也(ケルン)と代わってベンチへ退いた。左右からのクロスを多用するため、ゴール前の人数を増やした。バヒド・ハリルホジッチ監督の意図を頭では理解していても、やはり複雑な感情がこみ上げてくる。
FIFAランク154位のシンガポール相手に、まさかのスコアレスドローに終わった試合後の取材エリア。香川は「悔しい」と漏らした後にひと呼吸置いて、胸のうちをさらけ出した。
「これが自分の現状。これが自分の実力。点を取れていないことと、結果を残せていないことが実力。ホームでこういう戦いをしてしまって本当に申し訳ないけど、前を向いて練習していくしかない」
世界基準を掲げるハリルホジッチ監督のもと、ポジションが約束されているとは思っていない。ふがいないパフォーマンスが続けば、居場所を剥奪されることも覚悟している。
「僕たちは世界で勝てていないのだから、厳しい要求をされるべきだと思っている」
チームの大黒柱が背負う「10」番を託されて5年目。厳しい言い方になるかもしれないが、日本代表と香川のパフォーマンスがハイレベルでリンクした試合はほとんどない。
真のエースとして3年後のロシアの地へ捲土重来を期すのか。あるいは、「10」番を背負ったごく普通の選手のまま不完全燃焼の思いを募らせ続けるのか。ハリルジャパンの中心で輝けるか否かは、香川がメンタルを変えられるか否かにかかっている。