駅があった場所に造られた「駅」…北海道の廃線跡にできた民宿を訪ねてみた | レスポンス(Response.jp)

駅があった場所に造られた「駅」…北海道の廃線跡にできた民宿を訪ねてみた

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北海道の木造駅舎のテイストをふんだんに盛り込んだ「天塩弥生駅」の建物。
北海道の木造駅舎のテイストをふんだんに盛り込んだ「天塩弥生駅」の建物。 全 16 枚 拡大写真
ここ数年、北海道内各地では古き良き時代の鉄道を後世に伝えようとする動きが盛んだ。最近ではインターネット募金によるJR北海道711系の保存や、旧深名線沼牛駅の修復といった出来事があったが、もうひとつ見逃せない動きがあった。

それは、かつて駅があった場所に「駅」を造るという、誰もが発想しなかったことだった。その場所は名寄市内の弥生地区。1995年9月に廃止された旧深名線天塩弥生駅跡に木造駅舎をリバイバルさせようと建設が始まり、北海道新幹線が開業した今年3月26日にオープンした民宿「天塩弥生駅」がそれだ。

天塩弥生駅は深名線がまだ名雨線と呼ばれていた1937年11月に初茶志内(はっちゃしない)駅として開業。深名線に改称された後の1951年7月には天塩弥生に改称されたが、1982年3月には無人駅となった。かつては列車交換が可能な構造で、貨物と荷物を取扱うための側線もあったが、JR移行後はこれらが全て撤去。駅舎は改築されたものが廃止時まで残っていた。

その場所に懐かしの「駅」を建てたのは、かつて国鉄や京王帝都電鉄(現在の京王電鉄)で車掌を務めていたという富岡達彦さん。元々は三笠市の出身で、1997年に東京から下川町に移住し、地元の森林組合に勤めていたが、山中での過酷な仕事が続き身体を壊したことをきっかけに、民宿の経営を考えたという。そこで建設するのなら、大好きな鉄道をモチーフに、心に描いていた木造駅舎テイストの宿を造ろうと思い立ったわけだ。

建設に際しては、当初、富岡さんが居住していた下川町にある旧名寄本線上名寄駅跡での営業を考えていたそうだが、町の都合でご破算となり、以前から駅の構造がある程度残されていて、かつ広い敷地を確保できそうだと目をつけていた天塩弥生駅跡に白羽の矢が立ったという。

その後、名寄市弥生に居住することを決めた富岡さんは、2014年に旧天塩弥生駅周辺の土地を所有する名寄市と交渉し、旧駅跡地3700坪の土地を80万円ほどで購入。建物のほうは、およそ2000万円をかけて下川町で木造住宅の建築やリフォームなどを手がける「キタクラフト」に依頼し、2015年6月に着工した。以来、「ハエタタキ」と呼ばれる国鉄の通信線に使われていた電柱が運び込まれ、建物の基礎が築かれる様子がフェイスブックなどで見られるようになった。

建物のモデルとなったのは北海道内に実在するさまざまな木造駅舎だったが、富岡さんが最もピンと来たものが、留萌本線の恵比島駅(雨竜郡沼田町)だったという。この駅は、1999年に放映されたNHK朝の連続ドラマ「すずらん」のロケ地になった場所で、ドラマでは「明日萌(あしもい)駅」として設定。そのために、車掌車を改造した駅舎の隣には、本物と見紛うほどの駅舎セットが建設され、現在も沼田町の遺産として残されている。

建設工事は冬を迎えるまで急ピッチで進められ、10月には堂々とした「木造駅舎」が姿を現した。冬期の準備期間を経てオープンした後は、新聞や雑誌、テレビの取材がひっきりなしに訪れ、嬉しい悲鳴だという。客層は60代以上のシニア世代が多く、レトロな雰囲気が新鮮に感じる平成世代の若者もかなり来ているという。名寄市や幌加内町、美深町など近隣からのお客さんが多いが、遠くは香川県からやってきた人もいたそうだ。

営業は、11時から14時までがランチタイムで、その後、15時には宿のチェックインが始まる。基本的には年中無休だ。ランチは日替わり定食が自慢だが、宗谷本線音威子府駅の名物として有名な黒い「音威子府そば」もある。ジャガイモをふんだんに使った昔ながらのカレーライスにこだわっているという。食堂は10人も入れば一杯になってしまうが、近隣の地域にある同窓会や子育ての会などの団体もよくランチを利用するということだ。

宿泊については、最近、当日予約が多く「夕食を希望する場合は当日の午前中までに予約を入れてほしい」と富岡さん。宿泊用の部屋は食堂の隣に3室設けられていて、それぞれにかつて宗谷本線の急行名で親しまれていた「利尻」「天北」「紋別」の名が付けられているという凝りようだ。

このうち、「利尻」にはB寝台を意味する「ハネ」と呼ばれる2段ベッドが並んでおり、「天北」「紋別」のほうはベッドなしの雑居室風。いずれは「天北」にもベッドが入るそうだ。「紋別」のほうは、多客時に使われるということで、普段は「利尻」「天北」に10人程度を収容している。基本的には男女別の相部屋だが、利用状況によっては夫婦別の相部屋も認めているそうだ。

将来は周辺でトロッコを走らせたり、旧深名線の跡を辿るオプションツアーなども考えているということだが、「それにはまず、いまの『天塩弥生駅』を軌道に乗せること」と富岡さん。夢はいろいろと膨らむものの、堅実に経営していくことも忘れていない。自身もこの「駅」で骨を埋める覚悟だという。

そんな「天塩弥生駅」を訪れてみて一番に感じたものは、古いもの、懐かしいものを大切にし、伝えようとする富岡さんの情熱だった。テレビドラマ「北の国から」の主人公・黒板五郎ではないが、鉄道の世界にも忘れかけていたものを思い起こさせようと行動する熱い人がいることを覚えておきたいものだ。

《佐藤正樹(キハユニ工房)》

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