【VW up! 試乗】万人にオススメはできないが…井元康一郎

試乗記 輸入車
VW high up!
VW high up! 全 17 枚 拡大写真

フォルクスワーゲンの欧州Aセグメントミニカー『up!』で200kmあまりドライブする機会があった。up!が欧州デビューを果たしたのは丸5年も前のことだが、筆者は日欧含めて今回が初乗りで、初期モデルと比較した熟成度合いについては論評できない。ゆえに、このモデル単体でのインプレッションとしてお読みいただきたい。

試乗したのはシートヒーター、185/55R15タイヤ、6スピーカーオーディオ、クルーズコントロールなどの装備を持つ上位グレードの「high up!」。試乗ルートは東京・品川を起点とし、千葉の九十九里浜を周遊するというもので、道路のおおまかな内訳は市街地5、郊外路3、有料道路2。コンディションは全区間ドライ、1名乗車、エアコンON。

まずはトータルの印象。up!はベーシックカーとしてなかなか好ましいフィールを持ったクルマだった。新興国需要を視野に入れて開発されたモデルであるにもかかわらず、直進安定性、操舵感、乗り心地、室内への光の採り入れの良さなど、各所の仕立てはむしろ古典的なヨーロッパ車風味にできており、道具感は満点に近い。また燃費も良好であった。

一方、5速マニュアルのクラッチ操作とシフト操作を自動化した「ASG」という変速機が日本の交通モードに合っておらず、都市部のイージーライドに向いていないことは大きな弱点。また、前述の美点をタダで作るマジックはなかったようで、価格も高い。ドイツではどうなのかと考えて装備と消費税率を日本にそろえ、1ユーロ=120円換算で比較してみたところ、内外価格差は10万円程度で値下げ余地は少なそうだった。

◆シャシーの出来はup!最大の美点

中身を要素別にみていく。サスペンション、ブレーキ、タイヤなど、走り味を決めるシャシーの出来はup!の最大の美点であった。千葉の房総半島は丘陵地帯で、走ってみると普通の田舎道でもあちこちに狭く、小さなワインディングロードがあったりするのだが、そういうシーンでの敏捷性は高く、操縦性も良かった。920kgという軽い車両重量ながら、ロールを許し、四輪がうねうねと路面をホールディングするというフォルクスワーゲン独特のドライブフィールはup!も持ち合わせており、安心感は高いものだった。

好ましいフィールはシャシーセッティングだけでなく、タイヤの選択によるところも大きいであろうことがうかがえた。high up!のタイヤは185/55R15サイズのコンチネンタル「PlemiumContact2」。めちゃくちゃ高性能なタイヤというわけではないのだが、それでも昨今のエコカーが履いている燃費特化タイヤと比べるとロードホールディングの良さ、旋回時のしっとり感、ロードノイズなど、いろいろな面がケタ違いに良い。日本のAセグメントベーシックカーもこういうタイヤ選択をやってくれるといいのになぁと思った次第だった。

動力性能も悪くなかった。1リットル3気筒という必要最小限のパワーソースで、動けばいいくらいに考えていたのだが、出力が75psと同クラスの中では高いほうであることに加え、2、3速が加速重視のギア比であることも手伝って、高速道路での合流などではとくに伸びがいい。7月にトヨタ『パッソ』に乗ったときも最近の軽量リッターカーは自然吸気でも結構速いなと思ったのだが、体感的にはそれを上回る印象だった。

◆日本の道路事情には厳しい「ASG」

が、パワートレインについては見逃せない弱点もあった。それは先に述べたように、変速機のシフトスケジュールが日本の道路事情に合っていないこと。日本の市街地における交通の流れの特徴は、発進加速が非常に静かなことだ。欧州人は市街地をすっ飛ばすというわけではないのだが、気が短いのか発進加速は結構機敏で、制限速度50km/hに向けて一気に加速する人が多い。ASGはそういうドライブを想定してシフトスケジュールが組まれているようで、それが日本の市街地ではしばしば悪さをした。

加速が緩慢だと、コンピュータが微低速で走ろうとしているのだろうと判断し、20km/hくらいで2速に入れようとする。すると、シングルクラッチ自動変速機の宿命で、加速に1秒弱の切れ目が生じ、2速に入るときには失速ぶんも手伝って回転が落ちすぎ、その後の加速も緩慢なものになってしてしまうのだ。この特徴はイージードライブ派にはかなりネガティブに感じられてしまうことだろう。AT限定免許ユーザーが多い日本においては、ATをラインナップすることは必須だが、このクルマは本来はMTで乗るべきものなのだなと思った。

ASGには手動変速モードが備えられているが、それを活用するとイメージは激変する。1速で30km/hくらいまで引っ張り、2速にシフトアップ後にクラッチがつながる感触に合わせてスロットルを踏み込む…という運転をすると、up!は俄然スムーズかつ軽快に走り始める。文章で書くとややこしいように思われるかもしれないが、これはMTからクラッチ操作を省いただけのもので、MTの運転に慣れたドライバーであれば、無意識のうちにできる。そのためドライブ後半はずっとMTモードで走ったくらいであった。ちなみにゴー・ストップの少ない郊外では自動で走っていても痛痒感はなかった。

燃費は基本的にはとても良く、ある程度活発に走っても、燃費の落ち込みは少なかった。ただし、市街地でATのぎくしゃくに振り回されながら走るとかなり低下するようで、ドライブの冒頭、市街地を全自動で走った時はほどほどの見越し運転をちゃんとやっても平均燃費計表示で15km/リットル台であった。MTモードで走ると、同じようなペースでも20km/リットルは軽く超えてきた。販売台数が少ないと難しいのかもしれないが、ASGのプログラムを日本に合うように変更すれば、顧客満足度も上がるであろう。郊外燃費は非常に優秀で、ちょっと惰力を有効活用するだけで25km/リットルは楽々と上回ることができた。満タン法によるトータルの実燃費は22.4km/リットルであった。

車内スペースは大人4人が座り、荷室に相応の手荷物を置いて移動するのに十分なスペースを持っている。ただ、スペース型の軽自動車・リッターカーのようなだだっ広さはなく、あくまで十分というレベル。また、宿泊を伴うようなドライブでは2名+荷物が無難。シートはヘッドレスト固定型の簡素なものだが、タッチは良く、中長距離ドライブへの期待感は結構持てた。また、シートリフターが省かれていないのは良心的で、ドライビングポジションはしっかり取ることができた。

◆“敵”は少ないが、万人にオススメはできない

まとめとライバル考。up!は動的質感についてはとても良いものを持っていた。また、車両重量が軽いこともあって、気軽に乗り込んでそのままどこへでも出かけるというサンダル感覚も十分で、カジュアルに乗るのには向いているものと思われた。が、変速機の特性が日本の道路事情に合っていないこと、また価格が高いことなどから、Aセグメントとしては万人におススメできるモデルとは言えないというのが率直な感想だった。

up!をおススメできるカスタマー像としては、MT車に乗り慣れた人、内外装の見栄えを飾るコストを削ってでもシャシーにお金を回すような一点豪華主義的コンパクトを好む人、とにかく欧州車の入門モデルに乗ってみたい人などが挙げられる。

ライバル比較だが、high up!のパフォーマンスは筆者が過去に乗ったAセグメントモデルの中でも非常に高い部類に属していた。国産車、輸入車を問わず日本で販売されているAセグメントモデルでこれを明確に凌駕しているのは欧州Aセグメント市場において圧倒的な2強の座にあるフィアット『500』、同『パンダ』くらいのもの。未試乗のルノー『トゥインゴ』と比べてどうかは興味深いところだ。

国産Aセグメントは軽自動車に押されてモデル数が少ないうえ、低コスト命のモデルが多いため、敵は少ない。ドライブフィール面では、トヨタ『パッソ』/ダイハツ『ブーン』、日産『マーチ』はまず比較対象にならない。ライバルとして結構良い線を行っているのは三菱『ミラージュ』くらいだ。トヨタ『アイゴ』も悪くないのだが、日本には未投入だ。余談だが、もし絶版になっていなかったらスズキ『スプラッシュ』が格好のライバルになっていたところだろう。

■5つ星評価
パッケージング:★★★
インテリア/居住性:★★
パワーソース:★★★
フットワーク:★★★★
オススメ度:★★★

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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