自動運転市場に次々と新しいプレイヤーが登場してきているが、プロセッサー業界に50年以上君臨する「巨人」がいることを忘れてはならない。いわずとしれた「インテル」である。「インテル入ってる」のフレーズは誰もが一度は聞いたことがあるのではないだろうか。PC、サーバー、スマートフォン、そして各種の組込み機器、制御システムまで、およそ考えられるコンピューターのほとんどにインテルプロセッサーは採用されている。
そのインテルが今年のCES 2017において「インテルGO」という自動運転ソリューションを発表した。5月にはサンノゼの研究施設において、BMWらと開発中の自動運転車両を公開し、年内には40台の自動運転車両を公道で走らせる計画を発表している。
インテルGOとはどんなソリューションで、自動車メーカーにとってどんな利用価値があるのか、ユーザーにとってのメリットはなにか。インテル技術本部 オートモーティブ・テクノロジーチーム 玉城秀善部長にお話をうかがった。
◆自動車に求められるテクノロジーの幅は広がり続ける
インテルというとコンピューターのプロセッサーのイメージが強い。一般ユーザーから見ると、インテルは自動車もやっていたのかと思うかもしれないが、自動車メーカー、サプライヤーの立場ならインテルが自動運転のプラットフォームを作る、ソリューションを提供するというのはむしろ自然な流れと感じるだろう。
「IVIシステムにおいてはBMW、ジャガー、トヨタ、日産など多くのメーカーがインテルを採用しています。組込み機器でも弊社のインテル Atomプロセッサーを使ったものは多く、自動車業界への参入は今に始まったものではありません。自動運転の世界市場は2025年までに4.7兆円規模(※)に、そして2035年までに自動運転車両の販売が自動車全体の1/4になると言われています。自動運転は今後のビジネスの柱になることは間違いないと思っています。」(玉城氏:以下同)
つまり、インテルにとって自動運転へのコミットは、これまでの事業ドメインから見ても必然ともいえる戦略シフトだといえる。しかし、続けて玉城氏は次のようにも語る。
「さらに重要なのは、OTA(Over the Air:無線技術によるソフトウェアダウンロード・アップデート技術)のビジネス規模も2022年までに3.9兆円(※)に達するといわれるように、IVIや自動運転が高度化するには、無線通信技術やクラウド技術との連携が欠かせないという点です。」
この発言が意味することは、これからの自動車に求められるテクノロジーの幅がさらに広がるということである。単機能のADASや自動運転を構成する要素技術、たとえば、画像認識やAIモデルの実行、センサーの分解能、それらの統合技術だけなら、高性能なプロセッサーがあればいい。もちろん、それは重要な要素であり欠かせない要件だ。
※112円/ドル換算、2017年6月29日現在
◆自動運転の実現に必要なもの
しかし、レベル4以上の自動運転には、高精度な3Dマップ、路車間通信・車車間通信(V2X技術)は欠かせない。プリミティブな運転操作だけなら、カメラ、ミリ波レーダー、LIDARなどセンサーと内蔵AIだけで実現可能かもしれないが、より安全を確保するための先読み、天候などによる影響を受けにくい制御のためには、クラウドとの情報交換が必要となる。
「ADASでも自動運転でも、ドライバーの操作が軽減されたら、その間の時間をどう消費するかも考える必要があります。車内のエンターテイメント、交通情報、外部とのコミュニケーション機能なども強化したいですよね。このような技術を実現するには、高性能なプロセッサーを車側にも搭載する必要がありますが、5Gのような高速で大容量のデータ(動画など)もやりとりできる通信環境も必須と言われています。そして、クラウドへの接続サービスです。自動車メーカーは、車載システムのプラットフォームの他、通信系のプラットフォーム、クラウドプラットフォームに関する技術を考える必要があります。インテルGOは、自動車、コネクティビティ、クラウド(データセンター)という3つのプラットフォームを統合したシステム開発を支援する自動運転ソリューションです。」
たとえば、車載開発プラットフォームでは、インテル Atomプロセッサー、インテル Xeonプロセッサー向けの開発環境(SDK:ソフトウェア開発キット)に加え、ハードウェアによる演算処理支援のためのプログラム可能なFPGAの開発環境が含まれる。これらはADASや自動運転制御に必要なサンプルプログラム、ライブラリ、ミドルウェアが用意される。
FPGAは、近年ASIC(カスタムLSI)に代わって注目が集まるデバイスだ。どちらも歴史は古いが、車載コンピューターの機能が複雑化したり、AIモデルの実行が求められることで、ソフトウェア開発のようにチップを設計できるFPGAの評価が高まっている。FPGAコードのOTAによるアップデートも将来期待できる機能で、これによりパフォーマンス向上や不具合改善などのアップデートが可能になるだろう。
5Gプラットフォームでは、モバイルPCやスマートフォンで培ったデバイス・テクノロジーを生かしたチップセットやSDKが展開・活用される。5Gの持つハイスピード・マッシブな通信機能は自動運転には欠かせない通信手段となる。車載チップと組み合わせることで開発効率の向上も期待できるだろう。
通信モジュールがつながった先、クラウド上のデータセンターには、機械学習やディープラーニング関連のツールも用意される。また、これらのツールはOpenCL等オープンな開発環境を支援する最適化ツールも用意されるというので、アプリ、サービス開発を行う部署にとってはうれしい環境だ。
◆「共通プラットフォーム」という強み
インテルGOの強みは、このように車両部分から通信、クラウド環境まで一貫した環境で開発ができる共通プラットフォームであることだ。プラットフォーム=土台が共通であるため、開発コストの低減、期間の短縮などが期待できる。クラウド側でのサービスレベルでは、プラットフォームを前提としたサードパーティーサービスも展開しやすい。例えば、インテルGOで開発された自動運転車やコネクテッドカーなら、どれでも使えるエンターテイメントサービス、地図サービス、業務サービスの市場ができるかもしれない(PCの世界では実現している)。

もうひとつの強みはスケーラビリティーだ。
「ADAS技術や自動運転を幅広くたくさんのクルマに搭載するには、廉価な大衆車から高級車まで、そのテクノロジーを幅広く展開しなければなりません。高価で高性能なプロセッサーだけで実現できても効果は限定的です。インテルGOでは、組込み用のインテル Atomプロセッサーからサーバーに利用されるインテル Xeonプロセッサー、そして先ほど紹介したFPGAまであらゆる車種、ニーズに対応できます。どの自動車メーカーが、何年までにレベル○○まで実現したい、と言ってきても対応できる開発環境とプラットフォームがインテルGOだと思っています。」
以上がインテルGOの概要、目指すところとなるが、ここで冒頭で触れたBMWとのプロジェクトについて改めて振り返ってみよう。このプロジェクトではBMWが自社の車両で自動運転を実現し、実験車両40台を2017年中に走らせるというものだ。協力する企業は、インテル、Mobileye、Delphiだ。Mobileyeはコンピューター・ビジョン(画像処理)に関する先端技術と知見を提供し、Delphiがクラウド連携などを含めたシステム構築を担当している。車両側システムはBMWが行う。さらに、直近ではここに自動車関連としては世界第2位のサプライヤーであるコンチネンタルも加わった。
ここで、各社が開発に利用するのがインテルGOだ。
現在、自動運転技術は、メーカー、サプライヤー、IT企業がバラバラに独自技術を主張しているかのようにも見える。しかし、高度な自動運転は、これらの業界が単独でどうにかできるものでもない。各業界が連携して、ユーザーに移動の安全や安心、運転の楽しみや新しい価値を提供する方法論のひとつが自動運転である。
インテルGOは、業界に対して共通プラットフォームという提案を投げかける。共通プラットフォームは、市場そのものの拡大、ビジネススキームとしては非常に有効だ。自動車の安全性にもかかわるADASや自動運転技術を広く浸透させることを期待したい。