【インタビュー】FITの2019年問題がEVの転機になる…三菱総研 長谷川功氏

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【インタビュー】FITの2019年問題がEVの転機になる…三菱総研 長谷川功氏
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2015年、COP21においてパリ協定が採択された。温暖化が2度以上進むと、地球環境に深刻で不可逆的なダメージを与えるため、国ごとに2030年までのCO2削減目標を定めた。各国は目標に向けて政策を進めており、再エネの拡大、モビリティの電動化も既定路線となっている。今後それぞれがどのような局面を迎えるのか、エキスパートにインタビューを実施した。第1回は、三菱総合研究所 エネルギーシステム戦略グループ主任研究員の長谷川功氏。
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《聞き手:佐藤耕一》

FITの2019年問題とは


---:電力供給に関して、再生可能エネルギーの拡大と、発送電の分離という2つの話題があります。具体的にはどのようなことが起こるのでしょうか。

長谷川功氏(以下敬称略):この2つ、再エネ導入拡大と発送電分離というのは、日本のエネルギー業界の大きなトレンドです。電力供給は今まで、生産して流通して届ける、という流れで考えられていましたが、このような一方通行の流れが大きく変わると考えます。

再エネについても、今まではメガソーラーが一般的でしたが、今後は家庭のPV(Photovoltaics:太陽光発電)が増えていきます。つまり、電気を使うところで発電をする、作る人と使う人が同じになる、という流れになるでしょうし、発送電分離というのも、今までは電力会社が電力を発電して、各地に送電する形でしたが、その仕組みも変わってくると思います。

---:再エネの拡大は、主にメガソーラーと、家庭の屋根の太陽発電設備の2つがメインになるのでしょうか。

長谷川:日本は特にそのポテンシャルが大きいと言われていますし、政策的にも誘導してきた経緯はあります。風力や水力、バイオマスなどの再エネもありますが、太陽光がそれなりのボリュームになるのではないかと思っています。FIT(固定価格買取制度)という形で後押しされています。

---:FITの2019年問題というキーワードがあります。2019年に何が起きると予想されますでしょうか。

長谷川:2019年は1つの変化点になると思っています。FITは2009年からその前身となる制度が始まっており、買取期間が10年間ですので、2019年にFITの第一期卒業生が出ることになります。2019年の卒業生は約50万世帯、約200万キロワットの規模があります。

この方達は、入学してから10年の間に、発電した電気を買い取ってもらうことで、PVの設置費用を回収できるようになっているのですが、買い取り期間が終わったからといって太陽光発電をやめてしまうと、200万キロワット分の再エネの発電力が無くなってしまいます。政府としても、補助金を使って再エネを増やしたわけですので、それでは困ります。

発電所2個分のソーラーエネルギー


---:200万キロワットとはどのくらいの規模なのですか。

長谷川:大きめの発電所2個分くらいです。

---:そんなにあるんですね! 毎年それが続くのですか。

長谷川:2019年がドカンと大きいです。そのあとは毎年20万世帯くらいですので、半分くらいにはなってしまいますね。その人達は、今まで高く売れた電力が買い叩かれてしまうので、自分の家でも電気をうまく使えるように蓄電池を入れたらどうですか、という提案をいま蓄電池メーカーさんは必死になってやっている状況です。

---:買取制度の10年間が終わると、電力会社はいくらで買ってくれるのでしょうか。

長谷川:政府の計算では10円や11円という数字が使われています。要は、今までは40円で売れていたものが10円になるということです。通常、消費者は電力会社から約25円で買っているので、10円で売るよりは自分で使ったほうがトク、ということになります。もちろん蓄電池の導入コストもあるので、費用対効果を考えて、ということになりますが。
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各家庭のソーラーで、あふれるほどの発電力がある


---:そうすると、FITの卒業生は、発電しても高く売れないので、もったいないから自分の家で使うということですね。一般家庭で電力をどれくらい使うんでしょうか。

長谷川:だいたい1~2キロワットですね。いっぽうでPVは3~4キロワットくらい発電します。もちろん家庭の事情やPVの大きさによって違いますが、発電した分のせいぜい半分くらいしか使い切れません。そこで蓄電池ということになります。蓄電池は余った電力の2割から3割を貯める事ができ、夜に使う分にまわすこともできるので、お得にはなります。しかし蓄電池を使っても全部は貯められないので、それこそEVのようなすごく大きい電池があれば全部貯められると思います。もしそれができるとしたら、EVに貯めておいて、夜に家で使えばいい、ということです。

---:では、FITが終わったあとの選択肢としては、安くなってしまうけど売りつづけるか、EVや蓄電池などを導入して有効活用するのか、という選択肢があるという事ですね。現状は各家庭のPVで発電をして、貯める事なくどんどん売っているわけですよね。

長谷川:そうです。高く買ってくれますので。

---:貯めて自分で使うと損してしまう、ということですね。そういった政策によって各家庭に発電所をどんどん作っているわけですね。しかし一方で、FIT政策も7~8年経過し、だんだん縮小しているんですよね。

長谷川:はい。買取制度も初期は40円で買ってくれましたが、今は28~29円くらいになっていますので、メリットは少なくなってきています。

---:今PVを付けている人はどのような動機なのですか。

長谷川:それでも10年でギリギリ投資回収できるレベルなんです。その分ソーラーパネルが安くなっているという事です。

---:なるほど。10年で回収できるなら、一戸建ての家はFITをやらないと損なわけですね。

長谷川:まあいろいろな制約もあって、10年間はその家に住まなければいけないとか、あるいは新築だといいのですが、既築だと、足場組んで設置するので余計に費用がかかってしまう、といったものです。

---:では、新築の一戸建ての人はPVを設置したほうがいいんですね。

長谷川:そうですね。置いたほうが得、という政策になっています。

---:そこまでしてPVを広げようとするFIT政策の目的は何ですか。

長谷川:再エネの拡大です。日本はそもそも資源が少ない中で、諸外国から燃料を買ってこなければならないエネルギーシステムを何とか改善しよう、というのが再エネを拡大する目的です。自給率の向上ですね。あとは環境です。

エネルギーの“特異点”はすぐそこ


---:「ソーラーシンギュラリティ」という言葉があります。具体的には何を指すのでしょうか。

長谷川:”シンギュラリティ”は、AIが人間の知能を超える特異点、という意味だと思いますが、電気も同じように、既存の原子力や火力などの発電設備から生まれる電気よりも、ソーラー発電のほうが安くなる世界といういのはありえると。そうなれば世の中は、発電所を作るよりもPVプラスバッテリーで電気を作るという方向にどんどんシフトしていく。こちらのほうが効率的かつコストが安くなる、その特異点という概念ですね。

---:自分の家にソーラーと蓄電池を置いたほうが、電力会社から25円で買うよりも安くなると。今の屋根の面積で売るほどあるわけですからね。これが2019年、FITを卒業する人達が沢山出てくることにより一気に達成されるのですか。

長谷川:一気にというのは難しいと思います。シンギュラリティというのは全体的にそっちの方向にシフトするという話なので。2019年断面では、FITを卒業する50万世帯であればそうなる場合もありますが、そうではない残りの4950万世帯の人達は全然そうではないので。50万世帯の人たちに起きるのはストレージパリティです。グリッドパリティ、ストレージパリティという言い方を業界ではします。グリッドパリティというのは、既存の電力会社から電気を買うよりも自分でPVで発電したほうが安いという概念です。ストレージパリティというのは、それに蓄電池も加えて電気を自分達で作るほうが安いという概念です。なので、2019年断面で起こりえるのはストレージパリティです。

電力は“足りなくない”


---:いま原子力発電もあまり稼働していないですし、EVが普及して本当に大丈夫か、電力が足りないのではないか、というイメージがありますが、ここまでお話を聞いてきて、電力は足りないのではなく、余っている状況なのでしょうか。

長谷川:正しくもあり誤りでもある、と言えます。電力の質の問題もありますし、価格の問題もあります。太陽光であれば、それこそ約40円で買っていますが、賦課金という形で上乗せしているわけです。いっぽう原子力は、いろいろな廃棄物のコストもありますが、一般的には10円くらいで発電できていますので、どちらがいいのか。今は電力としてはある意味足りていますが、それは高いお金を払って発電しているから、とも言えるわけです。

---:つまり、補助金を入れて高いお金で買ってくれるので、発電する人が増えた。だから足りているということですね。

長谷川:そうですね。

---:なるほど。そういう状況があって電力は足りている、ということですね。震災以降ずっと節電節電で、さらに原子力発電も止まっていますが。

長谷川:最近は、節電節電とあまり言わなくなりましたよね。皆さんの省エネもすごく進んでいますし。電力会社としては、コストの高い火力よりも原子力のほうが安い、という点や、原子力への投資を回収したいという思いもあると思いますね。

---:投資回収が終わっていないから再稼動したいわけで、原発を増やしたいわけではないのですか。

長谷川:原発を増やしたいと思っている人はあまりいないと思います。今から新しく原発を造るリスクを取るのは難しいのではないでしょうか。
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《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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