トヨタは福岡において、11月から実証実験を開始している。MaaSの本命であるモビリティ横断検索・決済機能を提供するアプリ『my route』だ。クルマに限定することなく、電車・バス・タクシー・サイクルシェア・レンタカーを組み合わせた最適な移動ルートを提案し、予約・決済までこなす”一気通貫”の、紛れもないMaaSである。
このようなサービスをトヨタが主体的に手掛ける意味とは。my route を開発・推進するトヨタ自動車 未来プロジェクト室 室長代理 兼 エグゼキューショングループ長の天野成章(あまの なりあき)氏に聞いた。
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なぜmyrouteか
トヨタ自動車 天野成章---:my route を御社で手掛けることになったきっかけとは、どのようなものでしょうか。
天野氏:未来プロジェクト室は、人がもっと移動したくなる環境をいかに提供できるかをミッションに活動しており、未来社会におけるモビリティやサービスを考えていく上でどうしてもそのベースとなるインターフェース作りもやる必要があると思っていたからです。
トヨタ自動車 天野成章また今後、自動運転などで、人の移動がより効率的・合理的になるでしょうし、サービスが移動してくることも、VRなども含めて、意識だけが移動するということもあり得ます。そういう状況においては、”リアルな移動”の本質が求められる世の中にどんどんなって行くと思うんです。
そうなった時に、やはり人が移動したいと思うような環境にしたい。そう考えた時に、一度自動車というものを移動手段の中のone of themと捉え、再定義して、人がAからBまで移動する時に何ができるんだろうか、というところに立ち返ったというのがもともとの想いです。
移動デマンドのインターフェイスとして
---:そのひとつとしてmy route があるということですか。
天野氏:はい。都会に住んでいる方、郊外に住んでいる方、移動困難者の方、インバウンドの方。いろいろな状況の方が移動したいと思った時に、状況に応じた最適な移動手段の提案と支払い、予約までを提供する一気通貫のサービスはまだ存在しません。
そういう中で、今回の福岡の実証実験の目的は、まず、リアルタイムな状況に即した、すべての移動手段を組み合わせたルート検索と、その移動手段を同じサービスの中で予約・支払いができること。A地点からB地点に移動する時に、新しい移動手段のことを知らなくても、ルートの提案のなかで自然に使える状況にすることが大事だと思っています。
また、ルートを提案するだけではなく、イベント情報やお店情報を提案することによって、移動したい、寄り道したいと思わせるようなサービスにしたい、楽しい移動を提案したいということ。
チャレンジする気概を持った同士
---:なぜ今回は福岡で、西鉄と組むことになったのですか。
天野氏:まずマルチモーダルのサービスである以上、公共交通事業者と手を組むことが不可欠です。今までは競合だったかもしれないけれど、より良いまちづくり、社会を実現するために、今までの領域から一歩チャレンジしようという気概を持たれている事業者を探している中で西鉄さんが積極的に新しい取組みに着手し、素晴らしいマインドを持たれており、トヨタからお声掛けさせていただいた。
そして、福岡という街が規模的にとても良くて、天神・博多と言われるような都心もあれば、南区や西区などには、バスが1時間に1本のような郊外の地域もあり、実証するにはとても良い環境でした。また、インバウンドの方もいらっしゃる。そして、西鉄さんが公共交通の多くの割合を運営していることもありました。
---:西鉄は電車もバスも運営していますね。
天野氏:はい。西鉄さんには予約・決済でもご協力いただくことができました。新たに6時間乗車券というプランを用意していただき、my route上だけで販売しています。
降車時にパッと画面を見せるだけでバスを利用できるので、外国人の方にも便利でしょうし、ICカードもいらないので使いやすいと思います。
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移動の総量を増やす
---:今回の実証実験のプレスリリースでも触れられていますが、”移動の総量を増やす”という言葉について、具体的にはどのようなことを意味しているのか、教えてください。
天野氏:自動運転やCASEといった方向に、モビリティは間違いなく進展していくと思うんです。そうすると、モノを届けてくれたり、お店やサービスも向こうからやってきたりして、人が移動しなくても便利に生活できる世の中にどんどんなっていくでしょう。
それに、例えば通勤のために満員電車で移動することは、決して楽しい移動ではないので、今後どんどん減っていく。この流れが進むと、人が移動するという行為自体がすごく減っていってしまうのではないかと思っています。
---:なるほど。
天野氏:それに抗って、楽しくない移動を無理に維持させたいとは思ってないんです。より便利な社会に発展して行く上では、当然の事だと思っています。なのでそれよりも、楽しい方の移動をいかに増やしていきたいとの想いで取り組んでいます。
実証から得た気付き
---:11月1日から実証実験が始まっています。およそ2週間ほど経ちましたが、手応えはどうですか。
天野氏:いちばん重要なのが、福岡在住の方や訪れる方にどれくらい使っていただいて、どんな反応なのかということです。ありがたいことに現時点では、ダウンロード数もアクティブユーザーも思っていたより多く使っていただいていますが、私自身が昨日まで福岡に行ってきて感じた実感としては、まだまだだなと思っています。
---:皆さんの認知が低いということですか。
天野氏:それもありますが、あらためてアプリを福岡の街で使ってみると、改善点がたくさんあることに気づきました。UI・UXもまだまだ改善できるところがありますし、デジタルリテラシーが高い現在社会においては、実証といえども精度が高くないと使われません。
---:確かに、そうですね。
天野氏:当たり前の話なのですが、人それぞれ移動に対するニーズが違うんですね。車で移動したい、公共交通で移動したい、ということだけではなく、もっと深い部分で、元気な日、体調が悪い日、一人なのか複数なのか、身軽なのか荷物が多いのか。あるいは同行者に足元が悪い方がいるなど、本当に様々なニーズがあります。
そういった生活者のニーズを満たすには、まだまだだなと、わかっていたことですがあらためて思いました。ルート案内にしても、早い・安い・乗り換えが少ない、だけでは足りなくて、例えば雨に濡れない、段差がないということも大事な要素だということです。
モビリティカンパニーになるために
---:お話を聞いていて、モビリティカンパニーになるためには、という課題に対して非常に根源的なところを追求されているという印象です。
天野氏:トヨタがモビリティーカンパニーへの変革を宣言したのは今年の年初ですし、まだまだこれからです。この領域ではチャレンジャーですし、なにも成し遂げていないので。
---:サービサーという意味ではそうかもしれませんね。
天野氏:ですからチャンスなんです。今トヨタが置かれた状況は、ピンチでもありチャンスでもあると本当に思っています。さらに今回の実証のような取組みが良い事だと思うのは、トヨタの先陣たちが経験したことのない領域でのチャレンジなので、特に僕より若いトヨタの社員にとっては、この変革は絶対チャンスとして捉えるべきです。正解が分からない、物差しがない中に踏み込んで行くということはやりがいもあるし、よりいきいきと活躍する上でもチャンスだと思っています。
東京オリンピック・パラリンピックに向けて
---:東京オリンピック・パラリンピックまであと一年半くらいですが、そこに向けて何か考えていることはありますか?
天野氏:世界中の方が東京に集まってくださるイベントはそうはないので、このタイミングで、my routeに限らず、いろいろなプロジェクトを紹介し、体感していただきたいと思っています。個人的な想いとしては、日本人らしい発想のMaaSも提案できたら素敵ですよね。