【平成からのくりこし】日産ゴーン事件よりも気掛かり、トランプ米政権の輸出規制

ゴーン容疑者
ゴーン容疑者全 6 枚

中高年のオヤジたちがカラオケで歌うレパートリーに「酒と泪と男と女」がある。昭和から平成にかけて活躍した大阪出身のシンガーソングライター・河島英五のヒット曲である。その歌詞は「忘れてしまいたいこと……」と始まり、「飲みつぶれて」「静かに眠るのでしょう」で終える。

静かに眠れない?

平成の時代といえば、日経平均3万8915円87銭の史上最高値の好景気に始まり、一転バブル崩壊。金融危機から「失われた20年」と呼ばれた長いデフレが続き、不良債権を抱えた銀行など、構造不況に見舞われた多くの業種で再編・統廃合などの大変革を迫られた、激震の30年でもあった。

平成最後の年末年始こそは歌のように酒を飲んで静かに眠りたいものだが、枕を高くしてのんびり寝正月とはいかない人たちは、どうも少なくないようだ。ことさら、12月26日から1月6日まで12日間のロング休暇の日産自動車。
東京拘置所(12月21日) (c) Getty Images東京拘置所(12月21日) (c) Getty Images

東京地裁が勾留延長を却下したため、カルロス・ゴーン前会長はクリスマス前にも釈放されるのではないかと思われていたが、急転直下、東京地検特捜部が「どんでん返し」の再逮捕に踏み切った。3度目の逮捕となったゴーン前会長の新たな容疑は、これまでの役員報酬をめぐる有価証券報告書の虚偽記載とは異なり、2008年秋のリーマン・ショックで抱えた私的な投資損失を日産に付け替えた会社法違反。特捜部が会社の私物化の“本丸”と位置付けていた「特別背任」であり、再び衝撃が広がっている。

「3社連合」の行方

勾留が長期化する可能性もあるゴーン容疑者の罪状などはともかく、日産社員をはじめ業界関係者が気になるのは、日産・ルノー、そして三菱自動車を含めた「3社連合」の行方だろう。11月19日に「ゴーン事件」発覚以降、経営の主導権をめぐる思惑の微妙な違いから、日仏間で緊張感が高まり交渉が難航していることも事実。
日産グローバル本社 (c) Getty Images日産グローバル本社 (c) Getty Images

日産と傘下の三菱自動車はゴーン容疑者の会長職を直ちに解任したが、日産の筆頭株主の仏ルノーは「反論に関する情報が少ない」として、会長兼CEOを留任させてきた。ルノーの2017年12月連結決算は、43.4%を出資する日産からの持ち分法投資利益が最終利益の50%以上を占めており、業績不振のルノーにとっては、日産との絆を失えば大きなダメージを受ける。このため、仏政府はゴーン容疑者を通じ、日産との関係強化を狙って「日産とルノーの経営統合」を画策していた。事件の罪状認否が明らかにならないうちに影響力を持つ会長職を解任すれば、日産とのパワーバランスが低下することを懸念しての先送りだった。

だが今回の逮捕容疑の「特別背任」は自分の利益のために組織に損害を加える悪質性の高い犯罪行為であり、ルノー側も「これ以上擁護し続けるには限界」との見方もある。すでに水面下では後継者探しに着手したとの報道も伝えられていることからゴーン容疑者の会長解任も時間の問題だろう。

「ゴーン後」に業界再編も

では、「ゴーン後」の3社連合が描くシナリオとはどんなことが考えられるのか。まず、カリスマ経営者追放後の日産だが、ルノーに対して現行の15%の出資では議決権はなく「不平等」な提携関係のままである。これを25%まで出資比率を高めれば、日本の会社法の規定ではルノーが持つ日産への議決権が消える。現時点ではこの比率をどう変えるのかなどは明らかになっていないが、ルノー側も「ゴーン後」の日産との関係悪化を防ぐためには、資本関係の見直し交渉で譲歩するのはある程度やむを得ないとみられる。

ただ、そのルノーの筆頭株主は仏政府。日仏間の不用意な摩擦を生じさせないための政治的な配慮も必要だ。資本構成などをめぐる交渉でどこまで妥協点を見いだせるかどうかはわからないが、日産としては「規模の利益」を得るために親子の縁をすぐに断ち切らないまでも、対等以上か、あるいは「下剋上」の関係を構築しつつ、より独立性を高めることを強く働きかけることになるだろう。
日産の西川社長 (c) Getty Images日産の西川社長 (c) Getty Images

日産としても、万が一ルノーとの提携を解消した後の経営体制の見直しについても模索する必要があるだろう。事件の後始末をつけたタイミングで、西川廣人社長兼CEOらは経営責任を明確にする形で退任するとみられる。その場合、後任人事の選出を含めて、三菱商事など三菱グループが後ろ盾の三菱自動車との関係を強化しつつ、新たなパートナー探しが最大の焦点になる。国内の乗用車メーカー8社のうち、トヨタ自動車は完全子会社のダイハツのほか、マツダ、スバル、スズキとも提携関係を持つ。残る1社はホンダだが、稼ぎ頭の二輪車部門を除くと四輪車事業は苦戦している。最近では、米GMなどと次世代技術分野で関係を結んでいるが、この先“自前主義”を守り抜くにも限界があるだろう。

年が明けて4か月後には新しい元号に替わる。「平成からのくりこし」として今回の「日産ゴーン事件」が、思わぬ自動車業界の再編にまで飛び火する可能性もある。
トランプ米大統領 (c) Getty Imagesトランプ米大統領 (c) Getty Images

日本に対して貿易不均衡を主張するトランプ米政権

もっとも、「平成からのくりこし」といえば、ゴーン事件よりも自動車業界にとって気掛かりなのは、1月下旬から開始する予定の日米貿易協議の行方だろう。米中間ばかりではなく日本に対しても貿易不均衡を主張するトランプ米政権が、自動車への高関税や円ドル相場に影響しかねない為替条項の導入も辞さない強硬姿勢で臨むとみられているからだ。自動車や関連部品の関税を最大25%まで引き上げる輸入制限を回避できるかどうか。自由貿易の原則から是が非でも避けたいところだが、交渉の相手は筋が通らないトランプ大統領である。農産品の関税引き下げなどの駆け引きも難航しそうで、先行きはまったく見通せない。

自動車の対米輸出に高関税が課せられることになれば、仮にトヨタ自動車では日本からの輸出車1台当たり平均約6000ドルの負担増となり、単純計算で約4700億円の減益要因となるという。日本の自動車業界で追加関税による負担増は2兆円にも迫るという試算もあるほどだ。
米市場でのスバル(シカゴモーターショー2018) (c) Getty Images米市場でのスバル(シカゴモーターショー2018) (c) Getty Images
自動車の対米輸出自主規制は、日米経済摩擦が深刻化した1980年代にも度々実施されたが、日本車メーカーが現地生産に乗り出す前の当時とは取り巻く環境は様変わりしている。だが、それでも追加負担分を価格に転嫁すると競争力を失い、販売台数が減少すれば経営を圧迫しかねない。なかでも世界販売の6割以上を米国に依存し、その約65万台の半数を日本から輸出するスバルなどは、再びの自主規制という最悪の事態にまでに及ぶことになれば経営への打撃はかなり大きい。

対米輸出の規制を回避するには現地生産を拡大するという対応策も考えられるが、巨額の設備投資や時間もかかる。さらに、国内の新車販売の不振に加えて輸出が減少すれば、国内工場の稼働率が低下し、過剰設備の閉鎖も余儀なくされると雇用への影響も避けられない。経費削減や中国やアジアなどの成長市場へシフトを強化しても打つ手が限られる。米国から乗用車を撤退しているスズキを除くと世界戦略では各社とも世界最大市場の中国とともに、米国はまだまだ欠かせない重要な市場だけに、平成最後の年末年始を迎えても内心は穏やかではないだろう。

《福田俊之》

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