山陰線の特急「スーパーまつかぜ」や特急「スーパーおき」がとまる江津駅に降り立つと、駅前には白と青が連続するバリアが目に飛び込んでくる。のどかでコンビニひとつない静かな駅前が、信じられないほどざわついている。警備員や地元ボランティア、そして観客が、緊張した面持ちでスタートを静かに待っている。
日本初の市街地レース開催地、江津の市街地レーシングコースは全長778m。国内で初めて公道レースむけ道路使用許可証が警察から8月に下り、設計された左回りコース。コーナーは6つ。緩やかなカーブや直角カーブが連続し、アップダウンやバンピーな路面もある。
◆街路を駆け抜けるマシンを間近に、大人も子どもも大興奮

12時から始まった練習走行から、会場はヒートアップ。レース当日2時間でつくられたサーキットには、立ち入り禁止ラインぎりぎりに観客が立ち並ぶ。軒先にバリアが敷かれた家のおじいちゃん・おばあちゃんも、練習走行するカートに拍手を送る。マシンがバリアに接触し、バコッという大きな衝撃を目の当たりにした観客は、思わず「うぉーっ」っと声をあげる。
みんなが注目するマシンは、ヤマハ発動機製汎用エンジン『MZ200』(空冷4サイクルガソリンエンジン OHV 排気量192cc)を搭載した、レンタルカートBirel『N35X-ST』。道幅も狭く、路面質も異なり、起伏やバンプのあるコースで70km/hで通過するマシンの姿は、迫力とスリルでいっぱい。
◆ソーシャルディスタンスが新しい、レース観戦もニューノーマル

最終コーナーから下り坂を駆け抜け、1コーナーへむけて突進するマシンの挙動も、リアル。キュキュキュ……とタイヤを鳴かせながら、ブレーキとカウンターステアをあてながらベストラインをトレースしていくマシンの列に、思わずみんな拍手や両手を上げて、静かにその走りを応援する。
大会アンバサダーには、3歳からキッズカートに乗り、全日本ジュニアカート選手権、全日本カート選手権などを経て、ことし2020年は SUPER GT au TOM'S GR Supra 36号車 に乗る関口雄飛や、同 X.Works ドライバーに起用された松村浩之。関口も松村も、この決勝大会に出場。彼らの走りも、観客たちを大いにわかせた。
◆すべてが初めてで新しい、その終わり方も新鮮

「日本初の市街地レース開催地」になった江津市。ここ江津で初めて開催されたA1市街地グランプリがすごいのは、コロナ禍でさまざまな新しいレース観戦スタイルを生み出しただけでなく、地元ボランティアや賛同者たちみんなでつくりあげた手づくりのレースでありながら、プロ顔負けのチームワークにある。レース以上に驚かせたのは、その“撤収力”だった。
9時から会場設営が始まった国内初の市街地レース。13時過ぎに決勝レースが終わり、撤収作業へ。そして15時には、もと通りの静かな江津駅前に戻っていた。「2時間前に起きた、国内初の市街地レースが、まるで夢だったかのように、そこにはレースの余韻も面影も、何もない」(関係者)。
◆江津モデルが日本各地へ、世界へ、どう派生するか

「ここでの経験が、“市街地レース江津モデル”へと進化し、モナコやマカオの市街地コースとは違った新しいレースシーンへとつながればいい。もちろん江津で毎年、規模もマシンも来場者数も大きくしながら成長させたい」
江津にはさびしい話題が目立った。2年前には、大正時代から続いた地元の足、三江線(江津~三次 108.1km)が廃止に。「三江線を伝って旅する青春18きっぷ利用者の姿も減っている」と駅関係者はいう。
そんな江津駅前に、モナコやマカオとは違う、日本初の新しい市街地レースの歴史が始まったばかり。江津モデルが日本各地へ、世界へ、どう派生するか。楽しみ。