【ホンダe】なぜRR? やらまいかの精神でまずはやってみよう…開発責任者[インタビュー]

ホンダe
ホンダe全 13 枚

『ホンダe』は街中ベストを目指して開発された。ゆえにリアにモーターを搭載し、リアを駆動するRR(リアモーター・リア駆動)方式を導入した。なぜフロントにモーターを搭載し、フロントを駆動しなかったのか。開発主幹に開発過程などについて話を聞いた。

オタッキーなクルマを作ろう

そもそもホンダeはなぜ生まれたのか。ホンダ技研工業四輪事業本部ものづくりセンター完成車開発統括部車両開発二部開発管理課シニアチーフエンジニアの一瀬智史さんは、「ヨーロッパのCAFE規制の対応から、電気自動車を作ることになった」とそのきっかけを話す。

その時に一瀬さんは、「CASEやMaaSを含め、100年に一度の変革期といわれている自動車業界。そこから先の未来を見たい、作りたいという思いがすごく強かった」という。そこで、「電気自動車、環境対応車をやるのであれば、人が密集している街中での環境負荷が高いので、最初は街中からだ。だから街中ベスト」。

また一瀬さんは、「その未来の街中で、ホンダらしさ、いわばホンダのプレゼンスを上げたい。昔みたいにホンダは“匂い立って”いない、なんとなく良いものは作っているけどな…、と思われているので、そのプレゼンスをもっと上げたい、ホンダの元気さ加減も出したい」と意気込んだ。

そこで、ホンダeのやりたい3つの狙い、「街中ベストであり、最先端のものも載せたかったし、ホンダがこだわっていた走りも、低重心や、ホンダはRRをあまり作ったことはないが、それをやることで重量配分をはじめ、ステアリングシャフトを長くして“わざわざ”前引きのギアボックスにしている」。そうして、「走りも面白くてデザインもユニーク、コネクテッドなども個性的で新しい。全てにこだわって“オタッキー”なクルマを作るのが狙い(笑)」とコメントする。

前後左右50対50

ホンダeのJC08モード後続は308kmと、このセグメントとしては短めの距離(プジョー『e-208』は403km)である。開発に際して、例えばバッテリーを大きくするなどでもっと距離を伸ばすことは考えなかったのだろうか。

一瀬さんは、「(バッテリーを増やすなどで)もう少し重くしてしまうと、このサイズでは重心が上がってしまう。そうすると、低い位置に長く広く搭載するしかなくなるので、(クルマ全体がサイズアップし)小回りの良さや街中の取り回しは相反する形になってしまう。街中ベストを目指すのであれば、このバッテリーサイズが良いと判断した」と語る。

このバッテリーは骨格などと何十箇所かで締結しているので、「バッテリーの置き方でボディー骨格の剛性も出している」と話す。確かにコーナリング時も気持ちの良いものだった。そこに一番効いているのは、「低重心だ」と一瀬さん。

また、「50対50の前後重量配分に加え、内燃機関のクルマではあまりないが、左右も50対50で、本当にど真ん中に中心がある」とのこと。通常はエンジンとミッションが横置きになることが多い(縦置きを除く)ので大概はずれてしまうのだが、「このクルマはど真ん中に取れたので、すごく素直な特性を持たせることが出来た。また、サスペンションもあまりいじらなくても、基本がちゃんと出来たので、それほど(足回りを)固くもしなくて良いというのが走りに効いている」と説明する。その結果、「あまりタイヤに頼らなくて基本で曲がって、直進しているのがこのクルマの一番良く出来たところだ」と評価した。

一方でホンダ eのボディーサイズは、全長/全幅/全高で3895mm / 1750mm / 1510mmと、幅で3ナンバーサイズになった。街中ベストを目指すのであれば、もう少し小さくは出来なかったのか。

一瀬さんは、「これが限界」という。「バッテリーを小さくすれば可能だが、このくらいのサイズが一番バランスが良い」と述べる。実はいまのままでも「“無理”すれば可能かもしれない。例えばタイヤを細くするとか、もう少しトレッドを狭めることを少しずつやれば出来るかもしれない」と可能性を話す。しかし、この車幅については、「カメラミラーシステムは車幅内に入っており、5ナンバーであってもミラーが車幅から出ているクルマも多くある」と実質5ナンバーサイズと変わらないことを強調した。

まるは円満、普遍的な美しさを追い求めるとこの形になる

さて、ホンダeのエクステリアデザインは、『N-ONE』や『N360』のニュアンスが感じ取れる。なぜこの方向性を選択したのか。一瀬さんは、「もともとはあまりそういう意識はなかった」と振り返る。このクルマは街中ベストであることから、「より人に近づくことが出来るようにしたい。つまり街と調和し、人と親和性の高いものにしたいという思いがあった」と当初の考えを明かす。

そして、「調和について本田宗一郎は昔、“まるは円満”だといっている。そこで今回もまると楕円を基調にものを作ろうとした。そこでまるをヘッドライトなどに取り入れた」という。

そして全体のデザインは、「その時代の流行りや彫刻的なものではなく、未来でも普遍的な良いものになるように仕上げていくと、初代『シビック』などによく似ている形がだんだん見え隠れして来た」と一瀬さん。「シビックも、普遍的な美しさがある。つまりそこを追求していくと2BOXではこの形になるのだ」と語る。因みに一瀬さんは、「プロポーションは初代VW『ゴルフ』も少し似ているかもしれない」とも。そして最後に意識したのは初代シビックだった。「ベルトラインが、最後に後ろでピックアップする。そこはシビックをちょっと意識している」とコメントした。

EVのデザインを見ると、いかにもEV、他とは違うと主張するものと、一般的な自動車のデザインを纏ったものと、大きく2つに分けられ、eは後者のデザインだ。一瀬さんは、「普遍的とはそういうことだ。キャビンが小さくてタイヤが四隅に踏ん張って、すごくオーバーハングが短くてという形が、皆がなんとなく良いなと思う形。普遍的な美しさは電気自動車、ガソリンなど関係ない」と述べた。

反乱がおきてFFからRRに

ホンダeのターゲットとなるユーザーはどういった人たちなのだろう。一瀬さんは、「値段が高いこともあるので、先進的なユーザーでないと受け入れないだろう」という。例えば、「ある程度の富裕層で、大きいクルマでどうだ!という世界ではもうないねと、ちょっと思っている。そんな、時代の少し先にいこうとしている人たちに響いて欲しい」と話し、「従来のホンダユーザーとはちょっと違うかもしれない」とも。

一方でホンダが“匂い立つ”クルマも目指しているので、コアユーザーにも響くのではないか。そう一瀬さんに聞いてみると、「そういう人にも当然響いては欲しい。最近、ホンダは元気がないねとずっといわれ続け、ホンダらしいクルマは何?という話もある。そこでこのクルマはホンダらしいクルマにしたかった。色々なところにこだわったし、出来もホンダらしいねと思ってもらえるようになっているだろう。もしかしたら古いホンダファンがこれだよ!と来てくれると嬉しい。ただしホンダは安いクルマが多いので、そこだけは気になる」と語る。

その一瀬さんのこだわりはどこか。「こだわっていないところがないくらいこだわった(笑)」と回答。特に開発フェーズでのプラットフォームを例に挙げ、「このクルマ用に作ったのだが、街中ベストにするために、凝縮し小さくするためにはすごくこだわった」とのこと。

実は当初このプラットフォームは「FFで企画を進めていた」という。「開発していくうちに、前にモーターがあることで、衝突安全面においてオーバーハングが伸びてしまうことや、同じく前にモーターがありそこにドライブシャフトがあると、小回りが効かなくなることから、そんなのは出来ない!と、“反乱”が起きた(笑)」。そこで原点に立ち返り、「もともとやりたかった街中ベストを考えると後ろがいいよね。開発陣も315Nmのモーターを駆動するには、FFではなく、リアではないかとも考えていたので、RRになった」とレイアウト変更の経緯を教えてくれた。

その結果、「50:50の重心バランスになり、走りも楽しくなるに決まっている。確かに大変だったがこの反乱が起きたことで、楽しいシャーシが出来、街中ベストが実現出来た」と語る。

そのほかにも、「大画面のインターフェイスなども、これまで世の中にないので、眩しいんじゃないか、チラチラするのではないかなど、いっぱい不安材料があった。そこにカメラのミラーシステムまでつけて、こんなの運転出来ないのではというところから、運転出来るね、これはこう操作すれば良いよねなど、たくさん様々な議論をして完成させた。本当にこだわってないところを探せといった方が早いかもしれない(笑)」とのことだった。

未来はアイディアにアイディアを被せて出来てくる

一瀬さんが最初にこのホンダeの担当になった時、どういうクルマを考えていたのだろう。「会社からはCAFEに対応するクルマにしろという指示だった。そこでその指示通りのクルマであれば、もっと安っぽくてチープでも良い」と話す。しかしヨーロッパのそういったクルマたちを見て、「こんなクルマは作りたくない」と感じた。「(ホンダの)プレゼンスも上げたいし、CASEなど未来を見なければいけない。つまり、ホンダとして未来を表現しているクルマにしたい。世の中をワオ!といわせたいというのをCAFEへの対応に追加しようと決めた」。

経営層もそう判断したのでいまにつながるのだが、「ホンダらしさが廃れつつあることはみんな理解していたので、そういう判断をする役員もいるということだ」と一瀬さん。「ホンダでもこういうクルマが出来る、というよりも、ホンダじゃないとこのクルマは出来なかっただろう」とホンダらしさが表れていることを強く語る。

そして、「今後、他メーカーが被せてくる可能性はあるが、それでいい。未来はアイディアにアイディアを被せて出来てくる」という。また、「電池も山のように積んでほとんど使わない、50kW中20kWくらいしか普段使わないのに、いつも持っていなければ、という価値観を捨てた。それでいいとなれば他メーカーも真似して来るだろうし、そういう社会の方が距離ばかりを競うより良いと思う」と持論を展開した。

そのうえで、走りを含めた完成度の高い自動車でなければならない。一瀬さんは、「そこを舐められてはだめなので、走りはすごくこだわっている。大型画面や“OKホンダ”といったらピューっと出てくることだけでやるとだめ。いわばサプライヤーの世界だ。やはりクルマ1台に仕上げることが重要で、クルマのベースがしっかりしていないと、自動車会社が作っている意味がない。ホンダだから出来たと主張したい」とコメントする。

5分で決めて5分で見直さないとだめ

これだけの性能を備えたプラットフォームなので、スポーツカーへの流用は考えていないのか。「皆さんそういう(笑)」と一瀬さん。「いまは残念ながらCAFE対応のための台数プラスくらいの計画なので、それほどに簡単に台数が増やせないのは残念なところだ」というが、「このプラットフォームを使ってあれやりたい、これやりたいとは社内で色々いってる人がいっぱいる」と明かす。

以前の東京モーターショーでもコンセプトカーとして出展(2017年のホンダ『スポーツEVコンセプト』)もしているので、「現実的にどうなのというのは全然わからないのだが、そういう発想もある」と述べ、こういったところから様々なアイディアが生まれ、エンジニアたちが元気になるもとになればと考えているようだ。

実はここにも一瀬さんの思惑が隠されていた。「内なる目標だが、ホンダではこんなに“めちゃくちゃなこと(FFからRRへの設計変更など)”をやってもクルマは出来るのだが、そういうことを若い世代はあまり知らない」という。

「決まったルールで決まったように開発していくと、美しい、しかも性能の良いものが決まって出来る時代だ。そこに慣れた若い人に対して、私は勘と経験と度胸でものを決めた時代の人間だ。これだけ新しいものは、決まった美しい開発では出来ない」

「新しいものは答えがわからないので、5分で決めて5分で見直さないとだめ。まずいと思えばすぐ直せばいいと今の人たちは思えない。だからこの開発を通して、そういう文化がホンダにはあって、その結果ホンダらしかった、ということがわかってもらえるのではないか。有形無形の財産、技術以外の文化みたいなものをわかってもらいたい」と思いを語る。

また一瀬さんは、「いまは判断しないことを判断してしまう」とも。「この情報がない、あの情報がないといって、それらを全部集めてから、と。そして情報が集まっても、うーんと唸ってしまうようなものでしかない。それであれば早めに判断してやってみると、あれここはまずいとか、こっちの方が良かったねとすぐ見えてくる。そういう荒っぽいやり方で勇気を持ってやるかやらないかが重要で、今回はそれをやった。やり方はかなり古臭いが、新しいもの、わからないものをやる時には重要なやり方だ」と話す。「昔のホンダ語録で”やらまいか”(浜松付近の方言)といっていおり、やってみなければわからないじゃん!というのとまさに同じだ」と信念を語った。

《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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