「モビリティありきではなく生活者起点」浜松市がMaaSで博報堂と組んだ理由

浜松市デジタル・スマートシティ推進事業本部 専門監の瀧本陽一氏
浜松市デジタル・スマートシティ推進事業本部 専門監の瀧本陽一氏全 9 枚

静岡県浜松市と博報堂が、2020年10月に「生活者起点のデジタル・スマートシティづくり」をめざし連携協定を結んだ。これに基づきモビリティサービス創出プロジェクトの第一弾として、浜松市の中山間地域における持続可能な地域交通づくりが掲げられている。なぜ、浜松市は博報堂とタッグを組んだのか、そして浜松市の課題とは。

浜松市からは浜松市デジタル・スマートシティ推進事業本部 専門監の瀧本陽一氏、博報堂からビジネスデザイン局部長/MaaSプロジェクトメンバーの畠山洋平氏、マーケットデザイントランスフォーメーションユニット部長/MaaSプロジェクトリーダーの堀内 悠氏、同ビジネスプラナーの古矢真之介氏らにそのねらい聞いた。

浜松市の多様な交通課題

全国でも市全体の面積が広く道路の全長も長い浜松市は、中山間地域と都市部とでさまざまな交通課題を抱えている。とくに、中山間地域における人口減少・少子高齢化を背景とした公共交通の維持は、地域自体の持続にも関わる重要な課題だ。都市部の郊外でもコロナ禍をキッカケに交通事業者が路線を撤退するなど交通空白地域も増えている背景もある。

浜松市は、2020年に「浜松市モビリティサービス推進コンソーシアム」を設立し、MaaSやモビリティサービスの推進を進めており、多種多様な課題に対して地域と一体になって取り組む「持続可能なまちづくり」を目指している。

2020年10月23日におこなわれた博報堂と浜松市の連携協定締結式。鈴木康友浜松市長(左)と名倉健司博報堂執行役員2020年10月23日におこなわれた博報堂と浜松市の連携協定締結式。鈴木康友浜松市長(左)と名倉健司博報堂執行役員
浜松市の瀧本氏は「これまでの縦割組織だけでは対応が厳しい部分があり、制度ありきで考えるのではなく、根本的に見直すことを主眼に取り組んでいる」と話す。

地域自体が持続できる取り組みにしていくためには、「交通単独でのサービス提供だけでは不十分であり、スーパーなどの物流も含めて生活全般に関わるサービス提供が必要になる」と言う。地域住民の足・医療・買い物・見守りなど、総合的な観点が必要になってくる。

いかに持続可能な取り組みにするか

浜松市と博報堂は、2020年10月に連携協定を締結し、MaaS構想をともに作り上げてきた。これまで浜松市だけではできなかったビジネスを、交通だけではなく、いかに持続可能な取り組みにするかを考えカタチにしていく。

瀧本氏は「持続可能な地域交通の確立のためには、地域が一体となって取り組む必要があり、地域住民との信頼関係がもっとも大切です。4月中にも地域を博報堂と一緒に見て回り、地域住民との信頼感を構築していく」と話す。

浜松市デジタル・スマートシティ推進事業本部 専門監の瀧本陽一氏浜松市デジタル・スマートシティ推進事業本部 専門監の瀧本陽一氏
まずは交通サービスからはじめて、どのように持続可能な取り組みにしていくかの検討を順次進める。たとえば、交通事業者は高齢の方が多いため、若者も巻き込んだコミュニティが必要になることや、これまで交通の課題は地域交通会議でしか議論できていなかった背景があるため「交通とその先のサービスを一体で考えていく取り組みやパートナーが必要だ」と話す。

この取り組みの目指すところは、中山間地域と都市部(郊外)とで異なる。まずは、春野町周辺エリアではじめて中山間地域に広げていく計画だ。すでにサービス提供をしている共助型の乗り合いバスやスクールバスなどを統合管理するようにし、都市部(郊外)では、そうした交通サービスを含めたサブスクの導入なども計画している。

なぜ博報堂がMaaS事業に参画するのか?

博報堂 マーケットデザイントランスフォーメーションユニット部長/MaaSプロジェクトリーダーの堀内 悠氏博報堂 マーケットデザイントランスフォーメーションユニット部長/MaaSプロジェクトリーダーの堀内 悠氏
なぜ博報堂がMaaS事業に参画するのか。博報堂の堀内氏は「ほかの事業者との違いは、モビリティありきではなく、地域をどう良くしていくのか地域の皆さんと一緒に考えていく段階からスタートするところです」と話す。これまで広告代理店としてさまざまな領域を支援してきた同社ならではの得意領域がそこにはある。

博報堂は「生活者発想」と「パートナーシップ」をフィロソフィーに掲げており、「生活者インターフェース市場」を捉えて事業を行っている。地域に住む生活者の視点からの課題を深堀りし、地域の生活者にとって必要なサービスを作っていく。畠山氏は「コンセプトやアイデアだけで終わるのではなく、しくみを作りビジネスにするところまで取り組むように(博報堂も)進化してきた」と話す。今回の取り組みには博報堂自身のチャレンジも大いに含まれている。

博報堂が取り組む理由は3つ

博報堂が取り組む理由は、3つあると言う。

1つは、博報堂のもつパートナーシップを活用できること。持続可能なサービスを実現するうえでは、さまざまな産業のパートナーが必要になる。2つめは、これまで行ってきたマーケティング領域の知見が活かせること。交通量や免許返納率などから、本当にそのサービスが必要かを見極める。3つめは、リアルの場でマーケティングができること。「今回、それらが合わさることで、持続性のある交通サービスが実現できる」と堀内氏は意気込む。

これまで広告のマーケティングを分析してきた古矢氏は「たとえば、交通に不安を感じている人が、どんな理由で感じているのかを因子分析したり、公開情報(運行ダイヤの情報など)を使って分析します」と話す。一見問題なさそうな場所でも、分析してみると実態は、オンデマンドで週に2日しか往来がない交通空白地域だったということもあると言う。広告と同じように、どこを改善すべきか、どういう手段で解決できるかを分析する。

博報堂 マーケットデザイントランスフォーメーションユニット/ビジネスプラナーの古矢真之介氏博報堂 マーケットデザイントランスフォーメーションユニット/ビジネスプラナーの古矢真之介氏
堀内氏は「これまでは、ここで広告を流すとどう購買が変わるのか、といった分析でしたが、これをMaaSに置き換えると『ここでバスを導入するとどう交通が変わるのか』といった分析ができる」と話す。そうした数値シミュレーションをもって、関係者がわかりやすいカタチで共有し可視化できるようにすることは博報堂の強みであり、やるべき部分だと言う。

ただ現在は、データがそもそもない状況だと古矢氏は付け加える。その背景には、関係各社の部署が縦割だったり外部の交通事業社が関係していたりする問題があるためだ。複数の関係者が介在することで、データの入手がしづらい状況にもある。「今は、わかる範囲で分析をして最適化しており、ゆくゆくはそうしたデータを活用してシミュレーションできるようにしていきたい」と話す。

富山県での実績から見えたヒント

博報堂 ビジネスデザイン局部長/MaaSプロジェクトメンバーの畠山洋平氏博報堂 ビジネスデザイン局部長/MaaSプロジェクトメンバーの畠山洋平氏
博報堂はスズキと、2020年8月から富山県朝日町においてMaaSの実証実験「ノッカルあさひまち」を行っている。地域住民どうしが自家用車を活用して送迎する乗り合いサービスだ。このときも、地域の生活者視点に深く入り込んだ結果、「当初予定されていたシステムとは違うしくみを取り入れて実施した」と畠山氏は話す。現在も運行中で、ウェブからの予約は1.2倍に成長している。

堀内氏は「MaaSと聞くときらびやかなイメージがある一方で、実際の現場で困っているところはそうしたイメージとは異なる」と話す。都市におけるMaaSレベル(交通サービスの統合度合いを5段階のレベルで示した指標)を参照する場合があるが、堀内氏は5段階の下にマイナスがあると言う。

たとえば、朝日町はコミュニティバスでは先進地域だと当初聞いていたが、地域住民の平均年齢も80歳と高いことから、当初予定していたウェブの仕組みも電話からの受付を主にするよう変更した。先進技術の提供ありきではなく、地域に必要なものを提供していく。

今回の取り組みも、地域に対しては、まずビジョンの共有からはじめると言う。最終的には「高齢者が元気に外出できる」といった具体的なメッセージを地域住民と共感するところから始める。それは朝日町での実績から学んだことだと言う。

今後の展開について

今後の展開について堀内氏は、「東日本大震災の復興支援(公金)が終わったあとの生活インフラや交通サービスをどうするかといったことにもチャレンジしていきたい」と話す。今回の取り組みをキッカケに、いろいろな行政機関からの相談も増えた。

浜松市は、日本の課題の縮図とも言われており、同じような交通課題を持つ全国各地が存在する。国交省や経産省の事業であるスマートモビリティチャレンジの採択事業を見ても、似たような課題に取り組む地域が数多くある。

とくに、交通空白地域における高齢化は、交通の維持という問題を超えて地域全体の衰退や存続に関わる問題としても深刻さを増す。そうした背景があるなかでの今回の両者の取り組みは、今後の地域課題に対する一つの解決策として注目できる。

今回の実績をもって、今後の行政主体での取り組みにもつながるのでは、と畠山氏は期待をのぞかせる。

坂本貴史(さかもと・たかし)
株式会社ドッツ/スマートモビリティ事業推進室 室長
グラフィックデザイナー出身。2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。UXデザインの分野でも講師や執筆などがあり、2017年から日産自動車株式会社に参画。先行開発の電気自動車(EV)におけるデジタルコックピットのHMIデザインおよび車載アプリのPOCやUXリサーチに従事。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関におけるMaaS事業を推進。

《坂本貴史》

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