ホンダの価値は製品の形だけでは決まらない…福祉領域に力を入れる理由[Hondaハート Joy for Everyone]

ホンダの福祉体験型イベント「Hondaハート Joy for Everyone」
ホンダの福祉体験型イベント「Hondaハート Joy for Everyone」全 36 枚

ホンダは11月9日から30日まで、東京南青山の本社ビル内「ウェルカムプラザ青山」にて、「Hondaハート Joy for Everyone」というイベントを開催している。「すべての人に移動する喜びを提供し、夢の実現に貢献したい」というテーマで、主に福祉車両や関連の取り組みについての体験展示が行われている。

足だけで運転ができるフランツシステム

展示の目玉といえるのが「ホンダ・フランツシステム」を採用した『フィット』のハイブリッドモデル(e:HEV)だ。フランツシステムとは、両上肢に障害を抱える人のための運転補助装置。足だけですべての運転操作をできるようにした国内唯一の運転システムだ。

「ホンダ・フランツシステム」を搭載したフィット e:HEV「ホンダ・フランツシステム」を搭載したフィット e:HEV展示車両には、通常のブレーキとアクセルの他に大きなべダルが2つフロアに配置される。左側がステアリングを操作するペダル。右側がセレクトレバーを操作するペダル。ステアリングコラムの下にはライトやワイパーなどを操作するボタンが配置されたボックスが設置される。

左足を自転車をこぐように回転させるとハンドルが連動して回る。右足のペダルはフックがついており、つま先でペダルをアップダウンさせると、セレクトレバーがPRNDB(フィットe:HEVにはBレンジ/回生モードがある)と順番に切り替わる。ペダルアップがセレクトレバーを手前に引く動作となる。アクセルとブレーキは普通の自動車と同じだ。

左足ペダルは来場者が体験できるようにサンダル状のストラップがついていたが、実際には運転手の足にあわせた靴を直接固定する。シートベルトも変わっており、通常Bビラ―やフロアに取り付けられるアンカーがドアフレームに移設されている。運転手はクルマに乗り込んでドアを閉めればシートベルトもそのまま締められる。

フランツシステム自体、ホンダは1981年から福祉車両に採用している。新技術ではないが、ホンダセンシング(Honda SENSING)を搭載した車両への展開はフィットが最初の車両となる。追従型クルーズコントロールやレーンキープ支援などADAS機能は、福祉車両こそ威力を発揮する。11月に発売したばかりだが、すでに10台ほど受注しているという。

手動で運転ができるテックマチックシステム

両足が不自由な人には「ホンダ・テックマチックシステム」が用意されている。車両展示は同じくフィットe:HEVだ。ホンダ・テックマチックシステムは、アクセルとブレーキをレバー操作に置き換えたもの。レバーを前に倒すとブレーキがかかり、手前に倒すとアクセルになる。片腕が常にレバーを保持する必要があるので、ステアリングにはノブがついており、片手でステアリングをロックトゥロックまで回すことができる。

「ホンダ・テックマチックシステム」を搭載したフィット e:HEV「ホンダ・テックマチックシステム」を搭載したフィット e:HEVホンダ・テックマチックシステムには、これ以外のバリエーションもある。片足だけに障害がある人向けには、アクセルペダルにリンケージでつないだエクステンションを使って左にオフセットするシステムもある。右足が不自由な人が左足でアクセルとブレーキが無理なく踏めるというものだ。

こちらもホンダセンシングと併用すれば、障害者でも渋滞や長距離移動を気にせず行動範囲を広げることができるだろう。

車いすでも移動の自由を制限しない福祉車両

リフトアップシートを装備した車両も展示している。助手席が回転するだけでなくドアの外まで下降しながらせり出してくる車両だ。もちろんリモコンとシートの操作ボタンで動きを制御できる。『フリード』に搭載してデモを行っているが、『オデッセイ』なら2列目シートをリフトアップ仕様にできるそうだ。

リフトアップシートを装備したフリードリフトアップシートを装備したフリードリフトアップシートの車両は、福祉車両やデイサービスなどにも便利だが、他の装備はそのままにできるので、個人所有のクルマに装備する人もいる。このフリードの荷室には、車いす用の小型クレーンのような器具も取り付けられていた。逆L字型のアームに小さいウインチが取り付けられ、畳んだ車いすを釣り上げて荷室に固定できる。これは介護者・介助者にとって便利な機能だ。

車いすごと車両後部に乗り込むタイプの車両も展示されていた。車種は『N-BOX』。軽自動車でも装備できるということだ。原理は車いす用のセーフティローダーが内蔵されたクルマと思えばよい。

後部荷室に収納式のスロープがあり、前席の下に2個の電動ウインチが搭載され、フックを車いすに固定してそのまま引っ張り上げてくれる。無事乗り込むと、牽引したハーネスと固定用のハーネスで車いすを固定する。N-BOXの車いす仕様車N-BOXの車いす仕様車

競技用車いすにも最新技術を投入

ホンダは、レース用の3輪車いすも手掛けている。競技用の車いすだが、そこにはホンダジェットやF1で使われたカーボン素材技術や空力、軽量化のノウハウが詰まっている。ウェルカムプラザでは、ローラーの上で競技用車いすの試乗体験もできる。陸上競技用車いす陸上競技用車いす

ホンダが競技用車いすを手掛けたのは、障害者社員に競技参加者がいたことがきっかけとなっている。ホンダには「ホンダ太陽」という障害者雇用を推進する子会社が存在する。その一人が車いすレースに参加していることを研究所のスタッフが聞き、会社として支援できないかと技術開発を始めたという。生産は八千代工業が担当している。

取り組みは20年以上続いており、いまでは外部の選手、海外選手の支援も行っている。その中には世界記録保持者もいるという。

視覚障害者の歩く自由を支援する「あしらせ」

最後に紹介するのは、靴を振動させることで視覚障害者の歩行を支援する装置。白杖や盲導犬の代りではないが、スマホアプリに目的地を設定すると、進行方向や曲がる方向、停止する場所などを振動で教えてくれる。靴振動ナビ「あしらせ」(プロトタイプ)靴振動ナビ「あしらせ」(プロトタイプ)

視覚障害者は盲導犬、杖や点字ブロックを利用して普段の徒歩移動を行うが、初めての場所や慣れない場所は、やはり移動に限界がある。慣れるまでは介助者を必要とする。靴振動ナビ「あしらせ」は、地図アプリがルートガイドしてくれるので、慣れない場所の移動の負担をかなり軽減してくれそうだ。

「あしらせ」本体は小さい箱で、靴の中に入れる振動板とセットで使う。振動板部分は靴といっしょに履く。本体はBluetoothでスマートフォンと接続するようになっていて、アプリによって目的地設定などを行う。振動は、足の側面、かかと、足の甲など各部ごとに伝えられる。右方向に曲がるなら右足の外側が振動、全体が振動すれば停止、といった形で進行方向を教えてくれる。

「あしらせ」はホンダの新事業育成プログラムの社内公募で選ばれたもの。発案者は、会社からの投資を受け独立起業している。現在製品化、サービス化に向けてプロトタイプをテスト中だ。22年度中に市場投入を目指している。

ホンダの真髄はカタチにとらわれない

展示内容をみると、あらためてホンダの事業ポートフォリオの広さを痛感する。同時に、取り組みや製品に共通するのは、陸海空宇宙まで移動にかかわるものであるということだ。三部敏宏社長に変わってから電動化シフトを宣言するなど、業界ではホンダの変節を嘆く声もきかれるが、ホンダとしては、技術で人々を喜ばせる、幸せにするというのは創業以来の稔侍だ。時代や技術に応じてプロダクトの形は変わるだけで、ホンダの価値が揺らぐわけではない。

モビリティ革命や第4次産業革命によって、自動車業界も純粋な車両の機能的な価値だけでなく、多様な移動体験やライフスタイル全般にかかわる新しい価値の提供が求められている。自動車の枠組みだけで価値は、考えていては生き残れない時代になってきたともいえる。

例えば、ホンダでは、今回紹介した福祉車両について「オレンジディーラー」という専門スタッフの配備や相談窓口の基準をクリアした店舗を展開している。福祉車両についてさまざまな相談にのっている。ディーラー再編も叫ばれる自動車業界において、営業の多角化や専門特化(高付加価値化)が注目されている。

また、福祉車両の架装はホンダアクセスが担当している。ホンダアクセスはホンダ車のコンプリートカー、スポーツパーツ、ドレスアップ用品から、ペット用アクセサリー、キャンプ関連用品、そして福祉介護車両まで幅広い架装・改造を担う。

このようなグループとしての懐の深さが、業界の変革期でのホンダの強みにつながっている。

《中尾真二》

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