BMWのスピリットの中心にはクーペがある
歴史を辿ってみると、BMWにとってクーペの存在はある意味でBMWの王道といっても過言ではない大事な存在のように思う。古くは戦前の『327』や『328』、戦後になっても『507』(ハードトップがある)、『3200』等々、常にラインナップを代表するモデルはクーペあるいは2ドア車であった。
そこには戦後になって大きく方針を転換し、やがてメルセデスと肩を並べる富裕層向けハイエンド車製造に舵を切る過程において、メルセデスとの差別化を高く掲げる必要性があって、いわゆるオーナー向け車両に力を入れてきたからではないかと推測する。
このため、プライベートユーザー向けのモデルはどれもスタイルと走りが大きな売りとなっていた。『CS』の名を持ったクーペの時代から、大成功を遂げて押しも押されもせぬハイエンドブランドに成長する歴史を辿ってみると、そこには常にイメージリーダーカー、あるいはフラッグシップとしてクーペが存在していた。SUV全盛の今でも、BMWにとってそのスピリットの中心にはクーペがあると個人的には思っている。
その頂点に君臨するのが今回試乗した『M850i xDrive グランクーペ』であろう。ご存じの通り『8シリーズ』は、元々ヒット作だった『6シリーズ』の後を受けて誕生したモデル。つまり完全にクーペの系譜である。そしてグランクーペはその中でも頂点を極めるフラッグシップと呼ぶに相応しいモデルといえよう。
スタイリッシュなことこの上ない

近年パーソナライズされたクルマの市場はシュリンク気味に感じられる。一時的だとは思うが、メルセデスが『SLクラス』をやめてしまったのもそんな背景があるような気がしてならない。もちろんメルセデスにもクーペは厳然と存在するが、頂点のクーペは最早AMGに任せてしまった感がある。つまり、メルセデスには今『Sクラス』をベースとしたクーペモデルが存在しないのに対し、8シリーズは厳然とフラッグシップモデルである『7シリーズ』をベースとしていて、これはもうBMWのフラッグシップと呼ぶにふさわしいモデルである。
そもそも、BMWはクーペを作らせるとなんとなく活き活きとして見えるから不思議だ。それにしても3サイズ全長5085×全幅1930×全高1405mmは立派なサイズで、4ドア化したことでこうなったとはいえ、さすがにでかい。しかも車高はセダンの7シリーズと比べたら7mmも低いし、ルーフはスロープして下っているので、スタイリッシュなことこの上ない。
乗車定員は5名とはされているものの、後席中央にどっかりと装備される大型センターコンソールの存在を考えたらとても5名は無理で4名が妥当。その4名分の座席はさすがにゆとりがあり快適そうだが、大柄な人が快適に…とはいかなそうである(止まった状態でしか座っていないので)。それにやはりスタイルが最優先された結果だろうが、閉所感はある。さらにラゲッジスペースは狭く、試しにゴルフバッグを入れてみたら、一つでいっぱいになってしまい、4人でゴルフは難しいと思う。

「どうぞお先に」という気分でドライブを楽しめる余裕
試乗車のパワーユニットは4.4リットルツインターボV8で530ps、750Nmの大パワーを誇る。その中でも頂点を極める4WDのxDriveである。もっともそんなパワーは今の世の中ほとんど必要としないから(少なくとも日本の交通事情では)、この余力は静々と走らせるのにもってこいともいえる。とにかく走っていて、あらゆるシーンでゆとりを感じる。その昔、BMWをはじめとしたドイツの高級車は飛ばしてなんぼの世界観があって、常に全開シーンが想定された走りが要求されていたように感じる。こちらもそれに呼応してよく飛ばしたものだ。
でも今は違う。もっと大人になってホットハッチなどに遭遇すると、「どうぞお先に」という気分でドライブを楽しめる。まあ、乗っている本人が歳を重ねたからという側面も否定できないが、少なくとも飛ばせるクルマを作っていた時代でも、ジャガーのトップモデルにはそうした印象があった。

いずれにしても少し気合を入れて走らせてみたところでその懐の深さに脱帽するだけで、意気込んでステアリングを握るこちらをクルマから窘められているような印象すら受ける。とにかくパーソナルという側面がことさら強調された素敵なセダンである。
いざという時に、ちょっと狭いですけどご一緒にいかが? という言葉をかけて友人を送る。言葉をかけられて友人は、狭いけれど上質で極めて快適な乗り心地に満足してもう少し乗っていたい…そんな気分にさせられるクルマではないだろうか。
■5つ星評価
パッケージング:★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★
中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、さらにドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来44年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。また、現在は企業やシニア向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める。