【MaaS取材記】永平寺町の住民が運転するデマンド型交通『近助タクシー』―安全性を高める取り組みとは

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福井県永平寺町 デマンド型乗合タクシー『近助タクシー』
福井県永平寺町 デマンド型乗合タクシー『近助タクシー』全 34 枚

今回の取材は、福井県永平寺町で実用化をすすめているデマンド型乗合タクシー『近助タクシー』の取り組みだ。

経産省と国交省のスマートモビリティチャレンジ事業の1つにも選ばれ、早くから自家用有償旅客運送の取り組みをすすめている。今回は、「永平寺町四季の森 複合施設」において「自家用有償旅客運送におけるデマンド型乗合タクシーについての研修会」が開催されたので参加した。

永平寺町における地域課題

福井県吉田郡永平寺町には「禅」で世界的に知られる曹洞宗大本山永平寺がある。人口10万人あたりの自家用車保有率が全国でも1~2位のこの地域では交通事故死亡率も多く、交通死亡者における高齢者の割合も全国平均より多い。永平寺町では、こうした交通課題の解決のために自動運転やMaaSの取り組みを実施してきており、交通空白地において地域住民がドライバーになって地域の移動を支える「近助タクシー」の実用化を進めている。

永平寺町におけるデマンド型乗合タクシーは、2020年10月に志比北・鳴鹿山鹿地区において実用化され、2021年12月より志比南地区でも試走が開始。2022年1月11日からは吉野地区でも試走が開始している。いずれも利用料金は大人300円/回、中学生以下50円/回、未就学児は無料だ。利用の際には定期券や回数券が利用できる。

今回、2022年1月18日に永平寺町四季の森複合施設において「自家用有償旅客運送におけるデマンド型乗合タクシーについての研修会」が開催されたのでこれに参加した。

永平寺町山地区で開催された研修会

降雪のなか永平寺町山地区にある「四季の森 複合施設」で研修会は開催され、事業関係者や運転手、メディア関係者など約40名が傘松閣に集まった。永平寺町総合政策課課長の原 武史氏からはじめに挨拶があり、運行開始した近助タクシーが好評なこと、吉野地区でも導入を開始したことなどについて話された。

福井県永平寺町 デマンド型乗合タクシー『近助タクシー』福井県永平寺町 デマンド型乗合タクシー『近助タクシー』

本実証は、スマートモビリティチャレンジプロジェクトとして経産省が実施する令和3年度地域新MaaS創出推進事業の先進パイロット地域に選ばれた14地域の1つだ。近畿経済産業局の田中宏明氏は、安全対策を組み込んだ横展開可能なパッケージモデルにする事業として紹介し、人との触れ合いやあたたかさといったアナログの良さと、科学的な安全性といったテクノロジーの良さが調和した画期的なモデルと話した。

損害保険ジャパン株式会社(以下損保ジャパン)の竹生知子福井支店長からは、本実証における日々の運行データや、運行全体のリスクアセスメントから得られる運行管理項目の整理から、デマンド型乗合タクシーによる自家用有償旅客運送の安全基準を策定し、実証により得られた知見をもとに自家用有償旅客運送の制度改善につなげる取り組みだと説明。これまで運送会社やバス会社などと事故防止の取り組みを実施している同社とSOMPOリスクマネジメント株式会社は、ドライバーの適性診断シミュレーターと通信型ドライブレコーダーによるモニタリングである「スマイリングロード」を活用し、リスクアセスメントを分析して安全性を高める取り組みを永平寺町と一緒に進めていると言う。SOMPOリスクマネジメントからは竹村公一特命部長から説明があった。

損害保険ジャパン 竹生知子福井支店長損害保険ジャパン 竹生知子福井支店長

ドライブシミュレーターと実際の運転

研修会の後半には、実際のドライバーがシミュレーターを使っての実演デモが行われた。損保ジャパンの福井支店法人支社田中さや果支社長代理から説明があり、2つのシミュレーター「アクセスチェッカー」と「認知機能訓練運転シミュレーター」を見学した。シミュレーターと言っても、ノートパソコンに液晶ディスプレイをつないだ簡易なもので、ゲームなどで使われるハンドルとアクセル・ブレーキペダルなどを有線で接続している。

認知機能訓練運転シミュレーター認知機能訓練運転シミュレーター

「アクセスチェッカー」は、企業向けに開発されたもので、単純なドライバーの反応やハンドル操作、複数の作業が必要なときにどういう反応ができるかを診断するもので、もう一方の「認知機能訓練運転シミュレーター」は損保ジャパンと株式会社セガとの共同開発で、高齢者の事故削減を目的とした事故に対する認知機能を試すシステムだ。認知予防については大学教授なども開発には参加していると言う。

シミュレーターでは、画面上に指示が表示されるので、赤色が表示されるとブレーキを踏む、黄色だとアクセルを離すという具合にハンドルなどとも合わせた操作ができる。1つ1つがクイズ形式で進むため、さまざまな状況に合わせた操作を練習することができる。正しい操作をすると正解と表示されるため、自動車教習所にある運転シミュレーターのようだ。

昨年10月にもこのシミュレーターを試したことのある近助タクシーのドライバー、石田さんは、実際の運転とは違うためシミュレーターでの操作は難しいと漏らす。過去に建材を運んでいた石田さんは、近助タクシーの運転とは緊張感が違うと話す。近助タクシーでの運転は月に6回程度、ふだんは病院の警備員をしている。在住地区と同じ地区での運行のため、知り合いも多く乗車する。そのため、お客さんの目が気になることや、お客さんどうしの会話が気になるといったこともあると話す。さらに、運行の安全のために設置しているドラレコの存在や、走行ログとして残ることがわかっているため、かえって緊張感が増す場面もあると言う。

永平寺町周辺の降雪量は、平地で35センチ、山地で50センチを超えるときがある。そのためわだちに沿って運転することも難しい場合があり、危険を回避して車線を越えてしまったことや、突然の飛び出しに対して急ブレーキを踏んだこともあると言う。また、トヨタ「ウェルジョイン」の車両には乗り降りしやすいようグリップがついており、乗降車時にはステップが出るため、左寄せして停車する際にも乗り降りのための幅をあけて寄せる必要があり、自身の運転のときとは異なると話す。お客さんを乗せていることもあり、近助タクシーのドライバーはいつもより安全運転を心がけているようだ。

福井県永平寺町 デマンド型乗合タクシー『近助タクシー』福井県永平寺町 デマンド型乗合タクシー『近助タクシー』

単なる交通手段ではなく地域活性化を目指す

永平寺町は、自動運転とデマンドタクシーの実用化を同じ地域で取り組んでいる全国に先駆けた地域だ。永平寺町ではこれまで自動運転カートや無人自動運転サービスなどの取り組みもしてきたが、その中で得た技術や知見を生活の足に活かす取り組みが「近助タクシー」だと永平寺町総合政策課の山村 徹氏は話す。

永平寺町総合政策課 山村 徹氏永平寺町総合政策課 山村 徹氏

すでに運行している地域での実績は、開始当初1日に2、3人だったのが現在1日20人を超える状況だと説明した。その要因には、定時定路線を止めてすべて予約制にしたこと、乗り放題定期券の発行をしたこと、社会福祉施設との連携など利用シーンを明確に提案したことなどがあげられる。実際、実証時に無料提供していたときより、有料でも2倍の利用者に伸びている成果があると言う。

一方で、そうした成功事例を他地域に横展開していく上での課題もある。自家用有償旅客運送の制度の中で、一部の熱意ある人たちやその労力に頼ってしまう部分が大きいのではないと山村氏は話す。他地域に展開した途端にそれまでの知見がリセットされることも多いため、そうならないようデータ化して共有しやすいカタチにしていく必要があると言う。そういう意味でのパッケージ化であり、今回の実証では「安全性」についての仕組み化を進めた。

移動サービスを提供するうえで一番の大敵は事故だ。一度事故が起きてしまうと風評が広がりドライバーにも悪影響がおよぶ。自家用有償旅客運送でのドライバーは、普通二種免許(旅客運送資格)を持っているわけではなく普通運転免許で運行している。ドライバーの技術だけに頼らず、車両技術を含めた運行管理全体の仕組みで安全性を担保していく必要があると言う。この仕組みをパッケージ化することで、どの地域でも一定のレベルで運行できるようにする。こうした安全性についての仕組みを、車両技術・ドライバーのスキル、運行管理の3つの観点から損保ジャパンと一緒に取り組んでいると話す。

福井県永平寺町 デマンド型乗合タクシー『近助タクシー』福井県永平寺町 デマンド型乗合タクシー『近助タクシー』

近助タクシーは公共交通という位置づけではあるが、単なる移動手段としてだけ考えているのではなく、人の移動以外でも荷物を運んだり地域のボランティア活動などにも広げたりして、地域の人々が移動して、外出して、地域が明るく活性化していくことを目指す取り組みだと山村氏は話す。自家用有償旅客運送はそのためのツールのひとつであり、地域住民といっしょに取り組んでいくことが重要になる。

自動運転とデマンド型交通のパイオニア

地域住民がドライバーになって地域の移動を支える「近助タクシー」の実用化を進める永平寺町。今回参加した研修会のあった1月にはすでに新しい地区での試走も開始され確実に広がっていることが実感できる。『自家用有償旅客運送ハンドブック』には、自家用有償旅客運送の種類には、公共交通空白地か福祉での有償運送を指している。高齢化対策は全国どの地域でも同じ課題を持つため、これら2種類の自家用有償旅客運送事業はどの地域でも必要不可欠な存在になることが予想できるのではないだろうか。

同町が実践している自動運転の実績もかけ合わさり、このデマンド交通の分野で安全性を担保する仕組みが構築され実証できれば、他地域や他府県への横展開もしやすくなることが見えてくるはずだ。そのためには、単なる移動量だけを見るのではなく、こうした移動手段の提供により地域に元気が戻り、地域の活性化につながる取り組みに育てていく必要がある。

短期的な成果ではなく長期的な視野で地域の活性化を目指す永平寺町の取り組みは、自動運転とデマンド交通のパイオニアとして今後ますます注目に値する。

永平寺町におけるMaaSの取り組み


坂本貴史(さかもと・たかし)
株式会社ドッツ/スマートモビリティ事業推進室 室長
グラフィックデザイナー出身。2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。UXデザインの分野でも講師や執筆などがあり、2017年から日産自動車株式会社に参画。先行開発の電気自動車(EV)におけるデジタルコックピットのHMIデザインおよび車載アプリのPOCやUXリサーチに従事。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関におけるMaaS事業を推進。

《坂本貴史》

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