ドラレコの映像データから新たな価値を生み出す…Nexar Japan 日本支社長 山本幸裕氏[インタビュー]

ドラレコの映像データから新たな価値を生み出す…Nexar Japan 日本支社長 山本幸裕氏[インタビュー]
ドラレコの映像データから新たな価値を生み出す…Nexar Japan 日本支社長 山本幸裕氏[インタビュー]全 1 枚

ドライブレコーダーのカメラで撮影された動画データを集合知として、AI・ディープラーニングを活用し分析することで、新たな価値を生み出しマネタイズに成功したNexarの日本支社長である山本幸裕氏に、北米での成功の背景と具体的な事例、そして道路のデジタルツイン構築へ向けた未来のビジョンを聞いた。

山本氏は、8月29日開催の無料のオンラインセミナー「クルマを売った後の儲け方~コネクテッドカーのマネタイズ~」に登壇しこのテーマで講演予定だ。

ドラレコの動画データを分析して価値創出

---:まずNexar社についてご紹介いただけますか。

山本:Nexar社の本社はイスラエルのテルアビブにあります。2015年に設立され、7年ですでに100億円以上を調達し、イスラエル、アメリカ、日本の3拠点でビジネスをしています。今はヨーロッパや東南アジアにも事業を拡大しようとしているところです。

クルマにドラレコやADASのカメラが必ず付くようになってきているなか、自動運転用に撮られた動画は瞬時の判断で使われて捨てられています。例えば最近、保険会社や物流会社などはクラウドに動画を集めていますが、自分たちの目的に使ってそれで終わりになってしまっています。

それを「集合知」としてクラウドに一括して貯めることによって、新しい価値を生み出すということをポリシーとしてNexarは事業に取り組んでいます。日本では去年スタートしたばかりですが、アメリカでは以前からドライブレコーダーの販売もしております。

---:Nexarのドライブレコーダーのシェアは15%を超えているんですね!

山本:2位、3位の合計を超えてダントツ1位です。ポイントは、ドラレコとNexar AppというスマホアプリをWi-Fiで繋いで、スマートフォンの高い処理能力や通信機能を活用していることです。Nexarのドラレコ自体はWi-Fiと Bluetoothしか積んでいないので、車が走った時に撮った動画はドラレコのSDカードにも記録されますが、同時にWi-Fiを通してスマホの中にも記録されています。

ドライバーが家に帰ったり職場に行ったりしてWi-Fiと繋がった時に、貯まった動画をクラウドに送るという仕組みを作っています。その結果、毎月4TBのデータが集まってきています。

エンドユーザーとしては、ドライブ動画のクリップが自動的にクラウドに上がって、それを友達や家族と共有して楽しむことができますが、いっぽうでドラレコのシェアが1位なので、都心部で渋滞している時には、必ずNexarのドラレコを付けた車が何台か走っているわけです。渋滞にはまった時に、渋滞の先頭のNexarのドラレコから1枚、2枚の静止画をクラウドに上げて、この画像をAIを使って分析します。事故渋滞か自然渋滞か、それとも警察の規制かという点を見分けて、どういう理由で混んでいるのかを教えてくれる機能が付いています。

このアプリにはカーナビ機能もあるのですが、渋滞の原因が分かることで、ドライバーはこのまま待てばいいのか、迂回する必要があるかということを判断できますよね。この機能がとても消費者に好評で、一昨年までは月10ドルのサービスだったのですが、去年からBtoBで収益が出始めたので、消費者向けには無料のアプリにしました。その結果、さらにデータが集まり、このデータを元にして売上が上がってきています。

---:それはいいですね。よりデータが集まりやすくなっているということですね。

山本:良い循環になっています。動画解析から価値ある情報をいろいろ引き出すことができているからです。例えばBtoBの例では、道路管理者に対して道路の通行ができなくなっている状況をリアルタイムでお知らせしています。誰かが勝手に道路を占有してしまいバスが通れないとか、工事でバスが通れない、警察の規制、建築資材が倒れて通れないというような、バスの運行に支障があるところをリアルタイムで通知するサービスを、ニューヨーク、ロサンゼルス、ラスベガスなどの都市で実現しています。

あるいは、アメリカでは高速道路の白線を1年に1回しか塗らないそうなので、場所によっては線がかすれたり消えたりしてしまっているところがありますが、ニューメキシコとカリフォルニアではそこを見つけてお知らせすることもしています。

一方日本では、ドラレコはすでに普及しきっているのでドラレコを売ることは難しいと思っていて、動画を解析するクラウドのサービスを提供しようと考えています。

日本でのビジネス事例も

山本:白線がかすれているところを検出するサービスを道路管理者に買ってもらうこともできますし、すでにビジネスが始まっている事例としては、三井住友海上のドライブレコーダー保険です。Nexarがドラレコの映像解析を請け負っています。これは、クラウドに上がってきた動画とGPSと加速度センサーのデータを使って、事故が発生したときの車両の動きを解析しています。

自分の車だけではなく、相手の車が何キロで走ってきてどれだけの衝突をし、どのように動いたのか、ということを解析できるのは、今のところNexarだけだと思います。当然ながら相手側の車載映像は無いので、こちら側の映像とGPS、加速度センサーなどのデータから事故の状況を判断しています。信号機の色、停止線があるかどうか、または標識なども分析の材料です。

事故の状況をセンサーのデータだけで判断する会社はたくさんあります。OBDIIポートに装着するドングルのセンサーもそうですね。そういったものに比べると、映像があるメリットは大きいです。センサーだけだと本当に事故なのかどうか判別することが困難で、段差や縁石を踏んだだけだとしても事故として報告されてしまうので、誤検知が多くなるようです。またGPSだけだと、トンネルの中では止まってしまうので判断できないですよね。

Nexarでは、GPSが届かない地下やトンネルでも、周りの風景からビジュアルエゴモーション(Visual Ego-Motion)で車両の移動速度を推測して、どこを走っているかを解析することができます。首都高にもトンネル分岐がたくさんありますよね。ゴールデンウィークには、それをちゃんと追随できるかテストしました。

またイタリアのミラノでは去年、日本のカーメーカーと路肩の駐車場の空きスペースを発見するというテストをしました。製品化はいつ頃になるか、まだ未定ですが、今年のゴールデンウィークには日本でもテストを実施し、実証実験は終わっている段階です。

---:路肩の空きスペースを映像から検出できる技術があるんですね。

エッジとクラウドを使い分けて通信量を削減

山本:そのほかにも、制限速度の変化を、道路標識や道路ペイントの変化から検知するということもしています。

また、Nexarストリートビューという名前でGoogleより圧倒的にフレッシュな写真を見ることができるサービスも始めています。これをアメリカでは全国チェーンのハンバーガーショップが利用していて、出店計画に使われているようです。

また不動産会社では、お客さんに家を貸す時に冬と夏の風景の差を見せたり、平地になっている土地の場所を発見したりする用途に使っていると聞きますし、いろいろなBtoBのマネタイズが進んでいます。ドラレコ動画をBtoCからBtoBまでさまざまな用途に生かしています。

こういったビジネスを今後日本でも拡大していくため、今年の5月にようやく日本の法人が立ち上がり、私が支社長として活動を始めました。先ほどの空き駐車スペース検出の取り組みは、実はNexarがブレーンとしてAECC*に入っていることがきっかけです。

*AECC : Automotive Edge Computing Consortium。コネクテッドカーにおける大量のデータ処理をサポートするエッジコンピューティングインフラの進化を推進する業界横断的な団体。トヨタ、インテル、サムスン、エリクソン、NTT、KDDIなど、自動車メーカー・機器ベンダー・インフラベンダーなどが参画。

エッジ(スマートフォン)とクラウドのどちらを使えば、AIで効率的に判断できるのかについて検討しています。例えば道路標識の変更であれば、一瞬の判断が必要な変化ではありませんよね。認識自体もそれほど難しくはないので、クラウドで十分だと考えます。

一方で道路工事の検知については、少なくとも3時間以内に知る必要がありますよね。検知自体は難しくないので、エッジで解析すれば良いということになります。

交通事故の場合は、まず事故を発見してから保険会社や警察に通知するということが「Mission Critical」なので、エッジですべきだということになります。一方で事故を解析して動画を作成する場合は、クラウドのマシンパワーが必要になるので、クラウドを組み合わせようということになります。ここではプライバシー問題にかなり配慮していて、顔やナンバープレート、ダッシュボード上に映る車検証や家族家族の写真などを含め99.99%の精度でマスキングする技術を持っています。

HERE・モービルアイに対する優位性

---:車載映像のクラウドプラットフォームはHEREやモービルアイも取り組んでいますが、Nexarの優位性はどこにあるのでしょうか。

山本:まず、通信量の最適化について、実際の経験値とノウハウがあるところです。保険会社や車会社が困っているのは、動画をクラウドに送ろうとするとパケット代が非常にかかることです。いかにパケットを減らすかという点が大きな課題なのですが、その解決のために、エッジ(スマートフォン)でできることはエッジでする、データをリサイズする、フレームのレートを落とすなどいろいろな技を使ってフレキシブルに対応させながら、いかにパケット通信量を減らして効果的な検出をするかというところにかなりのノウハウがあります。

---:データを集める手法に関して知見があるということですね。

山本:そうです。それに、同じようなデータを2つも3つも集めてもしょうがないですよね。選択的にクラウドに上げるということをエッジで判断しています。もし1台前の車が(動画を)撮っているなら、こちらは動画をアップしなくてもいいという判断もできますし、朝・昼・晩で動画データが撮れればいいので、昼に何本も同じようなビデオを撮っても意味がありませんからね。

---:アメリカでものすごい数の顧客のデータを集めているからこその知見の蓄積があるわけですね。

山本:そうですね。最小限のデータだけをクラウドに上げて、必要に応じてエッジと連携するということもしています。

4K映像による新たな分析ビジネス

---:日本では映像解析の方でビジネスを広げていくということですね。

山本:アメリカのように、市販でドラレコを売って映像を集める、ということは日本では考えていません。ただしドライブレコーダーがほしいというお客様に対しては、クローズドで売ることを検討していて、例えばある物流会社が自分たちのサービスのためにほしいとおっしゃるのであれば、まとめて売るという商談をしています。

---:ドラレコ自体はローカライズするのですか?

山本:まさに今ローカライズしているところです。4月に初めて北米でsimカードが入ったドラレコ『Nexar One』が登場し、そのローカライズに取り組んでいます。『Nexar One』はWi-Fi内蔵で、SIMカードも入るようになっています。さらに4Kカメラを積んでいます。このところドラレコを使って道路の亀裂やポットホールの発見をするようになってきていますが、現状普及している100万画素ではきちんと映像が撮れないようです。そこで、内蔵しているAmbarella*のエッジでの計算力と4Kカメラの解析によって、より軽微な亀裂やくぼみ、わだちも含めて発見できないかといろんなところから依頼があり、今テストをしています。このモデルは、BtoBかつクローズドで提供しようと検討中です。

*Ambarella : NVIDIAのオルタナティブとして注目されるGPUベンダー

---:解像度の高い映像データのニーズは強いのですか?

山本:強いですね。解像度がただ高いだけだと、100万画素から400万画素に変化すると単純にデータが4倍になり、ますますパケット量が大変なことになるわけです。そこに、4Kでありながらエッジできちんと解析までできて、解析した結果だけをクラウドに送るという我々の技術によって無駄なパケットを使わずにクラウドにデータが貯まっていく仕組みを作ろうとしています。

山本氏が登壇する無料のオンラインセミナー「クルマを売った後の儲け方~コネクテッドカーのマネタイズ~」は8月29日開催。

《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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