「夢が叶った」マウンテンバイクのコースを手作り、副業でヤマハ社員が起業した理由

ミリオンペタル バイクパークのMTBコース(静岡県森町)
ミリオンペタル バイクパークのMTBコース(静岡県森町)全 16 枚

コロナ禍で需要が高まっているとされる「副業」。そんな中、メーカーの社員でありながら、マウンテンバイク(MTB)好きが高じて山中にコースを自力で作り、運営会社まで起業してしまったという、ある意味“究極の趣味人”に出会った。

その方は、ヤマハ発動機の小倉幸太郎さん。ヤマハに勤務しながら現在はそのコース「ミリオンペタル バイクパーク」を運営する会社「ミリオンペタル合同会社」の執行役員をつとめる。なぜヤマハの社員が起業し、MTBコースを運営するに至ったのか。そこには「好き」だからこそのこだわりと、MTBを楽しむ人たちへの愛があった。

◆手作りで整備した10ものMTBコース

小倉さんのヤマハでの肩書は「技術・研究本部 NV・技術戦略統括部 新事業推進部 事業推進グループ 主査」。主に過疎地でのカート(ゴルフカー・ランドカー)事業や一部自動運転事業にも携わっている。元々スノーボードが趣味で、学生の頃から続ける腕前はプロ並みだとか。MTBとの出会いは10年ほど前。周囲にMTB好きが居たことから興味を持ち、趣味のひとつになったという。

しばらくは個人で楽しむ趣味の範疇だったが、転機が訪れたのが2020年の夏頃、コロナ禍の真っ只中だった。人との接触や外出が敬遠されるなか、家に引きこもる同僚も多くいた。外へ連れ出すために選んだのがMTBだった。MTBであればソーシャルディスタンスは確保できるし、「山の中なら出会うとしてもカモシカやイノシシくらいですから(笑)」(小倉さん)。そうしていくうちに、何か面白そうだと同志が集まってきた。

ヤマハ発動機に勤務しながらMTBコースを運営する会社「ミリオンペタル合同会社」の執行役員をつとめる小倉幸太郎さんヤマハ発動機に勤務しながらMTBコースを運営する会社「ミリオンペタル合同会社」の執行役員をつとめる小倉幸太郎さん

ただ山林を走り回るといっても、どこからが私有地なのか、走って良い場所なのかそうでないのか、はっきりとした線引きがあるわけではない。「コロナ禍でMTBを楽しむ人が増えたのは良いんですが、勝手に人様の所有する土地で走り回るといったルール違反も多くなっていると聞きました。色々なところで走れなくなるのは悲しいですから、きちんと地元の人たちとの関係性を作らなければ、と思ったんです」(小倉さん)

小倉さんがMTBで走るために出かけていたのは、静岡県西部にある「森町」。ヤマハの本社がある磐田市からは北に30~40kmほどの距離だ。「森町で楽しませてもらっていることを、何とか維持したい。自分たちが走れる環境を守っていきたい」と周囲に声をかけ、まずは社内にクラブを作った。個人よりも組織としての方が、組合と話がしやすいと考えたからだ。ちなみにこのクラブには最初の年で30名、今では60名が所属しているという。「結構、社内の重要メンバーがいっぱい入ってくれているので、おかげさまで色々な事がスムーズに進んで、楽をさせてもらってます」と小倉さんは笑う。

文字通りの手作りで作り上げたミリオンペタルのMTBコース(静岡県森町)文字通りの手作りで作り上げたミリオンペタルのMTBコース(静岡県森町)

そうしているうちに、森町の地主さんとつながった。もともと林業を営んでいたが、昨今では林業ではお金にならないと、およそ20年にわたり100ヘクタールもの山林の有効活用を模索していたという。そこで「うちの森を見に来ないかと、オファーを頂けたんです」。そこから2020年末頃まで、シャベルやツルハシを手にひたすら山中を歩き回った。年が明けた正月には、最初の子ども用のMTBコースを手作りで作り上げた。

「メンバーは皆んな社会人ですから、週末にひとりで『山に行ってくるよ』とは言いづらいですよね。子どもが行きたいと言えば親も来ますから、まずは子どもが楽しめるように小学生がひとりでも走っていられるコースを作ったんです。そうしたら何となく皆んな子どもを連れてくるようになった。それから初心者向けから上級者向け、ダートジャンプ用やダウンヒル用のコースも作りました。今では10コースあります」(小倉さん)

◆趣味を超えて起業するに至った理由

手作りでコースを作り続けていたが、ここまでは同好会の範疇。なぜ起業するに至ったのか。そのきっかけは、林野庁がおこなっていた補助金事業「サステナブルフォレストアクション(SFA)」へのエントリーだった。SFAは森林・林業に特化した事業開発プログラムで、日本が抱える森林資源や林業の課題解決に向けた事業を支援するもの。「手作りでやっていたんですが、そろそろ人の手でやるのは大変だね、重機を入れたいね、というのが発端です。前年の優勝者がサバゲー(サバイバルゲーム)で補助金500万円を手に入れていたことを知って、これならMTBでも行けるのでは?補助金で重機買えるのでは?という軽い気持ちだったんです」。

林野庁のサステナブルフォレストアクション(SFA)で補助金を獲得。森町の町長(左から2番目)と林野庁のサステナブルフォレストアクション(SFA)で補助金を獲得。森町の町長(左から2番目)と

2~3か月のプログラムの中でビジネスプランを提案していった結果、見事に最優秀賞を受賞し、事業への補助金として300万円を手に入れた。ただ、補助金は資産価値のあるものを対象にすることはできないため、重機を購入することはできないことがわかった。「それでも、リースやレンタルは大丈夫だったので、そこで初めて重機を入れてコースを作りました。ですが補助金は年内に使わなければいけいない、というものだったので年末までに大慌てで取りかかりましたね」。

そうして整備した10コースを2022年4月に「ミリオンペタル バイクパーク」としてオープンすることに決めた。SFAは森林を活用したサステナブルなビジネスプランを構築し、実践するのが目的だ。「ちゃんと森林にも金銭的に還元できるようなことにしたいよねということで、来ていただいた方にもお金を払っていただいて、それを地主さんにもちゃんとその土地を借りている地代としてお支払いするという、そういう枠組みを取ろうと。その運営や、補助金を受け取るために合同会社を興したということです」。

ミリオンペタル バイクパークのMTBコース(静岡県森町)ミリオンペタル バイクパークのMTBコース(静岡県森町)

こうして合同会社を立ち上げることになったが、小倉さんをはじめメンバーの多くはヤマハの社員。副業として自社のビジネスとは別の会社を立ち上げることに支障はなかったのだろうか。会社の反応について小倉さんは「比較的ウェルカムでしたが、後で聞いたら意外とハードルは高かったようです」と笑いながら振り返る。

「ちょうどコロナ禍の中で、世間でも副業を推奨する雰囲気がありましたし、ヤマハの中でも副業を推奨しているという話を聞いたので『たぶん通るんだろう』と申請しました。これは勘違いだったんですが(笑)。ただ会社が評価してくれたのは、森町という中山間地域や、森林に対して貢献するという、いわゆる地域貢献という特色が強かったものですから、そういう活動であれば会社としてもなかなか手を出しづらい部分なので、それをやってくれるのであれば逆にありがたい、ということで承認をもらいました」(小倉さん)

ヤマハは元々、林業で栄えた静岡県の中にあって、木を使ってプロペラや楽器の生産をおこなってきたメーカーだ。昨今でも農業用ヘリやドローンを使った森林計測事業をはじめ、日本の森林をサステナブルにする取り組みに力を注いでいる。「社内でも森林関係に皆さんの意識が行き始めたところだったので、そういう意味でもタイミングがすごく良かったんだと思います」。

◆「本当に、夢が叶ったと思います」

ミリオンペタルの看板と。この看板もヤマハのデザイナーによる手作りだというミリオンペタルの看板と。この看板もヤマハのデザイナーによる手作りだという

今では多い時で1日あたり40~50人がMTBを楽しむために訪れているという。冬場でも、スキー用のゲレンデをMTBコースとしてオープンしているような場所がクローズされてしまうため、温暖で雪が少ない地域にありMTB専用コースとして運営されているミリオンペタル バイクパークを訪れる人が多く、賑わいをみせている。

「山を持って好きなコースを作れるなんて夢みたいだなと思っていたんです。ここでコースを作って良いよなんて言ってくれるのはまさに「天の声」でした。本当に、夢が叶ったと思いますね」(小倉さん)

だが、まだまだ“夢”は終わらない。今、コースとして使用しているのは5ヘクタールほどの土地。「まだまだ使っていい」と言われている。「もう少しバリエーションを増やして、色々なレベルの方にもっと来て欲しいと思っています。ただ、コースばかり増やすとメンテナンスが追いつかなくなる。やはりある程度のクオリティを保っておかないと危険も伴うものですから。そのバランスをとりながら今はやっている状態ですが、できれば近いうちに増やしていきたいと思っています」。

ミリオンペタル バイクパークのMTBコース(静岡県森町)ミリオンペタル バイクパークのMTBコース(静岡県森町)

MTBのレッスンもやっていきたいという思いがある。今はボランティアで、メンバーが手取り足取り教えているという。「レッスンをプログラム化できていないんです。どこでどんな経験をするかわからないので、僕らがおせっかいでくっついて行って教えちゃってます(笑)とにかくファンになって、MTB面白かったって言ってもらいたいものですから」。

森林組合との連携も積極的におこなう。これもMTBを愛するが故だ。「勝手に思っているだけですが、僕らはほとんど森に大して害を与えない。木を勝手に切るわけでもないですし、例えば森林組合さんが林業のために作った道を僕らがキープするということもできる。そういうところでビジネスモデルを考えながら、お互いにウィンウィンになるような枠組みの中で、MTBの走行環境がどんどん増えていくようなことに取り組んでいきたいと思っています。これはミリオンペタルからちょっと外に出た話になるかもしれないですが」。

◆“100万の花びら”が舞うミリオンペタル

「ミリオンペタル」という名前には“100万の花びら”という意味がある。このコースがある山は日本には少なくなった広葉樹の森で、樹齢200年近くにもなる山桜が多く植っている。山桜はソメイヨシノと違い樹高が高く、満開になっても肉眼でその様子を見ることは難しい。しかしそれが散る時には、一面の桜吹雪となるという。この風景と、地主さんの名前にある「万」の字からメンバーが名付けたのが「ミリオンペタル」だった。

「広葉樹の森は、秋になると葉っぱが落ちてすごく明るいし、夏は陰ができて涼しい。一年を通してもそれはそれは美しい森です。ぜひ見に来ていただければ」(小倉さん)

《宮崎壮人》

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