BMWが水素エンジンではなく「燃料電池車」へ舵を切った理由 

BMWが「燃料電池車」へ舵を切った理由とは?写真は燃料電池車『iX5 HYDROGEN』
BMWが「燃料電池車」へ舵を切った理由とは?写真は燃料電池車『iX5 HYDROGEN』全 24 枚

ベルギーのアントワープで開催されたBMWの燃料電池に関するワークショップで、試乗車として用意されていたのは『X5』に燃料電池を詰め込んだ『iX5 HYDROGEN』だった。車体に“HYDROGEN”と書かれたBMWに乗るのは2006年以来のことである。

BMWの燃料電池車『iX5 HYDROGEN』BMWの燃料電池車『iX5 HYDROGEN』

2006年にBMWは水素燃料に関するワークショップを開催しており、そこにあったのはV型12気筒の水素エンジンを積んだE65の7シリーズ『HYDROGEN 7』だった。いわゆる水素エンジンで、リヤに設けられた細いパイプからしたたり落ちる水をコップですくい、それを舐めさせられた記憶がある。この水素エンジンはガソリンも使えるデュアルモードを備えていて、BMWは持続可能な将来に向けての水素エンジンの有用性を強くアピールした。ところがそれ以降、BMWから水素エンジンという言葉はまったく聞かれなくなってしまった。

あれから17年が経ち、BMWがあらためて水素に着目したのはエンジンではなく燃料電池だった。

◆水素エンジンに見切りをつけ燃料電池へ舵を切った理由

BMWの燃料電池車『iX5 HYDROGEN』BMWの燃料電池車『iX5 HYDROGEN』

彼らは水素エンジンを完全に諦めて燃料電池へ舵を切ったのか。もしそうだとしたら、どうして水素エンジンに見切りを付けたのか。燃料電池車(=FCEV)を本気でやるつもりなのか。聞きたいことは山ほどあったが、たまたま我々の日程にはBMW AGのオリバー・ツィプセ会長が参加されていたので、直接彼に聞いて見ることにした。

「HYDROGEN 7をお披露目した時点では、水素エンジンに大きな可能性やポテンシャルがあると信じていました。しかしその後、社会や自動車技術は大きな変革を遂げました。よって現時点では、水素を使うなら燃料電池が最適だと考えています。これにはもちろんいくつかの理由があります。まずはEVの台頭です。EVの生産台数はここ数年で飛躍的に増加しました。生産台数が増えればかかるコストは下がります。ご存知のように、FCEVのパワートレインはEVのハードウエアとソフトウエアの大部分を共有できます。FCEV専用のパワートレインの開発や生産の必要がなくなったのは大きい」

「次に効率です。同じ量の水素を使った場合、水素エンジンよりも燃料電池のほうがずっと効率がよくて、航続距離も長くなります。iX5は燃料電池の補助的役割として駆動用バッテリーも積んでいるので、電費はさらに稼げます。我々はだからといってもう2度と水素エンジンの開発はやらない、と言っているわけではありません。ただいまは、総合的観点から燃料電池のほうがいいだろうというだけのことです」

◆水素ステーションは「クルマ以外にも使える」というメリット

BMWの燃料電池車『iX5 HYDROGEN』BMWの燃料電池車『iX5 HYDROGEN』

EVと比較してもFCEVにはメリットがいくつかある。最大といってもいいのが満タンまでにかかる時間だ。EVだと、普通充電ならひと晩、急速充電でもたいていの場合は使用時間が定められているので満タンにはならない。しかしFCEVなら水素を満充填するまでに有する時間はiX5の場合、3~4分だという。これならガソリンや軽油の給油時間と遜色ない。

また、EVの充電器はクルマにしか使えないが、水素ステーションならクルマ以外でも使用可能だ。欧州第2位の貨物取扱量を誇るアントワープでは、タグボードなど一部の船舶が燃料電池を採用しており、見学させてもらった水素ステーションは実際にクルマだけでなく船舶にも対応できる運用をしていた。インフラ整備を加速する上で、利用対象が多いほうが何かと都合がいいというわけである。

肝心の水素の調達方法に関しても明るい兆しがあるという。例えばオーストラリアのラトローブバレーには“褐炭”と呼ばれる質の悪い石炭が多く眠っている。空気に触れると発火の恐れがあり取り扱いが難しいなどの理由から放置されているが、この褐炭から水素を製造する実証実験が始まっている。放置されている資源だからコストは安いし、ラトローブバレーだけでも埋蔵量は日本の総発電量の240年分に相当するそうだ。ここで精製した水素を液化水素にして日本へ輸送するプロジェクトは川崎重工がすでに着手している。

◆「長い充電時間のいらないEV」としてのFCEVの可能性

BMWの燃料電池車『iX5 HYDROGEN』BMWの燃料電池車『iX5 HYDROGEN』

iX5 HYDROGENはまだテスト車両の段階で、発売の予定はないという。しかし、衝突実験や極寒地/酷暑地でのテストはすでに終えているそうで、これまで4年の歳月をかけて開発している。

ボンネット下には燃料電池(125kW)が収まっている。BMWとトヨタが技術提携しているのはご存知の通りで、燃料電池のセルの部分はトヨタの『MIRAI(ミライ)』のそれを共有したそうだが、それ以外のスタックや冷却システム、マネージメント装置などはすべてBMWの独自開発である。CFRP製の水素タンク(計6kg)はセンタートンネルと後席下にT字のレイアウトで配置、リヤには『iX』の後輪用モーター(401ps)と駆動用バッテリー(170kW)が置かれている。ツィプセ会長も語っていたように、駆動用バッテリーはあくまでも加速時など補助的に燃料電池を助けるもので、これだけでモーターが駆動することはない。充電は回生ブレーキによって行われる。

BMW『iX5 HYDROGEN』の燃料電池パワートレインBMW『iX5 HYDROGEN』の燃料電池パワートレイン

X5にはPHEV仕様があってEVモードが選べるが、iX5 HYDROGENの乗り味はそれとほとんど変わらない。後輪駆動なので4WDのX5とはトラクションのかかり方が異なる程度である。航続距離は約500km、最高速は185km/h、0-100km/hは6秒と公表されている。ちなみに、車両重量はX5 PHEVとほぼ同等とのこと。同型のEVよりはずっと軽いそうだ。車体の大きなSUVなら(多くのEVがそうであるように)FCEVにもコンバートしやすいので、既存のモデルをベースにすれば開発期間の短縮や生産設備の流用も可能だろう。ただし、セダン系にはやはり専用のプラットフォームが必要であるということは、BMWも認識していた。

水素の調達方法やインフラの整備が確立すれば、FCEVは「長い充電時間のいらないEV」として、次世代パワートレインの最有力株として一気に躍り出る可能性を秘めている。

《渡辺慎太郎》

渡辺慎太郎

渡辺慎太郎|ジャーナリスト/エディター 1966年東京生まれ。米国の大学を卒業後、自動車雑誌『ル・ボラン』の編集者に。後に自動車雑誌『カーグラフィック』の編集記者と編集長を務め2018年から自動車ジャーナリスト/エディターへ転向、現在に至る。

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