【スバルの神は細部に宿る】『クロストレック』のデザインを理解する「8つのディテール」とは

スバル クロストレック
スバル クロストレック全 27 枚

「神は細部に宿りたまう」との名言を残したのは、20世紀を代表する建築家のミース・ファン・デル・ローエ。それはつまり、細部までこだわらなければ、作り手の思いは伝わらないということだ。

ならば、細部を見ることで核心にあるコンセプトに迫れるはずだが、どんなデザインでもそうなるとは限らない。日本メーカーのなかでこのお題に最も相応しいのは、デザインを論理的に組み立てるのが得意なスバルだろう。というわけで、スバル最新の『クロストレック』のデザインをディテールから解き明かしていきたい。

◆その1:ボディ基本立体とフェンダー立体の柔らかな融合

薄茶色で示すのがフェンダーの立体。フロントグリルからリヤコーナーまで続く紡錘形のボディサイド(基本立体)に、このフェンダー立体を嵌合させている。薄茶色で示すのがフェンダーの立体。フロントグリルからリヤコーナーまで続く紡錘形のボディサイド(基本立体)に、このフェンダー立体を嵌合させている。

ディテールに着目する前に、フォルムの全体構成を確認しておこう。グリルから始まるボディの基本立体にフェンダー立体を融合する、というのがクロストレックの基本的な造形テーマ。上の写真で薄茶色に塗りつぶしたところが、フォルムを構成する上で「フェンダーの立体」となっているところだ。

このテーマは『レヴォーグ』や『WRX』でも採用されていた。スポーティさやダイナミックさを重視したテーマと言えるわけだが、違うのはボディ基本立体とフェンダー立体をどう融合させるかだ。

先代『インプレッサ』/『XV』から、スバルは「ソリッド×ダイナミック」のデザイン言語を各車種に展開してきた。ソリッド感を表現するのが、断面変化を抑えたプレーンな面をメリハリよく組み合わせる手法だったのだが、そこがクロストレックは少し違う。この写真をご覧いただきたい。

オレンジのラインはフェンダーの稜線。赤いラインはショルダーラインで、こちらは基本立体に引かれたラインだ。オレンジのラインはフェンダーの稜線。赤いラインはショルダーラインで、こちらは基本立体に引かれたラインだ。

オレンジラインと赤いラインの間で面が連続的に変化している。とくにリヤ側は、基本立体とフェンダー立体とを柔らかな断面変化で融合させたことが、わかりやすく見て取れる。これはレヴォーグ/WRXとは明らかに違う処理であり、スバルが「ソリッド×ダイナミック」の表現の幅を広げようとしていることを示唆する特徴だ。

◆その2:VIZIVラインをやめてダイナミックさを増す

「ソリッド×ダイナミック」を最初に世に問うたのは、2014年ジュネーブショーで披露したコンセプトカーの『VIZIV 2』だった。そのひとつの特徴は、ボディサイドに弓なりのカーブを描きながら上昇していくラインだ。

ボディサイドは平面視で丸みがあるので、肩口を削ぎ落としたらこういう弓なりのカーブが現れるというイメージ。堅いカタマリを鋭い刃物で削いだような表現にすることで、ソリッド感を醸し出そうという意図だった。

しかしクロストレックに「VIZIVライン」はない。ショルダーラインは直線的に強いウエッジを描き、最終的にリヤピラーへと跳ね上がる。弓なりのカーブより、ダイナミックな勢いが増したのは明らかだろう。

VIZIV 2(上)ソリッドな堅さとダイナミックな勢いを両立させる要所が、赤く示したライン。これが後に「VIZIVライン」と呼ばれるようになった。クロストレック(下)はこれを廃止して、ダイナミックさを強めた。 VIZIV 2(上)ソリッドな堅さとダイナミックな勢いを両立させる要所が、赤く示したライン。これが後に「VIZIVライン」と呼ばれるようになった。クロストレック(下)はこれを廃止して、ダイナミックさを強めた。

スバル・デザインは現行レヴォーグから、「ソリッド×ダイナミック」に「ボールダー」というキーワードを加えている。それが意味するひとつは、車種ごとの個性を従来以上に強めること。先代インプレッサから現行レヴォーグまで「ソリッド×ダイナミック」が各車種に一巡して、いよいよ本格的に車種個性化に取り組み始めた。

前述のように柔らかな断面変化を取り入れ、さらに「VIZIVライン」をやめたクロストレックは、「ボールダー」な時代の本格的な第一弾と言えそうだ。

◆その3:絞り込んだベルトラインと張り出したリヤフェンダー

強く張り出したリヤフェンダーはクロストレックのダイナミックなキャラクターを最も表現するものであり、進化の見所でもある。

先代インプレッサ/XVはベルトライン直下のショルダー面を張り出し、その下を凹に削いで「VIZIVライン」を表現していた。「VIZIVライン」はリヤフェンダーの稜線につながるのだが、ショルダー面に寸法を使ったため、リヤフェンダーにはあまりボリューム感を持たせられなかった。

クロストレックはXVと比べるとリヤフェンダーの張り出し感、後輪の踏ん張り感の違いが明らかだ。 クロストレックはXVと比べるとリヤフェンダーの張り出し感、後輪の踏ん張り感の違いが明らかだ。

そこから一転、クロストレックはリヤフェンダーを力強く立体的に張り出している。キャビン後部の絞り込みを先代より強めてリヤピラーを20mmほど内側に追い込み、さらにショルダー面の幅を後方に向けて狭めていくことで、リヤフェンダーを張り出す寸法を稼ぎ出したのだ。

ここまで見てきたディテールは、クロストレックと新型インプレッサの共通部位。では、クロストレックならではの「神」はどんな細部に宿っているのだろうか? まずはフロントグリルだ。

◆その4:ヘキサゴンの中にヘキサゴン

ヘキサゴン=六角形の力強さを、遺憾なく発揮するグリル。 ヘキサゴン=六角形の力強さを、遺憾なく発揮するグリル。

グリルの輪郭はスバルお馴染みのヘキサゴン(六角形)だが、クロストレックはグリルパターンにもヘキサゴンを並べた点が新しい。

そもそも六角形は蜂の巣に代表されるように自然界で最も強固なカタチであり、そこに着目してスバルはヘキサゴングリルを採用した。「ヘキサゴンの中にヘキサゴン」というクロストレックのグリルは、クロスオーバーらしい力強さを強調する。

内側のヘキサゴンが輪郭のヘキサゴンにオーバーラップしていることも特徴だ。輪郭からはみ出したように見える。輪郭のなかにグリルパターンをきっちり収めた新型インプレッサと見比べると、クロストレックはちょっとヤンチャな表情。枠に収まらないアクティブなキャラクターが、そこに象徴されているとも言えるだろう。

◆その5:コの字型クラッディングは新世代の証?

クロストレックのフロントコーナー部のクラッディング。クロストレックのフロントコーナー部のクラッディング。

インプレッサと共通のスポーティなフォルムにSUVの力強さをクロスオーバーさせるのは、初代XVから受け継いできたデザイン手法。今回のクロストレックでSUVらしさを表現するのは、もちろんグリルだけではない。その決め手はむしろ、ボディ下半身の黒いクラッディングだ。

まず注目したいのが、フロントコーナー部のクラッディングである。先代より大きくなると共にコの字形状になった。縦方向の寸法を拡大した理由は後述するが、なぜコの字なのか?

最近のスバルでコの字型クラッディングと言えば、ソルテラがある。前輪を包むクラッディングをフロントコーナー部まで延ばしつつ、ノーズ下端とヘッドランプをコの字につないだ。その顔付きは兄弟車のトヨタ『bZ4X』とは似て非なるものだ。

ソルテラはフロントフェンダーの大きなクラッディングが、フロント側から見るとコの字を形成している。ソルテラはフロントフェンダーの大きなクラッディングが、フロント側から見るとコの字を形成している。

さらに昨年8月に発表した北米向け『アウトバック』の2023年型マイナーチェンジでも、フロントコーナー部のクラッディングをコの字型に改めた。これもノーズ下端とヘッドランプをつなぐようなコの字型だ。

コの字を描くクラッディングは、スバルの最新クロスオーバーの共通項。ただし、意図してコの字に統一したわけではない。それぞれの車種でクラッディングの面積と力強さのバランスを追求した結果、コの字に帰結したのだという。クラッディングがヘッドランプまで達していないのは、クロストレックだけの個性である。

北米の新型アウトバックもコの字型クラッディングを採用した。北米の新型アウトバックもコの字型クラッディングを採用した。

◆その6:DNAを進化させたホイールアーチ・クラッディング

2012年に登場した2代目「XV」。そのデザインを大きく特徴づけたのが、ホイールアーチのクラッディングだ。

初代『インプレッサXV』がそうだったように、ホイールアーチに沿って一定幅のクラッディングを付けるのがSUVの一般的な手法。しかし2代目XVは違った。ホイールアーチの後ろ側は機能的に必要な最小の幅に絞り込み、前輪の前側はホイールアーチの下端まで延ばさず途中で切った。

2代目XVのデザインテーマは「スポカジ」。本格派のアウトドアグッズが街中でお洒落にカジュアルに使われるトレンドから発想したテーマだ。本格派が前提だから、機能は大事にしなくてはいけない。しかし機能だけを考えて一定幅のクラッディングにしたら、トレッキングシューズに見せたいものが長靴になってしまうのではないか? 機能とカジュアル感を両立させるため、幅にメリハリを持たせるアイデアが生まれた。

2代目XV。この特徴的なクラッディングが、XVの強固なアイデンティティになった。 2代目XV。この特徴的なクラッディングが、XVの強固なアイデンティティになった。

3代目XVのクラッディングも狙いは2代目と同じだが、前輪の前側は途中でカットせず、ホイールアーチの下端まで最小幅で延ばした。ダート走行では前側にも小石が当たる恐れがあり、そこをプロテクトするためだ。

もうひとつ2代目と違うのは、端末をギュッと狭めるだけでなく、全体の幅も少し変化させたこと。ホイールアーチの後ろ側の幅を増やすことで、スピード感を表現した。それがクロストレックでさらに進化する。

クロストレックのクラッディングは、ウエッジしたフェンダー稜線に沿うような形状。プロテクト機能は3代目XVと同等に保ちながら、ダイナミックなボディフォルムにマッチしたダイナミックなクラッディングになっている。

より大胆に幅を変化させたクロストレック。フェンダー形状に沿う幅変化が新しい。 より大胆に幅を変化させたクロストレック。フェンダー形状に沿う幅変化が新しい。

◆その7:クラッディングも空力パーツ

フロントコーナーのクラッディングはコの字型だから、縦に長いエッジを持つ。これは空力に有利に働く要素だ。

ここを丸めると気流が外に飛ばされ、ボディサイドに渦を巻いてしまう。縦の稜線があることで、それより外側の気流がボディサイドに沿って流れやすくなる理屈だ。

フロントのホイールアーチ内にエアアウトレットが設けられているが、これは高速走行時に気圧が高まったバンパー内の空気を抜くためのもの。そこから排出される気流で前輪表面の気流を整える「エアカーテン」機能を意図したものではない。アウトレットにつながるインテークがバンパーに存在しない、というのがその証拠である。

コの字型クラッディングの縦方向のエッジは整流機能を発揮する。 コの字型クラッディングの縦方向のエッジは整流機能を発揮する。

ボクサーエンジンを前車軸より前に搭載するスバル車は、フロントオーバーハングが横置きFFより長い。それゆえ前輪のホイールアーチから前のバンパー側面も長いので、前述のようにフロントコーナーの縦の稜線で巧く気流をコントロールできれば、エアカーテンをやっても効果がない。それでも少しでも空気抵抗を下げようと、バンパー内の空気を抜くアウトレットを設けたというわけだ。

リヤコーナーのクラッディングにも縦の稜線があり、これは気流の剥離を促して車体後方の渦を抑制する機能を持つ。端部に刻まれたエアアウトレットは、バンパー内の高圧の空気をそこから排出することで車体後方の渦を抑え、操縦安定性を高めるもの。レヴォーグで開発した手法を、抜かりなくクロストレックに応用した。

リヤのクラッディングは縦方向のエッジで気流を剥離させると共に、その内側のスリットからバンパー内にたまった空気を排出する。 リヤのクラッディングは縦方向のエッジで気流を剥離させると共に、その内側のスリットからバンパー内にたまった空気を排出する。

◆その8:鮫肌シボのこだわり

フロントホイールアーチのクラッディングには、現行WRXと同様に、ホイールハウス内の空気を抜くアウトレットが刻まれている。ホイールハウス内は回転するタイヤのために圧力が高まるので、それを抜くことで揚力を下げ、操縦安定性を高めようというものだ。

注目したいのは、そこに施したシボである。クラッディング全体はスバル車ではすでにお馴染みの小さな菱形を並べたダイヤモンドシボだが、アウトレット部分には鮫肌シボを施している。現行BRZのフロントバンパーのガーニッシュに初採用したシボだ。

フロントホイールアーチのクラッディングにはエアアウトレットが一体化され、そこには鮫肌シボが施されている。 フロントホイールアーチのクラッディングにはエアアウトレットが一体化され、そこには鮫肌シボが施されている。

現行レヴォーグでスバルは空力性能に寄与するハニカムシボを新開発し、エンジンアンダーカバーに採用した。六角形パターンの微細な凹凸で、その表面を流れる気流に微細な渦を発生させる。それによって気流の剥離を抑えるというもの。WRXはこのハニカムシボをクラッディング全体に施した。

鮫肌シボはハニカムシボの進化版。横線の微細な突起を並べて六角形を形成しつつ、それを縦方向に連続させたデザインだ。縦に並んだ横線の突起が微細な渦を生む。BRZでは操縦安定性の向上を狙ったのに対して、クロストレックではホイールハウス内から排出される風が剥離せずにボディに沿って流れるようにする機能を持つ。

スバル クロストレックスバル クロストレック

クラッディングをSUVらしさの表現だけにとどめず、空気抵抗の低減や操縦安定性にも役立てるのは、中島飛行機をルーツとするスバルらしいこだわりだ。シボというミクロなディテールにまで機能を追求し、ハイパフォーマンスなWRXや『BRZ』の開発で獲得した空力ノウハウを、クロスオーバーのクロストレックに惜しみなく投入した。

クロストレックはハッチバックとSUVのクロスオーバーだが、ハッチバックのスポーティさとSUVの力強さを足し算しただけではない。相乗効果を生み出す掛け算に昇華させたデザインであることが、丹念にディテールを見ていくなかで感じられたのではないだろうか。

《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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