ボッシュが取り組むFCVと水素エンジンの事例…人とくるまのテクノロジー展2023

ボッシュブース(人とくるまのテクノロジー展2023)
ボッシュブース(人とくるまのテクノロジー展2023)全 14 枚

「人とくるまのテクノロジー展2023」において、ボッシュの水素関連の取り組みに関するトークセッションが開催された。今回はその中から、燃料電池とFCV、および水素エンジンに関するセッションを紹介する。

2030年にはFCVが有力な選択肢に

まず始めに、「次世代のパワートレイン 燃料電池車」と題されたトークセッションについて。

ボッシュは、2030年までに燃料電池がニューモビリティの一部となり、FCV(Fuel Cell Vehicle)とBEVが普及すると予想している。この予想の背景には、燃料電池車の実現に必要な要素が2030年までに揃うという考えがあるという。その要素とは、グリーン水素、インフラ、水素ステーションだ。ヨーロッパを例に取ると、2030年までに2000万トンのグリーン水素を用意できるとの予測がある。加えて、欧州の既存の天然ガスパイプラインの再利用可能性についても、インフラとロジスティックの両面から検討されている。燃料電池車は、2030年にはコスト面でも合理的になってくると予想しているそうだ。

更に、インフラの面で重要なのは水素ステーション。北米では、2021年の85拠点から2030年には900拠点、ヨーロッパでは230拠点から1000拠点、中国でも、2030年までに365拠点から5000拠点に増えるとの予想がある。つまり、燃料電池車の普及に必要な要素である十分な供給のあるグリーン水素、ランニングコストとトータルコストの魅力、そして拡大するインフラが2030年までに揃うと予想しているとのことだ。

「ボッシュは2018年にフューエルセルコンポーネントの開発を開始しました。2022年にはフューエルセルパワーモジュールの開発を開始し、2020年には初のプロトタイプを完成させています。また、同年に中国の慶鈴汽車と合弁会社を設立し、フューエルセルシステムの開発と提供を始めました。2022年時点では、アメリカと中国で大規模なテスト車両フリートを運行しています」

「アメリカで運行されている大型フューエルセルトラック、そして中国で運行されている大型トラック、これら全てにボッシュのシステムが搭載されています。2021年で既に77台のトラックが走行し、2022年には570台、そして2023年末までには量産を含む合計3900台に上る予定です。更に、2025年には4万3000台のトラックが走行予定となっています」

フューエルセルシステムのデジタル化により、リモートバリデーションで詳細データを収集できるようになった。これにより、各コンポーネントのデータ分析からシステム最適化が可能となる。例えば、スタックの冷却水の温度変動や、パージとドレインバルブの使用状況、電動エアコンプレッサーや循環ポンプの稼働状況などが把握可能だ。このようなデータを詳細に分析することで、システムのロバスト性とパフォーマンスを向上させると語る。

ボッシュのフューエルセル製品ラインナップは、単品コンポーネントからシステム全体までの開発を手掛けている。これには水素ストレージシステム、フューエルセルコンポーネント、スタック、モジュールアプローチのシステムが含まれます。具体的には、タンク、レギュレーター、マニホールドコントロールユニット、ストレージシステム、循環ポンプ、水素インジェクター、電動エアコンプレッサー、各種センサー、DC-DCコンバーターなどだ。

「2030年にはフューエルセルが拡販フェーズに入ると予想しています。その背景としては、フューエルセルが必要とする全ての要素が整っているからです。ボッシュは燃料電池への全力投資を行い、開発と製造に力を注いでいます。また、システム全体の開発能力を活かし、単品コンポーネントからシステム全体まで開発を行っています。2022年から年末までに量産を開始し、ボッシュのフューエルセルシステムを搭載した車両は、今年末までに3900台に達する予定です」

水素エンジンはインジェクターがポイント

続いて、「次世代のパワートレイン H2エンジン」と題されたトークセッションを紹介する。水素を燃料としたエンジンに関するセッションだ。

「電動化の全体の方向性としては、BEVや燃料電池車が未来の主力パワートレインとなることは明らかですが、一方で世界には、BEVや燃料電池車がすぐに普及しない地域や市場も存在します。そのため、弊社では特定の技術に偏らず、多様な技術を均等に開発し、カーボンニュートラルを達成するという方針を掲げています。その一部として、現在、水素エンジン技術の開発も進めています」

水素を燃料とするエンジンについて、水素の物性から見ていく。まずはエネルギー密度だ。ガソリン、ディーゼル燃料、水素を比較すると、気体状態の水素の密度はガソリンやディーゼルに比べて7000分の1から8000分の1しかない。これを車両に搭載する場合、同じタンクサイズであれば、水素エンジンの走行距離は短くなる。逆に、同等の走行距離を確保するためにはタンクを大きくする必要がある。さらに、水素の密度が低いため、ディーゼルやガソリンと同等のエネルギーを得るには大量の水素を噴射する必要がある。したがって、噴射装置への工夫が必要となるという。

「水素の物性をさらに詳しく見ていきましょう。まず、kgあたりの化学エネルギー量についてですが、水素の密度は非常に小さい点が大きな特徴と言えます。次にオートイグニッションテンパラチャー、自己着火温度を見てみましょう。水素の着火温度はディーゼルよりもはるかに高く、ガソリンよりもさらに高い。このことから、ディーゼルのような圧縮式点火は難しく、ガソリンのような火花点火式が有利となります。次に、最小点火エネルギー、つまり火花点火時に必要な最小の点火エネルギーを考えてみましょう。この値が小さいほど燃焼がしやすく、水素はガソリンに比べてかなり低い数値を示します。これも火花式の点火が有利であることを示しています」

「さらに、空気との混合比率(ラムダ)で見た時の燃焼可能な範囲を示してみましょう。ガソリンの場合、1.4よりも混合が薄くなると燃焼が困難となりますが、水素の場合、ガソリンの約10倍薄くても点火可能です。しかし、これは火がつきすぎるリスク、つまり意図しないタイミングでの自己燃焼という異常燃焼のリスクを示しています。最後に、化学反応速度を見ると、水素はガソリンやディーゼルに比べて約5倍早い反応速度を示します。化学反応が早いと燃費が向上しますが、5倍となると反応が早すぎて燃焼の制御が難しく、反応を遅らせるための対策が必要となります。これらの物性を見るだけでも、水素エンジンの難しさが理解できると思います」

水素を燃料として使用したエンジンの設計は、一般的な内燃機関と大きく異なる部分は少ないかもしれないが、その特性を最大限に活かすためにはいくつかの独自の設計が必要になる。エンジンの流れを説明すると、空気が入りターボチャージャーにより圧縮される。空気が入る際にインタークーラーで冷却され、スロットルによって流れが調整されてからシリンダー内に送られる。その時点で、ポートのインジェクターまたは直噴インジェクターから水素が噴射される。点火は火花点火が有利であるため、ガソリンエンジンと同様にスパークプラグで行われる。燃焼した後の排気ガスは排出され、タービンを通じてエネルギーが回収され、排気系を通じて処理されてテールパイプから出ていく。

「つまりこれは、現行のガソリンエンジンやディーゼルエンジンと非常に似ています。ゆえに多くの部品を現行のエンジンから流用できると考えています。水素タンクシステムの部品についても、一部修正が必要かもしれませんが、基本的には燃料電池車向けに開発されたものをベースに流用することを考えています」

しかし、水素エンジン向けに新規開発が必要な部品も当然存在する特に噴射システムは、水素が気体であること、そして密度が非常に低いことを考慮すると、現行のインジェクターではなく、新たな開発が必要だ。水素エンジンは水素の特性により異常燃焼が起きやすいため、新たな点火システムの開発が必要となる。

「ボッシュでは、水素エンジンに適した各部品の開発を行い、これらを一体化したシステムを提供しています。また水素エンジンの製造と試験を自社内で行っており、そのパフォーマンスを評価します。これにより、単に部品の提供だけでなく、最適な使用方法についても提案することが可能です」

「水素噴射システムについて、弊社では2つのタイプを開発しています。1つ目はポート噴射式、2つ目は低圧直噴噴射式です。ポート噴射式は、ガソリンエンジンと同じく、インテークバルブの前の位置に水素インジェクターを設置し、そこから水素を噴射します。このポート噴射式の利点は、エンジンのバルブから離れた吸気系部分に比較的小さなインジェクターを設置するため、現行のガソリンエンジンやディーゼルエンジンの設計を大幅に変更せずに水素化が可能であることです。このため、開発コストを抑えて早期の量産を目指す場合にはポート噴射式が有利です。しかしこの方式の難点として、バックファイヤーと呼ばれる異常燃焼が起きやすいという問題があります。これに対しては、異常燃焼を抑制するような設計が必要となります。その結果、最大出力は直噴の水素エンジンよりも低くなる可能性がありますが、出力減少を許容できるのであれば、ポート噴射式も十分現実的なソリューションです」

「一方の低圧直噴コンセプトは、700気圧の高圧水素がタンクに格納され、レギュレーターでその圧力を低減し、直噴インジェクターで水素を噴射します。ディーゼルエンジンやガソリンエンジンとは異なり、燃料の圧力を上げるためのポンプのようなものは必要ありません。タンクの高圧水素を直接利用することで、追加のポンプやコンプレッサーなどのコンポーネントを省くことができます。直噴式の利点は、異常燃焼のリスクが少なく、ポート噴射式よりも高い出力を目指すことができることです。しかし、弱点としては、大きな水素インジェクターをエンジンのバルブなどの構造物の近くに設置する必要があるため、エンジンの設計変更が必要になります。どちらの噴射方式も、それぞれのアプリケーションに応じて有用なソリューションであり、弊社では両方の開発を進めています」

ボッシュでは、2リットルのガソリンエンジンをベースにした水素エンジンの実験を行っているそうだ。このエンジンには、ポート噴射の水素インジェクターと直噴の水素インジェクターの両方を搭載することが可能で、それぞれの性能を試験し、結果を比較することができる。このエンジンは、主にリサーチ用途に使用しているという。

ポート噴射の水素インジェクターを使用した場合、エンジンはエアフューエルレシオ(ラムダ)3から1.8の範囲で燃焼を行った。ラムダ3の領域は、現行のガソリンエンジンに比べて3倍の空気を混入させても安定した燃焼が可能であることを示す。これは水素の燃焼しやすさを反映している。

「出力については、排気量1リットル当たりで60kWを達成しました。これは、ベースとなるガソリンエンジンがリットル当たり約120kWの出力を持つことを考えると、水素インジェクターを一回りしただけで、その約半分の出力を達成したことを示しています。しかし、まだ異常燃焼の対策などは十分に行われておらず、最大出力には改善の余地があります」

「排気ガスの分析を見てみると、ハイドロカーボン(HC)は数ppmから10ppmと非常に低いですが、それでも存在します。水素エンジンは排気が水だけとされますが、実際にはエンジンオイルが燃焼するため、少量のHCや一酸化炭素(CO)が排出されます。一方、窒素酸化物(NOx)はリーン燃焼により発生し、これが最も問題となります。これをどのように対策していくかが今後の開発課題となります」

「次に、直噴の水素エンジンの結果を見てみると、ラムダ3の領域でも十分に安定した燃焼が確認できます。最大トルクと最大出力が大幅に増加し、ここでは80kWの出力が確認できました。これは、ベースとなったガソリンエンジンの出力の約3分の2を達成したことを示しています」

トルクはガソリンエンジンとほぼ同等のトルクが達成できている。最適化をしていないことを考慮しても、悪くないパフォーマンスが出ており、将来性がある技術だということがわかるとした。

《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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