【和田智のカーデザインは楽しい】第8回…ジムニーに乗っている人はいい人に見える

和田智氏の手書きによるスズキ ジムニーのスケッチ
和田智氏の手書きによるスズキ ジムニーのスケッチ全 13 枚

連載8回目となる『和田智のカーデザインは楽しい』。今回取り上げるスズキ『ジムニー』と『ジムニーシエラ』は、「原点回帰した未来志向のデザイン」だという。その真意はどういったものなのか。

◆プリウス、マツダ3、そしてジムニーが「日本のベスト3」

----:ジムニーとジムニーシエラは2018年デビューですが、未だに非常に人気の高いクルマですね。

和田智(敬称略、以下和田):もはやスズキの代名詞ではないかと思います。デザイン的な視点でいうと、「垂直の美学」という考え方を持つクルマなんです。そういう視点でお話をしましょう。

カーデザイナーのカタチをつくる思考法は、「スタイリング思考(スピードシェイプ思考)」と「水平×垂直思考」というものがあるんです。例えば僕みたいなタイプのデザイナーは、どちらかというと水平×垂直思考からカタチを追っていく考え方。実はいま、こういう考え方をきちんと整理できているデザイナーは意外と少ない。特に経験の浅い若いデザイナーはスピード感のある格好良いクルマの絵を描きたがるスタイリング思考になりがちです。

一方で水平×垂直思考が強いというのはロジカルに、整理整頓を重んじるんです。純粋にその要素を高めていくと知性がそこに表れて来ます。この考え方はクルマだけではなく、プロダクトデザインや建築にもあてはまるものです。

----:そうした視点から、和田さんはジムニーをどう見ているのでしょうか。

和田:このジムニーやメルセデス『Gクラス』は元々、オフロード向けの超合理的なクルマです。それが時代とともに一般に受けるようになっていきました。そういったカテゴリーの中で、とりわけこのジムニーは逸品だと思います。

そしてジムニーは明らかにこれまでスズキの先輩たちが作り上げてきたものを謙虚に再構築しています。これまでのジムニーの歴史に対して、デザイン的にもライフスタイル的にも再考がきちんとなされて、DNAを上手く取り入れています。

歴史を振り返ると、初代から2代目にかけては、オフロード4駆としてのタフな気質と道具気質がすごくうまくブレンドされているような感じです。2代目のグリルには現行に近いニュアンスが感じられますよね。3代目は非常にモダン化された良いデザインですが、初代からするとかなりスタイリングが入って来ています。初代や2代目の水平垂直指向から、少しずつ時代の流れの中でスタイリング指向に吸い寄せられたようです。

道具性が薄れ、乗用車に近い感覚になり、本来のジムニーのDNAからすると少し離れてしまった。それを今回は紛れもなく過去のDNAの、原点に非常に重きを置いて開発されているのです。

このジムニーは僕も欲しいと思うくらい完成度が高いクルマです。この連載で現在の日本のカーデザインを代表する『プリウス』と『マツダ3』を取り上げましたが、ベスト3とするならば、私はこれらに加えてジムニーを挙げます。2台持ちという贅沢が許されるのであれば、ジムニーとマツダ3、あるいはジムニーとプリウスという組み合わせがベストチョイスでではないかと思います。

◆「邪気のないデザイン」が提示する原点回帰

----:和田さんに「欲しい」とまで言わせるほどの魅力とは?

和田:格好良く見せるという形態手法から外れて、非常に素朴で、クルマの本来の姿を具現化しているからです。いまのスタイリング思考のSUVやインパクトの強いオフロード車とは違う。とても素直に存在して、嫌味がなく、かつそれが非常に適正なライフスタイルを持っている雰囲気を醸し出している。これだけいろんな要素をつけたり貼ったりしたデザインのクルマが多い中で、最も原点に近い、素のデザインを表現したクルマがこのジムニーなんです。

それは“邪気のないデザイン”とも言えます。いまどき邪気がないクルマって売れないんですよ。その中で唯一、邪気がないデザインで好評を得ているのがジムニーです。本当に唯一無二なんですよ。

例えばエコロジーであるとか、ライフスタイルの見直しとか、モノやクルマと人間との関係を見つめ直すために「原点に帰る」思考が必要な時代になっているのかなと思うんです。そういう時代に、ジムニーはクルマと人の素朴な関係を改めて教えてくれる。今、ジムニーをチョイスできる人は、気持ちの良い適正な生活ができる人なのではないかと思わせる。「ジムニーに乗っている人はいい人に見える」と思いませんか。

----:ある種の問題提起であるということでしょうか。

和田:そうです。でも、それが嫌味なくスッと入ってしまうところが、このクルマのDNAであり、謙虚な姿勢からそう感じさせるんですね。強烈な個性とかではなく、パッと見て、なんかいいじゃん、ちょっとこれ欲しいなみたいな感覚になってくる。これは世界でも類を見ないんじゃないかな。

もうひとつ、ジムニーは“何か違う生き方(新たなライフスタイルの発見)”を提示していると思います。昔からあるようでいて、実は未来が見えている感じがする。例えば、いまクルマはどんどん肥大化していますが、ジムニーは小さいじゃないですか。実際に道具としても、これだけ小さい四駆というものにこそ意味があることを、世界中のジムニーオーナーたちは分かっている。とてもピュアですよね。

◆ジムニーによってライフスタイルが創造されている

----:ジムニーといえば、それぞれのユーザーがカスタマイズして楽しんでいるのもカルチャーのひとつになっています。

和田:まさに“My Jimny”。ジムニーの良さを素のデザインとお話しましたが、素の状態で売られているおかげで、全てのジムニーがマイジムニーになるという感覚があるのではないかと思います。クルマのデザインのほとんどは“絶対型”をつくろうとするんですよ。

例えばある形の“絶対型”をつくり、こういう格好良いクルマができましたと買って乗ってもらう。でもジムニーには“絶対型”ではない、押し付けない自由なおおらかさがあって、それぞれが自分なりのジムニーになる。あなたのジムニーと僕のジムニーは違う、ひとつひとつ自分好みにカスタムすることを本当に楽しむことができるんです。

----:素のデザインだからこそ、自分の色を出すことができると。

和田:SNSを見ていると“ジムニー女子”だとか、いろんな形で社会現象を起こしていることも分かります。ジムニーに巡り合うことによって彼、彼女の人生が変わっていくんです。自然志向になったり、山や海などに愛着を感じるようになったりすることで、それが生き方や考え方までを変えていく。「このクルマに乗れば自由になれるんだ」というパワーを持っているんです。ジムニーが自分の友達やペットといってもいいかもしれない感覚ですよね。

ライフスタイルが創造されているということなんです。スタイルを限定(絶対型)することは、ライフスタイルを限定してしまうことであって、人生の自由度をなくしてしまう。だからこれから出て来るEVたち、特にスズキに期待することですが、カタチや人のライフスタイルを限定しない、次の時代の乗り物をつくってほしい。自由の象徴になってほしいと思います。


《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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