【和田智のカーデザインは楽しい】第10回…「本質か、現象か」ジャパンモビリティショーに見るクルマの未来

マツダ アイコニックSP
マツダ アイコニックSP全 17 枚

和田智のカーデザインは楽しい。第10回は10月に開催された「ジャパンモビリティショー2023」でカーデザイナー和田智が感じたことを語ってもらう。和田曰く、いま、そしてこれからの社会を考える上で、良い題材が出てきたショーだったという。

◆3つのブランドから感じ取れたこと

----:東京モーターショーからジャパンモビリティショーに名前が変わり、様々なコンセプトモデルが各メーカーから出展されました。そこで和田さんが感じられたことなどを今回は語っていただきます。

和田智(敬称略、以下和田):いまは大きなターニングポイントの時代なので、1台1台のクルマを見るのではなく、全体としてどう捉えるかに着目しました。クルマは社会の鏡であり、クルマを通していまの世の中を見ることで、そこから未来をどう考えるのかが主題です。

見えてきたのは、「本質か現象か」、「フィジカルかデジタルか」、「リアルかバーチャルか」ということです。そこで3つのブランドのショーカーから、クルマの未来、そして社会の未来にについてお話ししたいと思います。

最初はマツダの『アイコニックSP』です。

◆「クルマ愛」が表現されたマツダデザイン

----:アイコニックSPは今回のジャパンモビリティショーの目玉の一台として、レスポンスをはじめ様々な専門メディアでも取り上げられ、注目を集めていました。和田さんはどのように捉えられたのでしょうか。

和田:“クルマ愛”がデザイン表現の中にものすごく出ていて、その情熱を感じることができました。これこそがマツダがいまやろうとしていることの大きなパワーであり大切な部分です。名前の通り“アイコン”としてのクルマのあり方を、マツダなりに原点回帰させたのかなという印象を持ちました。

このアイコニックSPは、デザイン本部長が前田育夫さん(現シニアフェローブランドデザイン)から中山雅さんに引き継がれて初めてのモデルです。この10年くらい様々なステップを踏んできて、ここから新たなステージに立つ最初のモデルですから、期待は大きいですね。その視点では見事なモデルを出してきたと思います。やはりクルマに対する愛情をデザインにどう込めて、それを多くの人たちにどう伝えるかを考えているのです。

----:パワートレインは2ローターEVというコンセプトだそうです。

和田:デザインを考える上で、いまのクルマの正常進化の先にEVを捉えるか、あるいはEVの時代が来たのだからEVらしく新たなデザインを起こすか、という2つの方法があって、マツダは明らかに前者の方法論を取っています。

キーワードは“フィジカル”。人間の体や手を使って、人間がつくっているという感覚が強くあります。このリアルな感覚こそ本質的な方向ではないかと私自身は感じていて、これまでのクルマの素晴らしさを継承しています。もちろん新しい部分では2ローターEVというプラットフォームに変わっているのですが、その素晴らしさをどう継承するか。

人間的な情感がものすごくあって、愛を感じる。それは作り手の愛であり、それを受け入れてくれるお客様の、クルマに対する愛情というものがリンクして形をつくっているんです。とても精神的で、なおかつ親近感がある。すごくわかりやすい格好良さの中にも、マツダが追求してきた進化を見ることができます。

----:アイコニックSPのデザインのどのようなところに愛を感じるのでしょうか。

和田:マツダの最大の特徴は、フィジカルな造形力が抜群だということです。デザイナーとモデラーたちの非常に良いコンビネーション。そしてそれをしっかり形にしようというエンジニアの愛情、これらの連帯がこのようなモデルをつくるのだろうと感じ取れました。

マツダがこういう形のEVというあり方を提示したのは、ものすごく重要だと思います。社会が大きく変化していく中で一番なくしてはいけないものは、人間が持っている基本的な素質や肉体との関連です。心が結びつくという精神性は人間の最大の特徴だと思います。デザインでもそれを忘れたくないんです。大切なことをどう進化させたらいいのかを表現するのが僕らデザイナーの仕事ですから、そこに着目したアイコニックSPはとても良かった。

このクルマを見ているといろんなクルマを彷彿させるんです。ディテールでは、リトラクタブルランプも非常に良い。個人的にも非常に興味があるデザインアイテムで、「マツダやったな!」って正直思いましたよ。空力を気にする時代ですから避けられがちですが、それ以上に愛嬌、ユーモアがありますよね。その概念は人間に必要とされる、なおかつ失いつつある大切なものなんです。

◆本質と現象のはざま

----:続いて和田さんが注目したのはレクサスとトヨタ、そして日産ということですが。

和田:レクサスとトヨタは日本だけでなく世界を代表するブランドです。いまの日本の象徴でもあるし、誇りでもある。彼らの力によって日本のある基盤ができていることを特に自動車業界においては感じます。とりわけトヨタブランドのデザインは近年良くなってきています。

ただ初めにレクサスを見た瞬間に思ったことは、 “コンフュージョン”つまり、ちょっと混乱している、複雑化しているように感じました。レクサスもトヨタも、車種が増えラインナップが拡大し続けています。もちろん様々な戦略上でのことでしょうし、全ての市場を抑えていくような戦略かもしれませんが、他社にスペースを与えないような仕事の仕方をしているなと。

次世代のリーダーの仕事は、調和とバランスです。これまでは競争社会で育ってきたビジネスですから、どこよりも売り、どこよりもシェアを増やし、どこよりも利益を上げるという考え方がビジネスの概念上当たり前のことでした。しかしこれだけ社会が変わってきている状況では、全体のバランスを誰かが取らなくてはいけないと考えます。これをトヨタにやってもらいたい。

日本のベンチャーは、いまだに産声を上げたかどうかの段階、全く育つ環境にありません。でも他国を見れば、そこに対する投資の考え方を含め、新たなブランドが競争し成長しつつあります。そういう状況で、トヨタには日本の次を考える使命があると思うんです。

本質か現象か、フィジカルかデジタルか、リアルかバーチャルかという見方では、トヨタは中間帯になる。その視点でレクサスを見ると革新的で、新しいシルエットも持っていますが、何かアンドロイド的で、そのシルエットに対してかなりオーバースタイリングが目立つ。ちょっと複雑な要素が強い。彼らが狙っているであろう未来観は演出されていますが、少し表層的な感じがするんです。そして親近感はない。人間味が感じられなかったのが残念です。

----:そして日産です。出展のキーワードは「ワクワク感」ということで、マツダやトヨタとはまた毛色の違うイベント形式の展示でした。

和田:コンセプトカーとゲームがリンクするという企画でした。今回のジャパンモビリティショーの中では一番エンターテイメント性の強い効果を狙ったメーカーが日産で、現実なものから離れ、バーチャルな領域でワクワクをさせるという考え方。ワクワクさせるという意味では同じようにデザインされていますが、マツダと日産は正反対のことをやっていると感じました。

このフィジカルかデジタルか、リアルかバーチャルか、という世界感からすると、今の日本を代表するゲーム産業やアニメーションをモビリティがいかにして採り入れていくかということが重要であるとも言えます。でも、その日産の回答が、何か違っているように感じたのは私だけでしょうか。夢をカタチにした結果が、あのモデルたちで良かったのだろうか。そんな疑問や懸念も含め、今回のモビリティショーは、これからの社会を考える上で、ものすごくいい題材が出てきたと思えたんです。

◆考えるモビリティショーだった

----:マツダ、レクサスとトヨタ、そして日産。これらのメーカーから感じた現象を、我々はどのように捉えたらいいのでしょうか。

和田:マツダは明らかに本質思考で、クルマにとって大切な感覚を継承し進展させるクラシック感があります。日産は、今の時代らしく、デジタルを使った現象を追ったアプローチであったように感じます。レクサスはその中間と位置付けておきましょう。皆、未来に向けた創造的活動です。

現象化や本質化は、社会体系の中で二分化しているということなんです。例えば10年前にはまだモノ思考、本質的な要素が強かった。それに対していまはデジタル化や、バーチャルな要素の割合がものすごく増えてきている。もうモノなんて、クルマなんて、というような言葉も出てきている状況ですね。本質の部分がどんどんと減ってきているのが現実なんです。

----:現代は本質よりも現象の方が優先されてしまっていると。

和田:僕の目から見た時に「本質のもの」と、「現象のもの」を重さで例えると、本質の方が重くて、現象の方はあまり重さを感じないんです。全てがだんだんと空中に浮き始めてしまったというか。そして情報がものすごく重要になってきた。昔はその情報網がないのでリアルなものが大きな影響を与えることができました。その広がり方は遅く、ゆっくりとしたものだったけれども、人が生きる上でのスピードに合ったものでした。

それがいまは、ものすごく暮らしのスピードが速くなってしまったんです。だから、見るものをしっかり見なくなった、聞くものもしっかり聞かなくなった、深く理解しようとする気持ちも無くなった。ダウンロードした音楽のイントロは飛ばしてしまう、映画は倍速で見る…あらゆることに、タイムパフォーマンスを求める時代です。これはどちらがいいとか悪いとかという以前に、デジタル化やバーチャル化というのは良い面もある一方、人として損なう面も非常に多いということ。このような現象の中では、自己中心的になりがちで、人やもの・社会に対する思いやりが薄くなっていく、想像力も失なわれていくのではないでしょうか。

中立がきちんと確保されていて、本質と現象領域が同じくらいでバランスされているのが理想です。でも実際には現象領域がどんどん押し寄せている。それを今回のジャパンモビリティショーに置き換えると、マツダはもがいているんです。日産はこの大きな現象という波に乗って、「さあエンターテイメントが始まります!」といった感じです。


《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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