あの『i-ROAD』の元トヨタエンジニアが新会社で挑む「無駄のないモビリティ」とは

Lean Mobilityが開発中のモビリティ『Lean 3』
Lean Mobilityが開発中のモビリティ『Lean 3』全 9 枚

『i-ROAD』進化版の開発が着々と進んでいる。新会社「Lean Mobility」を設立してプロジェクトを率いるのは、トヨタでi-ROADのチーフエンジニアを務めていた谷中壯弘(やなかあきひろ)氏だ。豊田市のLean Mobility社を訪ね、その最新情報を取材した。

◆進化を加速させるために起業

トヨタが次世代モビリティとして2013年に初公開した『i-ROAD』トヨタが次世代モビリティとして2013年に初公開した『i-ROAD』

トヨタの「i-ROAD」をご記憶だろうか? バイクのように車体をリーンさせて旋回する前2輪の3輪パーソナルモビリティだ。2013年にコンセプトカーとしてデビューした後、公道走行可能なプロトタイプに発展。国内外で実証実験が行われたが、ここ数年はニュースが途絶えていた。それもそのはず…。

驚くことに、i-ROADのチーフエンジニアだった谷中壯弘氏がトヨタから独立して起業し、i-ROADの進化版を開発していたのだ。「i-ROADのようなパーソナルモビリティを早く実現させたい。そのためにはリスクを取ってでもやりたい、という人が集まって進めるのがよいだろう。i-ROADの進化を加速させるために新会社を立ち上げた」と谷中氏は独立の動機を振り返る。

構想をトヨタの上層部に提案し、認められての独立だから「円満退職だった」とのこと。もちろんi-ROADに関わる知財権の使用許諾も得ている。

2022年に豊田市に設立された新会社の名称は「Lean Mobility」。ただしそのLeanは車体をリーンさせることを由来するものではない。エンジンの希薄燃焼をリーンバーンと呼ぶように、リーンには「無駄のない」という意味もある。小さくても4人乗りの乗用車に平均1.3人しか乗っていない現状に、クサビを打ち込みたい。「無駄のないモビリティ」を目指す心意気を込めた社名だ。

その一方、市販化に向けて開発中のモビリティの車名は『Lean 3』。まだ仮称だが、リーンする3輪車という商品特性をダイレクトに訴求するネーミングを、とりあえずは選んでいる。

◆設計開発陣は60人規模

右がLean Mobility社の谷中壯弘社長。トヨタで20年前からパーソナルモビリティの企画や開発を手掛け、i-ROADやC+Podなどのチーフエンジニアを歴任してきた。左はフィアロの平田滋男デザインディレクター。Lean Mobility社の設立以来、谷中社長と共に『Lean 3』の開発に携わってきたデザイナーだ。右がLean Mobility社の谷中壯弘社長。トヨタで20年前からパーソナルモビリティの企画や開発を手掛け、i-ROADやC+Podなどのチーフエンジニアを歴任してきた。左はフィアロの平田滋男デザインディレクター。Lean Mobility社の設立以来、谷中社長と共に『Lean 3』の開発に携わってきたデザイナーだ。

Lean Mobility社はフィアロ・コーポレーションの東海クリエーションセンターに場所を借りて活動している。フィアロはショーカー製作などを得意とし、カーデザイン業界では名の知れた開発支援会社。本社は埼玉県にあるが、トヨタグループからの受託業務に迅速に応えるべく、2016年に豊田市に拠点を設けた。そんなフィアロに谷中氏が協力を要請し、快諾を得たというわけだ。

Lean 3のデザインはフィアロのデザインディレクターである平田滋男氏が手掛けている。フィアロはプロトタイプのボディや内装の製作も受け持っているが、設計開発を進めるのは設計受託会社などから集まった60人ほどのスタッフだ。実はi-ROADもそうした設計会社の手を借りて開発した。スタッフの多くはi-ROADを担当した経験を持つという。

◆操舵と駆動のレイアウトを一新

i-ROADは前輪が16インチ、後輪が10インチだったのに対して、Lean 3は前後共に14インチを採用する。リヤウインドウのように見える黒い部分は、インバーターの熱を逃がすルーバー。「リヤにグリルを付けてみた」と平田デザイナーは笑う。i-ROADは前輪が16インチ、後輪が10インチだったのに対して、Lean 3は前後共に14インチを採用する。リヤウインドウのように見える黒い部分は、インバーターの熱を逃がすルーバー。「リヤにグリルを付けてみた」と平田デザイナーは笑う。

しかしLean 3はたんなるi-ROADの改良型ではない。まず何より操舵と駆動のレイアウトがまったく異なる。i-ROADは前2輪のインホイールモーターで駆動し、後輪でステアしていたが、Lean 3は前2輪で操舵し、後輪のインホイールモーターで駆動する。

谷中氏によれば、「i-ROADの実証実験を経て、いくつか要改善点が見えてきた。なかでも大きかったのが、リヤステアの使いにくいさだ」という。リヤステアゆえのドリフトするような感覚が楽しいとはいえ、「誰でもすぐに馴れるかというと、そうではなかった」。リヤステアはバックする操作が難しいという問題もあったそうだ。

「小さな後輪で操舵するのはパッケージング効率が高かったのですが…」と谷中氏は振り返る。後輪の上にリヤシートがあるので、i-ROADでは全高と重心高を抑えるために後輪に10インチの小径ホイールを採用していた。

「技術屋が考えてi-ROADを開発したけれど、お客様に買っていただく商品にはなっていなかった。それを『これ、買って使えるな』と思っていただけるレベルに進化させたのが今回のLean 3」

車速や舵角に応じてコンピューター制御で車体を傾斜させる「アクティブリーン機構」を基本的にi-ROADから踏襲しながら、Lean 3はそこに同じくバイワイヤのステア機構も加えている。操舵と共に車体が傾斜しながら旋回する感覚は、ファン・トゥ・ドライブそのものだ。車速や舵角に応じてコンピューター制御で車体を傾斜させる「アクティブリーン機構」を基本的にi-ROADから踏襲しながら、Lean 3はそこに同じくバイワイヤのステア機構も加えている。操舵と共に車体が傾斜しながら旋回する感覚は、ファン・トゥ・ドライブそのものだ。

そこで前2輪で操舵するようにした。ステアリングを切ると、それに応じて前2輪と車体がリーンするのはi-ROADと同じ。しかし比較試乗させてもらうと、Lean 3はリヤが外に出るドリフト感覚がないので、狙うラインに向けて普通に操舵するだけ。i-ROADより操舵応答が自然でありながら、車体が内側に傾きながら旋回するダイナミックさはi-ROADに負けない。こぼれる笑みをこらえられないほど、楽しい試乗体験だった。

◆実用性を高める進化の数々

Lean 3の全長は2470mm、全幅は970mm。i-ROADの実証実験車より125mm長く、100mmワイドになった。主な狙いは室内空間の拡大だ。谷中氏は「実証実験で室内が狭い、とくに後席が狭いと言われていた」と語る。

ホイールベースは100mm延長。これには後輪を10インチから14インチに拡大したことによる延長分も含まれるので、ホイールベースだけでは前後席間の距離=カップルディスタンスはそれほど増えない。そこでドライビングポジション(ドラポジ)を工夫した。

ドラポジをアップライトにすることで、限られた全長のなかで後席の膝前スペースを広げた。ドラポジをアップライトにすることで、限られた全長のなかで後席の膝前スペースを広げた。

ドラポジはi-ROADよりかなりアップライトで、スクーターの着座姿勢に近い感覚。踵からヒップポイントまでの高さを増やしてヒップポイントを前進させ、そのぶん後席の膝前空間を広げた。身長174cmの筆者がドラポジを取り、そのままの状態で後席に乗り込むと、膝前に多少ながらもクリアランスが残る。短距離移動なら充分だろう。

もうひとつi-ROADと大きく違うのが、ドアを左側だけにしたこと。i-ROADにはなかったエアコンが、Lean 3には用意されている。後席の背後にそのユニットを搭載するのだが、「そこから前席までダクトを通すために、右側のドアを廃止した。それによってアームレストやカップホルダーといったユーティリティも(ドライバーの右側に)設けることができた」と谷中氏。

ドアは左側だけにある。ドアは左側だけにある。

ドアのウインドウは、i-ROADの実証実験車では手で引き上げて閉めるという簡易的なものだったが、Lean 3はパワーウインドウ。ドアのない右側にもそれを備えている。

床下に積む駆動用バッテリーには、電気自動車で主流の三元系ではなく、コスト的に有利なLFP(リン酸鉄)を採用した。8.1kWhの容量を持ち、一充電航続距離はWLTCのクラス1(出力と重量の比が22W/kg以下の車両)の試験サイクルで100km/h。『i-ROAD』は30km/h定速で50kmだったから、大幅な進化だ。

インテリアは左右非対称のデザイン。ドアのない右側にはアームレストやカップホルダーが装備されている。インテリアは左右非対称のデザイン。ドアのない右側にはアームレストやカップホルダーが装備されている。

◆「ライドロイド」という新提案

Lean 3がまず目指す市場は、スクーター大国の台湾だ。「2025年の年央に台湾で発売し、次に日本、そして欧州と考えている」と谷中氏。トヨタ時代に築いた人脈を辿り、谷中氏は台湾の投資家から6億台湾元(現在の為替レートで約28億円)の資金を集めてLean Mobility社を設立した。生産も台湾のメーカーに委託する計画だ。

台湾や欧州ではL5という車両カテゴリーに分類される。車輪を左右対称に配置し(サイドカーではない)、排気量50cc以上または設計最高速度が50km/h以上の3輪車がL5だ。台湾向けLean 3の最高速度は80km/hを予定している。

日本では原付ミニカーの扱いなので60km/h。また、原付ミニカーは二人乗りできないから、日本向けLean 3はせっかく広げた後席を活かすことができず、シングルシーターになる。

まだデモ用のプロトタイプが出来たという段階だが、プロジェクトは台湾での生産・発売に向けて着々と進行中。部品調達やマーケティングを担当する台湾支社もすでに動き始めているという。まだデモ用のプロトタイプが出来たという段階だが、プロジェクトは台湾での生産・発売に向けて着々と進行中。部品調達やマーケティングを担当する台湾支社もすでに動き始めているという。

台湾での価格はベースグレードで「20万台湾元か、それプラスアルファ程度にしたい」とのこと。現在の為替レートで90万円ほどだ。ただしこれはバッテリーを含まない価格で、「バッテリーはリースにして、月額で払っていただく」と谷中氏。なぜなら「台湾では電池交換式スクーターが広く普及していて、バッテリーは所有するものではないという意識が強い」からだ。

法的なカテゴリーはL5もしくは原付ミニカーだが、谷中氏はLean 3で「ライドロイド」という新たな商品カテゴリーを提案したいという。アクチュエーターをバイワイヤで電子制御するのはロボットと同じ。「ロボットのような技術で構成されたものに、人が乗って移動できるようになる。その先進性を『ライドロイド』という言葉に込めた」

日本で「ライドロイド」が元気に駆け回る日が来ることを、楽しみに待とうではないか。

《千葉匠》

千葉匠

千葉匠|デザインジャーナリスト デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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