ホンダ発スタートアップのAshiraseは10月1日、視覚障がい者の歩行を振動を通じてサポートする世界初のナビゲーションデバイス『あしらせ』の新モデルを発売した。Ashiraseの代表取締役CEOである千野CEOは9月30日、会社概要と製品開発・機能について説明した。
◆一人で歩いていても事故が起きる
あしらせはユーザーのルート確認の負荷を減らし、外出時の安全性を向上させることをめざしている。千野CEOによると、あしらせの開発のきっかけは2018年に遡る。ホンダでエンジニアをしていた当時、身内が単独で歩行中に川に落ちて亡くなった事故が大きな衝撃となり、歩行の安全性向上に対する思いから開発を始めたという。
「人が単独で歩いていて外敵要因もなく事故が起きる。この時に、『歩く』ということは、概念としてモビリティみたいな側面もあるのではないか、 だとするとテクノロジーで解決できる課題がいっぱいあるのではないか、と考えた」
千野CEOはホンダで働きながら、のちの共同創業のメンバーとなる仲間と共に夜間や休日を利用して、歩行支援デバイスの開発を進めた。そして2021年には本田技研工業のスタートアップ支援事業「IGNITION」を利用してAshiraseを創業した。2023年3月にはクラウドファンディングを通じてあしらせの先行販売を開始、2024年10月1日に「あしらせ2」を発売した。
◆注意力の分散が大きな課題
千野CEOは、創業当初に出会った視覚障がい者のエピソードを紹介した。「その人は電柱を印に歩いていたが、ある日電柱を探すことに集中しすぎて田んぼに落ち、頭を打ったという。このような注意力の分散が視覚障がい者にとって大きな課題だ」。
視覚障がい者は目以外のインターフェイス、例えば聴覚や足の裏の感覚、白杖を使って情報を取得し歩行している。そのため、注意力の分散が問題となり、二重課題干渉が発生する。Ashiraseはこの課題を解決するため、ルート案内に開発目標を特化した。「これの負荷を下げる。ルート案内を直感的、無意識化することで、ユーザーが安全確認に集中して歩ける、というコンセプト」。

Ashiraseは、聴覚やスマートフォン操作からユーザーを解放する靴挿入型の振動インターフェイスを開発した。音声案内ではなく足元への振動を採用した理由は、前述の通り、音声案内だとユーザーの安全確認を妨げるためだ。最初は点字ブロックを靴の中に入れるアイデアを試みたが「全然細かくコントロールできず、さらにリアルな点字ブロックの感覚を悪くしてしまう」。
開発の最終段階では、足と、腰回りに装着するベルト型デバイスの、2種類の振動インターフェイスが残った。足は振動に敏感であり、胴回りは方向を伝えやすい。ユーザーエクスペリエンス(UX)を重視し、靴に装着する形が自然で使いやすいと採用された。千野CEOは「視覚障がい者の生活に溶け込んで使えるUXを意識した」と述べている。
◆振動で方向を伝える
千野CEOは、製品の機能について説明する。「この製品は靴に取り付けて使う。はいた状態で、ユーザーの足の動きを捉えることができる。視覚障がい者がどっちを向いているのか、どのように歩いているのかといった情報を取得し、スマートフォンやクラウド側で最適な誘導情報を算出し、それを振動でユーザーに伝えるシステムだ」。
このデバイスは、足の甲、側面、かかとにバイブレーターを配置して個別に振動させることができ、前、後ろ、横といった方向の情報を通知する。ユーザーが普段使用している靴に取り付けることができ、脱ぎ履きも簡単に行える。視覚障がい者はデバイスを直接触ることなく、靴を履いてスマートフォンを立ち上げるだけで自動的に接続され、ナビゲーションが開始される。
「ユーザーの向いている方向と進むべき方向を振動で伝える機能がある。例えば、左側が振動すると左に向かうべきで、左を向いたらまっすぐ進むことが指示される。また、曲がり角が近づくと振動のテンポが速くなることで、曲がり角が近いことが直感的にわかる」
あしらせのコア技術は、足の動きを捉える技術だ。この技術により、歩行の歩幅やスピード、方位、歩行の軌跡などのデータを取得し、GPSの電波が悪い場所でも位置情報を補正する。千野CEOは「東京の虎ノ門(Ashiraseの本社がある高層ビル街)で問題なく動作するので、欧州のほとんどの地域でも使用できる」と考える。

◆よく使うルートの案内を確実にしたい
また、視覚障がい者のニーズに応じたルート生成技術も開発されている。距離優先ではなく、歩道の広さや点字ブロックの有無、音が鳴る信号など、ユーザーが歩きやすいルートを自動的に評価し生成する技術だ。そして特定のルートを記憶しておく「マイルート」も特徴的な機能だ。
千野CEOによると、初めての道の案内よりも、すでに知っている道を確実に案内する機能が求められたという。「最初は、自宅近辺のナビゲーションはいらないと思っていた。例えば、家からバス停までは覚えている、と。しかし気を抜いてると曲がるべき角を過ぎてしまい、そうなると知らない場所になってしまう」。
「改めてナビで検索すると最短距離ルートが出てしまって、自分のいつも通る道、歩きやすい道が出てこない。そこで先行販売モデルに、1回通ったルートを記憶する機能を追加したら、多く使われて、1人あたり5件ぐらい登録している」。