エネチェンジの調べによると、日本におけるBEVとPHEVを合計した電気自動車の新車販売比率はわずか2.57%にとどまる。そんな状況を大きく転換させるかもしれない期待のBEVが7月10日、スズキから登場した。それが同社初の電気自動車(BEV)『e-VITARA(イービターラ)』である。
◆eビターラの出自と戦略的位置づけ

eビターラは2024年11月、イタリア・ミラノで初公開された。2023年1月にインドで開催されたオートエクスポ、同年10月に日本で開催されたジャパンモビリティショーで公開されたコンセプトモデル『eVX』をベースとした量産モデルで、これはスズキのBEV世界戦略車第一弾として位置付けられる。

この時の発表では、2025年春よりインドのスズキ・モーター・グジャラート社で生産を開始し、2025年夏ごろから欧州、インド、日本など世界各国で順次販売を開始するとしていたが、ほぼその発表通り、2025年7月10日に日本への導入が行われ、2025年中に販売が開始されることが明らかになったのだ。
しかも、それに合わせてスズキはメディア向けにサーキットでのプロトタイプの試乗会も実施。発売前にその実力の一端を試乗を通して体験することができた。スズキがeビターラに寄せる期待の大きさがうかがい知れる。そこで今回は、このeビターラとはどんなBEVなのか、その詳細をお伝えするとともに、この時の試乗体験もあわせてレポートしたい。

ところで、「ビターラ」という名前を初めて聞いたという人も多いかもしれないが、この名称は日本で販売されていた『エスクード』の海外名としてすでに使われてきた。しかし、これまでガソリン車を中心に販売を続けてきたスズキにとって、欧州で販売を続けるためには「CAFE(Corporate Average Fuel Efficiency=企業別平均燃費基準)」の達成は避けて通れない問題だ。
そこで、トヨタとの提携によって電動車用プラットフォームの供給を受けることで、エスクードのBEV版であるeビターラを投入した。これにより、スズキは欧州戦略でようやくBEVのスタートラインに立ったことになる。その意味でeビターラは、スズキにとって今後を見据えた重要な位置づけにあるモデルなのだ。
◆価格の現実と日本向け期待値

一方で、一般ユーザーにとって最大の関心事は、このBEVがいったいいくらで買えるかということ。これまでBEVは高価なバッテリーを搭載することもあり、それは否応なく車両価格に反映されてきた。つまり、BEVを買いたくても多くの人にとって手が届かない状態が続いていたのも事実。
そうした中でスズキがBEVを投入することで、お買い得感の強いBEVの登場に否応なく期待がかかる。もし、その期待にスズキが応えてくれれば、「HEV天下」の日本においてもBEV普及へ反転するきっかけとなるかもしれない。私としてはeビターラにそんな期待を抱いているのだ。

そんな矢先、イギリスでの価格は585万円からとの発表が飛び込んできた。個人的には300万円台後半を期待していただけに、この価格ではちょっと厳しいと感じた次第。とはいえ、スズキは『ジムニー』5ドアで、海外では400万円超えだったものを日本では265万円ほどで発売した実績がある。eビターラでも同様の対応で、あっと驚かせてくれることを期待したい。
◆サーキット試乗で見えた走りと質感

では、eビターラはどんなクルマだったのか、ここからは試乗して感じたことを述べていきたい。スズキの広報資料によれば、eビターラは「ハイテク & アドベンチャー」をテーマとして、BEVとしての先進性とSUVならではの力強さを融合した、冒険心を刺激する力強さを特徴としたと記載されている。
実車を前にすると、その狙いが実にうまく表現されていることがわかる。四隅で踏ん張る大径タイヤと、BEVならではのロングホイールベースの組み合わせは、コンパクトながらも圧倒的な存在感を実感させるし、フロントグリルはグリルレスとすることでBEVであることをアピール。同時に、力強く張り出した前後のフェンダーや太いCピラーはSUVらしい力強さも伝えてくる。

ラインナップとして用意されたのは2WD(FF)の標準グレード(49kWh)と上級グレード(61kWh)の2種類、さらに4WD(61kWh)の計3グレードが用意される予定とのこと。一充電での航続距離は、いずれもWLTCモードで2WDの49kWhで400km以上、61kWhで500km以上。そして61kWhを搭載した4WDでは450km以上と若干短くなる。
注目はそのバッテリーだ。これまで日本で販売される日本メーカーのBEVは三元系リチウムイオン電池を使ってきたが、eビターラでは初めてリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)を採用した。しかもパックごと中国・BYD製のものをインドに輸入して組み込んでいるという。その理由について、スズキによればLFPが三元系に比べて安価であることに加え、安全性でも優位との判断があるとのことだった。

なお、今回の試乗は2WD/4WDともすべて61kWhのバッテリーを搭載した車両での体験となった。
まず、2WDと4WDのスペック上の違いを紹介したい。2WDは最高出力128kW/最大トルク193Nmのモーターを搭載して前輪を駆動。重量は1790kgで、2WDの方が車体が少し軽い。一方の4WDは重量が1890kgと2WD比でちょうど100kg重くなっている。前輪には2WDと同じモーターを積み、それに加えてリアには最高出力48kWのモーターを搭載し、前後合わせたシステム出力は135kW、最大トルクに至っては307Nmもの強大なパワーを発揮する。
試乗はまず2WDからスタートした。走り出してすぐにわかったのがその秀逸なハンドリング性能だ。コーナリングでステアリングを切ると、面白いようにノーズがスイッと曲がる。それでいてシャーシは安定していて、その動きは実に軽快。コース上に用意されたスラロームも軽々と通過することができた。
続いて4WDだ。重量は2WDよりも重いものの、それを上回るパワーで力強い走りを見せてくれた。しかもどっしりとした中にもその動きにはスムーズさが光る。ドライブモードとしては「エコ」「ノーマル」「スポーツ」の3種類を用意するが、スポーツモードを選んでもピックアップこそぐんと高まるものの、決してトリッキーな振る舞いは見せず、あくまでジェントルにコーナリングを通過する。

しかも、4WDでは前後のトルク配分を自動的に最適化することができるため、特にコーナリングでの安定感は抜群だった。これは4WDならではの高い走破性をもたらすことは間違いなく、雨天走行時などでは大きな安心感をもたらすはず。個人的には車両価格が高くなってもこの安心感を伴う4WDが“買い”となるのではないかと思った次第だ。
車内へ乗り込んで周囲を見回したときの満足度も高い。インテリアがブラウンとブラックの2トーンで構成され、ダッシュボードの前面もソフトパッドで覆うなど、手に触れる各所から高品質がにじみ出ていたのだ。また、ステアリングホイールは下部をフラットにした独特の形状で、これは乗降性を考慮した結果採用されたもの。心配した運転中の使い勝手も特に違和感なく使いこなすことができた。

車内はとくに圧倒的広さは感じなかったが、背が高いSUVであることも相まってヘッドクリアランスは十分。フロアもフラットなだけに足元が広々としていて居心地はとても良い印象だ。また、天井が高いことも相まってカーゴルームも十分な容積が確保されていて、後席の中央部を手前に折りたたんで長尺ものの積載ができるなど、使い勝手の良さも備わっていた。
試乗後の率直な感想は、クルマとしての出来は素晴らしく良かったということ。運転していてひたすら気持ちよく、安心感もあってストレスを感じずに乗れるからだ。しかもインテリアの満足度も高い。スズキとして初の量産BEVとしては及第点どころか、当面のライバルと目される中国車といい勝負になるのは間違いない。あとは価格面でどこまで対抗できるか。スズキらしいリーズナブルな価格で提供してくれることを切に願いたい。