高市早苗首相は10月5日、第222回国会で所信表明演説を行なった。演説では「自動車」や「EV」「自動運転」といった言葉は前面に出なかった。いっぽう、AIや半導体、GX、エネルギー、物流・公共交通など、自動車産業と密接に関係する政策が数多く盛り込まれた。
政府は17の戦略分野、62の製品などを対象に、今後5年間の国内投資の道筋を示す「日本成長戦略実行計画」を2026年内に策定する。自動車産業への影響を演説から読み解く。
◆直接効くガソリン・軽油の負担軽減
自動車に直接関係する政策として、高市首相は物価高対策の中で「ガソリン・軽油の暫定税率廃止、中東情勢を受けた燃料油補助や電気・ガス料金支援」に言及した。
ガソリン・軽油の負担軽減は、自動車ユーザーだけでなく、トラックやバスなどを使う運輸事業者にも直接関係する。いっぽう、今回の演説ではEVの購入支援や充電インフラ、自動車関係諸税などについて、新たな具体策は示されなかった。自動車そのものより、その周辺を支える産業基盤に重点を置いた内容となっている。
東京都内のガソリンスタンド(9月)
◆17戦略分野、62製品に5年間の投資
自動車産業への影響を考える上で中心となるのが「日本成長戦略」だ。政府は「危機管理投資」と「成長投資」について、17の戦略分野、62の製品などから重点分野を選び、「官民投資ロードマップ」を磨き上げる。
これを基に、今後5年間の国内投資の道筋を明らかにする「日本成長戦略実行計画」を年内に策定する。計画には複数年度で達成すべき目標や実施時期、国の支援内容、必要な予算額、官民の役割などを盛り込む。さらに、支援対象の投資・販売・技術開発戦略などに基づく「勝ち筋」も示す。
自動車は単独の戦略分野として前面には出ていないものの、自動車産業はAI・半導体、資源・エネルギー、サイバーセキュリティなど複数の戦略分野と関係する。完成車だけを見るのではなく、半導体やソフトウェア、部素材、エネルギーなどを含めた産業基盤への投資が、自動車産業にも波及する構図だ。
日産がAWS Summit 2026で、SDVの基盤となる「日産スケーラブルオープンプラットフォーム」をデモンストレーション◆AI・半導体への投資、SDVにも関係
高市首相は「成長投資」の対象として、AI、半導体、量子技術などを挙げた。大胆な投資促進策によって国内投資と人材を呼び込み、研究開発から社会実装まで一体で進める方針を示した。
AIと半導体は、次世代の自動車にも欠かせない技術だ。自動車ではソフトウェアによって車両の機能や価値を高めるSDV(Software Defined Vehicle)への移行が進んでいる。経済産業省も、SDV化ではソフトウェアに加え、それに適した半導体や制御機器などのハードウェア、通信、サイバーセキュリティが重要になるとしている。
高市首相は、技術で「自律性」を高め、「不可欠性」を構築すると説明し、成長戦略であると同時に安全保障戦略でもあると位置付けた。車載半導体や電子部品などを含め、自動車のサプライチェーンも経済安全保障と切り離せなくなりそうだ。
◆物流・公共交通の人手不足、AXで対応
自動運転との関係で注目されるのが、人口減少への対応だ。高市首相は「人手不足は、人口減少社会の最大の課題」と指摘。医療・介護とともに「物流・公共交通」をエッセンシャルサービスとして挙げ、これらを守るため「AX(AIトランスフォーメーション)の社会実装を大胆に進める」とした。
演説では「自動運転」という言葉は使っていない。しかし、政府はすでに物流や公共交通の人手不足対策として自動運転の社会実装を進めている。
AIを実社会で活用するAXが物流・公共交通へ広がれば、自動運転バスやタクシー、トラックなどの開発・導入とも接点が生まれる。完成車メーカーだけでなく、自動運転システム、センサー、半導体、通信など幅広い企業に関係する政策となる。
ヤマト運輸による運転自動化レベル2走行実証(2月)◆GXは脱炭素とエネルギー安全保障を両立
GXについては、エネルギー安全保障が強く打ち出された。高市首相は、化石燃料の調達先の多角化とリスク低減によるエネルギー安全保障の強化と、エネルギー転換・供給力増強・効率向上に向けた投資拡大を2本柱としてGXを加速するとした。
さらに「エネルギー需給構造強靱化総合パッケージ(POWERR GX)」を推進し、制度と予算を一体化した新たな戦略を年内に取りまとめる。
自動車産業にとって、エネルギー政策は車両の電動化だけの問題ではない。完成車や部品、半導体などの国内生産にも安定したエネルギー供給が必要となる。
今回の演説では特定のパワートレインへの支援策は示されなかった。EV、HEV、PHEV、FCVなどが新たなGX戦略の中でどのように位置付けられるかが、今後の焦点となる。
◆産業クラスター、自動車部品にも波及か
地方への国内投資を促す「地域未来戦略」も自動車産業との接点がある。
政府は、17の戦略分野に関連する企業の大規模投資を起点とする「戦略産業クラスター計画」などを進めている。すでに50を超える計画が動き出しており、2026年末までに策定・公表する計画を倍増させる。
さらに、インフラ整備や投資支援などについて今後5年間の支援方針を示す「地域未来戦略実現フレーム」を策定する。2027年春までには、国の支援で各地に実現するプロジェクトをまとめた「国内投資マップ」も公表する。
自動車産業は完成車メーカーを頂点として、部品、素材、金型、生産設備、物流など多くの企業が地域に集積する産業だ。今後形成される産業クラスターに自動車関連企業がどう組み込まれるかも注目点となる。
高市首相が所信表明演説(10月5日)◆「自動車」の文字はなくても自動車産業に効く
今回の所信表明では、自動車産業を対象にした大型の新政策は示されなかった。
いっぽうで、高市内閣が進めるAI・半導体への成長投資、GXとエネルギー安全保障、AXによる物流・公共交通の維持、経済安全保障、地方への産業クラスター形成は、いずれも自動車産業と接点を持つ。自動車を完成車だけで捉えるのではなく、半導体、AI、ソフトウェア、部素材、エネルギー、交通サービスまで含む産業として見れば、今回の所信表明が自動車業界に及ぼす範囲は広い。
次の焦点は年内に策定する「日本成長戦略実行計画」と「POWERR GX」だ。17戦略分野、62製品のうち、自動車関連の技術や産業にどのような支援策と投資計画が示されるかが注目される。




