今2026年、スバル『レオーネ』が発売55周年を迎えた。同車が1971年にラインオフされたSUBARU(旧・富士重工業)の群馬製作所矢島工場(群馬県太田市)で10月12日、その記念ミーティングが開かれ、全国から歴代の21台が集まった。
レオーネは1970年代前半から1980年代後半にかけてスバル車の基幹を担った。スバル『1000』以来の水平対向エンジンを受け継ぎ、四輪駆動(4WD/AWD)の技術は世界で初めて量産乗用車に持ち込まれた。これらは後の『レガシィ』や『インプレッサ』の基礎となり、現在の「SUBARU AWD&水平対向エンジン」というブランドイメージの基礎を築いた。
主催したのはスバルレオーネオーナーズクラブ(SLOC)。ウエブサイトの開設は2005年で、以来、春と夏に定例のミーティングを開いてきた。2021年には50周年イベントを開催する予定だったが、コロナ禍により中止に。今回、満を持しての55周年ミーティングとなった。
この日集まったのは、初代から最終型まで合わせて21台。初代はツインキャブ仕様のセダンST(1974年)やクーペRX(1975年)、四輪駆動車であるバン4WD(1978年)など、唯一参加の2代目はバン4WD(1982年)、最終3代目はSOHC化されたセダン1.8GTターボ(1984年)やステーションワゴンブームの火付け役となったツーリングワゴン1800LG(1988年)、レガシィとインプレッサが既に発売されていた時期の廉価版セダンマイアll(1992年)など。
親子や友達連れで参加したのは35人。青森や熊本から自走して前泊した会員や、転勤先のニュージーランドから急遽帰国した会員もいた。また、『1300G』や『サンバー』、『ジャスティ』なども会員で元気な姿を見せていた。
工場内にある企業ミュージアム「スバルビジターセンター」脇に特別に入場許可を得たレオーネたちは、戦後初の国産ジェット練習機富士『T-1』や現行『フォレスター』を前にずらりと整列。参加者たちは盛んに記念写真を撮った。
この日は特別プログラムに。工場内ではフォレスターやクロストレックなどが流れる組み立てラインの見学や、レオーネをはじめとした歴代スバル車を展示するビジターセンター見学などが行われた。案内役の1人はレオーネが現役で流れたラインで作業を行っていた社員でSLOCの会員でもあり、「ここは当時の一部が残ってます」「今は機械が変わって作業が随分楽になってます」などと小ネタも披露し、参加者の関心を誘っていた。
また、OB講演会として同社元デザイン部チーフデザイナーの若尾文男さんによる”開発秘話”は、時間を延長するほどの熱弁となった。ツーリングワゴンのルーフ後端の造形や、後に携わるレガシィやR2/R1までの話に参加者たちは引き込まれていた。若尾氏は最後に「レオーネに携わった人たちの99%がレガシィを開発しました。レオーネは確実に受け継がれていったんです」と話を締めた。
エンジンルームに収納されるスペアタイヤや、PCDが140という特殊なホイール、あまり流通していないH6のヘッドライトバルブ、前輪に効くサイドブレーキなど、一般的な車とは異なった仕様が各所にあるのがレオーネ。最終型でも生産終了から既に30年余りが過ぎた。現在のクラブ会員数は76名という。オーナーたちは維持していく苦労はあるものの、かえってそれを楽しんでいるような節もあるようだ。
20代男性は北海道在住中にボロボロだった過走行のセダンマイアll(1989年)を購入し、父親の手を借りながらレストア。前期型GT仕様にしようと奮闘中で、最近レオーネとともに東京に引っ越し。晴れて結婚も果たし、新妻も助手席で笑顔を見せているという。「今回は色んなレオーネとオーナーさんたちに出会えてすごく感激しました。子供ができたらこのクルマに乗せたいです」と笑顔いっぱいであった。
真辺岳夫SLOC代表は、そんな熱い会員のために今回の記念ミーティングを成功させようと入念に準備したという。SUBARUとの折衝はもちろん、配布するグッズ類も充実させた。年表や生産台数などを盛り込んだ記念冊子、当日のプログラムや参加車の型式を収めたしおり、歴代レオーネが描かれたトートバッグや手ぬぐい、それにスバリストご用達の和菓子店・伊勢屋の「スバル最中」など。もらった会員たちはその充実ぶりに驚いていた。
天気にも恵まれ、記念行事は大成功。真辺代表は「若尾様の講演では、これまで表に出てこなかったレオーネ時代の開発の苦労や苦しい思いをメンバーと共有できたのが非常に良かったですし、SUBARUブランドに対してレオーネが果たした役割や価値を再確認できたと思います」と話していた。




