【井元康一郎のビフォーアフター】 パナソニックのエネルギー戦略と自動車業界の苛立ち

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高容量リチウムイオン電池
高容量リチウムイオン電池 全 8 枚 拡大写真

パナソニックはエネルギーマネジメント技術を最優先

1月8日、パナソニックは2010年度の経営方針を発表した。パナソニックの動向は、自動車業界関係者にとっても大きな関心事だ。パナソニックは昨年末、三洋電機の子会社化を完了し、EVやハイブリッドカーの次世代バッテリーであるリチウムイオン電池(LIB)の世界シェア35%という最大の電池ベンダーとなっていたからだ。

果たして、パナソニックの大坪文雄社長が明らかにした経営方針は、「環境ビジネスにおいて、自動車を最大の成長エンジンに位置づけてくれるのではないかと思っていた」(自動車メーカー幹部)という自動車業界にとっては、肩透かしとも言えるものだった。

今後、最も力を入れる分野の最右翼として挙げたのは、脱石油を進めるうえで欠かせないエネルギーマネジメント技術。これまでのようにテレビや冷蔵庫といった単一の家電の省電力化にとどまらず、ネットワーク技術やセンサー技術などを駆使し、家1軒、ビル1棟、あるいはもっと広い社会全体のエネルギー効率を上げるソリューションを生み出し、それを次世代の基幹ビジネスとするのだ。さらには三洋電機の持っている太陽光発電の技術も生かし、エネルギーを使うばかりでなく、エネルギーを生むビジネスにも力を入れ、将来的には太陽光発電世界首位を目指すという。

「パナソニックグループは『創エネ』『蓄エネ』『省エネ』の3分野を全部持っている。それらを駆使して家やビルのエネルギー効率を丸ごと改善するソリューションは、新興国を含めて他社には簡単には作れない。エネルギーはパナソニックの強みが生きる分野」(大坪社長)

もちろん、LIBビジネスを軽視するわけではない。今後、EVの普及や次世代送電網の普及が劇的に進む中、LIB市場も急拡大することが予想されている。その中でパナソニック―三洋連合はLIBの売上高1兆円、グローバルシェア40%の達成を目指すという。が、LIBはあくまでエネルギーソリューションシステムに組み入れられる要素技術であって、主体となるのはあくまでシステム全体だ。

EVやプラグインハイブリッドは、次世代送電網スマートグリッドの中では、重要な蓄電デバイスに位置づけられる。が、社会全体のエネルギー効率化の中では、それもまた要素技術でしかない。パナソニックの次世代戦略は、見方によっては自動車を組み敷くだけの圧力を持っているとも受け取れる、壮大なビジョンである。

◆緊張感漂うクルマ×バッテリー業界

パナソニック、三洋電機とも、パナソニックはトヨタ自動車、三洋電機はホンダ、フォルクスワーゲン、フォードなどと組み、ハイブリッドカーやEV向けの大型二次電池の開発を手がけてきた。が、こと二次電池では、バッテリーメーカーと自動車業界の関係は、結構緊張感のあるものだ。

自動車メーカーとしては、EVやハイブリッドカーなど、電気エネルギー利用車にとってはエンジンにも等しい二次電池の主導権を、電池メーカーに握られたくない。そのためここ数年、自動車メーカーはバッテリーメーカーの囲い込みに躍起になっていた。

が、その戦略は必ずしもうまくいっていない。自動車メーカーサイドからは最近、思い通りに動いてくれないバッテリーメーカーへの苛立ちの声がたびたび噴出している。

「バッテリーメーカーは、ボンネットの中など高温な場所に置くことを前提に試験するといった、クルマに適合した開発をやってくれない。電池にはもう当分期待しない」(ハイブリッドカー開発を手がけるトヨタの技術系幹部)

「ウチが出した仕様を全然聞いてくれない。最近は首脳陣も『GSユアサ以外とやることだってあってもいい』などと言っています」(ホンダ関係者)

こうした摩擦について両業界から話を聞くと、それぞれ最もな言い分があり、どちらか一方が原因とは断定できないところがある。が、ひとつ言えるのは、自動車の開発を手がけるエンジニアは、目の前のクルマ単体を素晴らしいものに仕上げようという思いを強く持つあまり、要素技術を持つメーカーに無茶苦茶を言う傾向があるということだ。

画期的な商品を作るためには、無数のサプライヤーを手足のように使えなければならない新車開発の世界では、そうしたスタンスにも一定の正義はあった。が、パナソニック―三洋連合の将来ビジョンのもとでは、自動車メーカーが言われる側に回る可能性もある。「クルマ単体を素晴らしくしたいというあなた方の気持ちはわかりますが、社会全体のエネルギー効率を上げるためには、このスペックをクルマの側で守ってもらわないと」といった具合である。

◆総合的なエネルギー技術への積極的な関わりが必要

電気エネルギーを生み、その消費をアクティブに制御するという、脱石油のカギを握る次世代エネルギーインフラ技術を持つ企業は、パナソニックだけではない。三菱グループ、日立グループ、また北米のスマートグリッドで話題になっているGoogleなどのネットワーク企業など、数え上げればきりがない。

この先、石油が08年のように劇的に高騰するなどエネルギーコストが高まれば、エネルギーを生み、管理する技術を持つこれらの企業の立場が相対的に上がる。パナソニックは創業100周年のビジョンの中で、自社の持つ環境技術の最大化のみを語り、中国市場の拡大などの外部要因に頼る姿勢は微塵も見せなかった。二言目にはどこの国でクルマが売れているからその市場に注力するという、風任せの自動車業界とはまさに対照的である。

自動車メーカーもトヨタ、日産自動車、三菱自動車など、電気エネルギー利用技術を持っているメーカーの多くがスマートグリッドなどトータルエネルギーシステムの実験に参加しているが、単にEV、プラグインハイブリッドカーなどを開発するというのではなく、総合的なエネルギー技術の体系に積極的に関われるよう、合従連衡も含めて将来戦略を練るべきだ。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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