4月1日から運用を開始したことが5月29日に発表された、自然科学研究機構 国立天文台所有の世界最速の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイ」。何ができるのか、そしてその周辺環境も掘り下げてみる。
アテルイはクレイ・ジャパン・インクの大規模スカラ型並列計算機「XC30システム」が正式名称だ。Intel製の64ビットCPU「Xeon E5-2600」シリーズを2万4192コア使用したシステムで、今回の導入により、数値シミュレーションによる天文学研究が大きく前進することが期待されるという。
非常にスケールの大きな「宇宙の大規模構造」や「銀河形成の重力多体」シミュレーションから、小さなスケールの「天体プラズマ」シミュレーション、あるいは一瞬の内に起こる「高エネルギー爆発現象」や長い時間を掛けて起こる「星の誕生」まで、幅広い研究分野で天文シミュレーションが活躍しているが、アテルイによってこれまで以上に細かい構造に迫ったり、天体進化をより長く追ったりするなどのシミュレーションが可能となる。
また、これまでは計算機性能の制約から取り入れることが難しかった物理プロセスを取り入れた、まったく新たなシミュレーションが行われることも考えられるとした。
さらに、アテルイが設置されている岩手県奥州市の水沢VLBI観測所と国立天文台三鷹キャンパスとは高速回線で接続されており、全国の天文学者がリモートアクセスによってシステムを利用することが可能だ。
ちなみに、アテルイのようなスーパーコンピュータを導入して非常に高速に天文シミュレーションを行えるようになっても、シミュレーションの結果を解析・可視化したり、データを格納する環境がなければ実は宝の持ち腐れだったりする。
その点も考慮されており、三鷹キャンパスには、アテルイのシミュレーション結果を解析・可視化するための解析サーバーや計算データを格納するファイルサーバーが設置されており、ぬかりない。
高い性能を持った計算機の導入と並んで、その保守管理やネットワーク・周辺環境の整備によって、研究者が効率的に天文シミュレーションを行える環境が実現されている点も、アテルイの強みの1つといえる。
なお、国立天文台 理論研究部教授で天文シミュレーションプロジェクト長の小久保英一郎氏は、今回のアテルイの導入に対し、「アテルイは、現時点で世界最速の天文学専用スーパーコンピュータです。これから「理論天文学の望遠鏡」として、惑星系の起源、星の誕生と死、ブラックホール、銀河の形成、宇宙の大規模構造など、さまざまな天体現象の謎を明らかにしてくれると期待しています」とコメント。
アテルイの利用者の1人であり、星形成領域や超新星残骸などで起こる衝撃波をシミュレーションで研究している青山学院大学 理工学部の井上剛志助教は、「高速化によってより多くのパラメータについて調べられるようになりました。計算の結果、何が起きているのかを見極めるために条件を変えた計算をそれぞれ10程度行う必要があり、前システムのXT4では数ヶ月必要だったのですが、アテルイでは1週間強で計算が終了しました。これによって、複数あった異なる理論モデルから、すべてのシミュレーションと整合する正しい理論を選択することにも成功しています。1つのCPU自体が速くなったことに加えて、より多くのCPUで並列化できるようになった効果です」としている。