【アストンマーティン ヴァンキッシュ 試乗】心うばわれる瞬間は、3度訪れる

試乗記 輸入車
アストンマーティン ヴァンキッシュ
アストンマーティン ヴァンキッシュ 全 12 枚 拡大写真

『ヴァンキッシュ』に心うばわれる瞬間は、3度訪れる。その姿を目の当たりにした瞬間、V12エンジンを目覚めさせた瞬間、そしてアクセルペダルを深く踏み込んだ瞬間だ。

現行ラインアップの最上位に君臨するヴァンキッシュは、アストンマーティン101年の歴史上、量産車最速の称号をも手に入れたスーパー・グランツーリスモだ。もちろん価格も最上級…だが、それを語るのは無粋というものだろう。

2015年モデルでは、ZFとの共同開発による新トランスミッション「タッチトロニック III 8速オートマチック」を搭載し、さらに5935cc・V12エンジンを改良。これらにより生み出される576psのハイパワーは、0-96km/h加速をわずか3.6秒で達成する。最高速度は324km/hに達した。さらに、運転者のドライビングスタイルを学習し最適なシフトマップを組み立てる「アダプティブ・ドライブ・レコグニション」を採用するなど、フィジカル、ブレイン両面を進化させている。

この他にも、エンジンマネジメントシステムの改良、引き締められたダンパー、新世代ボディのVHアーキテクチャーなど、その特徴は枚挙に暇がない。が、こうしたカタログスペックを語るのは、このクルマを前にしてはあまり意味がないように思える。「アストンマーティン最高のクルマが、そこにある」。ただ、それだけだ。

『DB9』と比べ筋肉質なスタイリングは、有り余るパフォーマンスを予感させるもの。それでいて、今も名車と讃えられる『DB5』の時代から脈々と受け継がれる2ドアクーペとしてのプリミティブな美しさを、最新のデザインアイコンで表現している。デザイナーのマレク・ライヒマン氏は「アストンマーティンの代名詞は、“エレガンス”と“ビューティ”だ」と語る。余計な華飾は必要としない、そこにブランドのアイデンティティがある。

ハンドメイドによる仕立ての良いレザーシートに包まれ、クリスタルのキーをセンターコンソールに押し込む。するとエレガントな佇まいに似つかわしくないほどの咆哮を上げ、V12エンジンが目を覚ます。この瞬間こそ、アストンマーティンのドライバーに許された最大の特権であり、最も至福の瞬間といえるのではないだろうか。

シフトモードを「ドライブ」にスイッチし走り出す。すると、そのスペックからは想像もつかないほどのジェントルさに、まず驚かされる。ステアリングは力まずともするすると回ってくれるし、リアで35%も締め上げられたというダンパーをはじめとする足回りも、スーパースポーツ的なスペックから想像する「重さ」や「硬さ」とは遥かかけ離れたもの。巡航速度域では、低く唸るエンジン音はあるものの、ノイズの類いは全く遮断されている。限界域で試さずとも、アルミ&カーボンが生み出す圧倒的なボディ剛性とその緻密さがまるで手に取るようにわかるのだ。

市街地と高速道を十数km流したところで「なるほど、そうか」と膝を打つ。恐ろしいほどに追求されたヴァンキッシュの高性能は、極限の性能を発揮しながら最高速度で駆け抜けるために生み出されたものではなく、わずか2脚のシートで占められた最小の空間をいかにして優雅に、そして最大の効率化をもって「移動させる」ことに心血を注いでいるということに気づく。おそらく1000kmを超えるロングドライブでも、ドライバーに負担を強いる場面は一切訪れないだろう。まったく、贅の極みとしか言いようがない。

それでも、576psの片鱗を覗きたければ、高速道でアクセルを目一杯踏み込んでみると良い。130ミリ秒という速度でおこなわれるシフトチェンジとともにそれまでの静粛さは一変し、猛獣が再び目を覚ます。ルマンなどでもお馴染みの、アストンらしい低く力強い咆哮が凄まじい勢いで背中を押してくれるだろう。しかしそれは決してドライバーの手に余ることなく、望んだパフォーマンスの少し上を常にキープし、上昇を導いてくれるのだ。紳士か、はたまた淑女なのか…「クルマに乗せられている」感覚とは全く異なる「知性」を感じずにはいられない。

使いもしない過剰なスペックは無駄だ、と思う人もいるかもしれない。しかし、よく考えてみれば、速く走らせるだけならFRではなくミッドシップやAWDを選択すれば良いし、移動の効率を考えれば2シーターではなく3列シートにするべきだし、燃費を思えば6リットルV12エンジンではなく電気モーターにすれば良い。さらに言えば、サーキットを存分に走りたいのならアストンマーティンには『ヴァンテージ』という最適な選択肢もある。一見、無駄に見えるもの、だが敢えてそれを選ぶからこそ「贅沢」なのだ。

「能ある鷹は爪を隠す」といえば陳腐だが、あえてその本領を見せない、走らせないという美学の追求こそ、トップ・オブ・トップのモデルにだけ許される贅沢といえるのではないだろうか。

それはまさに「粋(いき)」と呼べる代物なのである。

■5つ星評価
パッケージ:★★★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★(ありあまる富を持つ方に限る)

《宮崎壮人》

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