「体験サプライチェーン・マネジメント」が地方のモビリティの再生に…scheme verge CEO 嶂南達貴氏[インタビュー]

「体験サプライチェーン・マネジメント」が地方のモビリティの再生に…scheme verge CEO 嶂南達貴氏[インタビュー]
「体験サプライチェーン・マネジメント」が地方のモビリティの再生に…scheme verge CEO 嶂南達貴氏[インタビュー]全 1 枚

2019年4月、陸・海・空の移動と観光目的地をつなぐアプリ、「Horai」はMaaS業界に鮮烈な印象を与えた。特に他の事業者がカバーしていなかった「海」のモビリティを加えたことは海に囲まれた島国である日本において大きな可能性を秘めている。この「Horai」の開発を行ったのが、scheme verge(スキーム・バージ)である。

scheme vergeとはどのような会社なのか、なぜ瀬戸内海のモビリティ改革に関わったのか。scheme vergeが考えるアートとモビリティの関係とは何か。日本のMaaSはどこを目指すべきか。scheme vergeのCEOである嶂南達貴氏に聞いた。

嶂南氏は、 1月30日開催セミナー【MaaS2020】陸・海・空~ネットワーキングセミナー~に登壇する。

scheme vergeとは

---:scheme vergeとはどのような会社ですか?

嶂南氏: scheme vergeは2016年に行われた内閣府SIP-adus(戦略的イノベーション創造プログラム)主催による、自動走行システムの市民ダイアログで集まった東京大学の学生が中心になって起業されました。トヨタのe-Paletteの発表がある前に、銭湯を載せるなどコンテンツをモビリティの価値に付加して自動運転車で通勤したいというアイデアから生まれました。事業としてはMaaSのデータを使った都市開発の企業です。今着目している地域は、人口が半減するなど人口が減少しているエリアです。

---:scheme vergeという社名の由来は?

嶂南氏: scheme vergeはアイデアで銭湯と車をつなげたように、動くものと動かないものの境界線を壊してイノベーションを起こしていくという意味を込めています。スキーム(scheme)は「企て」という意味ですが、私は「やんちゃな企て」としています。バージ(verge)は「境界」という意味です。日本という海外の黒船にやられている国から、企てを試みていきたいという気持ちからこの社名にしました。弊社は他の会社よりもモビリティの専門家が多いのが特徴です。私は都市開発・都市計画が元々専門ですが、社員にはアート系もいます。

scheme vergeが目指すものとは

---:ターゲットはどのような分野ですか?

嶂南氏: 地方の観光課題について移動を含めたデータを活用して解決していきたいと考えています。昔はお金を稼ぐと買うものといえば車、余暇といえばスキー、紅葉狩りといった定番コンテンツがありました。人口減少とニーズの多様化が重なると一つのマーケットが一気に小さくなります。今までの日本の戦略ではマスマーケットを狙うのが通例でした。しかしマーケットがどんどん細分化していき、マスマーケット戦略が成り立たなくなっています。

---:観光自体も変わっているということですか?

嶂南氏: はい。観光地、観光客のニーズも変わってきています。少し前までは中国人の団体旅行者のうち8割が団体客だったのが、今は団体客率が2~3割を切っているような地域もあります。つまり、個人旅行者が増えています。団体旅行が主流だった時代はピークタイムなどが読めました。観光地は代理店を直接握ることができれば売上が予測でき、必要な対応を準備できる時代でしたが、今は観光客が何を求めていて、いつくるかがわからない時代です。

私たちがお手伝いしている瀬戸内海で観光に携わっている人たちも同じような課題を抱えています。以前、TripAdvisorを使って豊島(てしま)のニーズ調査をしたのですが、そこで浮き彫りになったのが個人旅行者のきままなニーズでした。観光客からするとどこに行きたいかというものはありますが、どうやって移動したいかを検索するのは非常に面倒くさいのです。観光客と交通事業者のスケジュールマッチングができないかというのが弊社の最初のアイデアでした。

---:その中で、MaaSの枠割も変わってきていると。

嶂南氏: 私たちは、MaaSは移動の利便性をあげるだけではないと思っています。観光地では移動は必須です。その移動データから、いつどのような旅行者が、どのような予定で観光地に来るのかが分かれば的確なオペレーションが回せます。それを活用すれば高付加価値の観光商品を作ることができます。

例えば、瀬戸内国際芸術祭では、3年に1度アート作品を入れ替えます。瀬戸内国際芸術祭は、大規模な美術館を設計・建設するだけでなく、空き家などの遊休資産を活用してアーティストが作品製作するといった仕組みによって、より効果的にアートを地域に浸透させ、人が周遊したいという環境を形成しています。 アートを求めて瀬戸内に訪れ、アート作品を見るために移動する観光客からインサイトを得つつ、この瀬戸芸モデルを広げていくことで、アジャイルな都市開発につながると考えています。

---:御社が提供している「Horai」アプリでは他のMaaSアプリとは違い「海」の移動も含まれていますね。

嶂南氏: 海上交通はこれから変化がおこる分野です。海上タクシーにより出発地と目的地をピンポイントでつなぐことで、観光客の滞在価値が増えるかの検証を行っています。「Horai」が導入される前の、3年前の芸術祭では3日間で見られなかった芸術作品が効率的なルート設定を「Horai」が実現したことで見ることができたというユーザーの声もいただいています。今まで活用しきれていなかったモビリティをうまく活用していくことを他の芸術祭にも提供が可能になるように実証しています。瀬戸芸のような歴史のある芸術祭以外にもこの瀬戸芸モデルを提示したいと思っています。

---:御社の主要なサービスは「Horai」以外にどのようなものがありますか?

嶂南氏: 弊社の主要なサービスは2つあります。1つはエンドカスタマー向けのアプリである「Horai」の提供です。2つ目はコンサルティングサービスで、交通データの分析です。交通データの分析から、どういったインサイトが得られて、単なるAPI連携のみならず、事業者のオペレーションの改善が目標です。

先行モデルとして取組んでいる瀬戸芸は海外のメディア(National GeographicやThe New York Times)でも非常に高い評価を得ている観光地です。中華圏や欧米など海外から富裕層が訪れています。MaaSや交通課題解決というと、対象は日本では高齢者をイメージしますが、10年後もその観光地に来てサービスを使ってもらえるインバウンド観光客や若者もターゲットにしたいと考えています。観光客が欲しいルートをつくることで、そのルートの移動費用を高くするなども可能になります。

---:地方での取組みでは地元住民も重要なターゲットではないのですか?

嶂南氏: 2年前からどういったサービスが地方でありえるかを自治体と組んで考えています。SIPの過去調査で小豆島における自動運転市民ダイアログを行ったのですが、そこで印象的だったのが、地元の婦人会のかたの言葉でした。自動運転などの新しい技術が入ることへの恐怖もありますが、このまま人がいなくなって島がなくなるほうがもっと怖い。住民が住めない場所になってしまうほうが怖いということです。

今国の政策であるスーパーサイエンスハイスクールによってAIの研究ができる学校も増えてきていますが、離島にはそういった技術はなかなか来ません。その後実際に、自動運転の公道実証実験を香川大学、群馬大学、明治大学が開催した際、私たちも乗客向けのアンケートをやったのですが、80%以上が自動運転の導入に積極的でした。ドア・ツー・ドアやナイトタイムの移動手段を求める声が多かったです。

---:地方のMaaSサービスの課題はマネタイズだと思います。

嶂南氏: 瀬戸内海エリアでは、陸上交通だけ便利になっても、その先の海上交通であるフェリーの運行時間を待たないといけないのは嫌だという声も多かったです。離島ではフェリーの最終便がなくなると住民は家に帰るので自家用車が道路からいなくなります。かといって運転代行でいいかというと、その運転代行業者がなくなり飲みにいけなくなってしましました。そういった意見から、夜間の飲食店巡り用の自動運転・走行サービスほしいというニーズがあるとわかりました。

マネタイズとしては、このようなサービスを導入することで、地元の居酒屋がうるおうことになるので移動の手段でお金をもらうだけでなく、そういった地元の商店からももらうことができると考えています。旅館やホテルについても、今は各旅館が駅やフェリー乗り場からの移動手段は自分たちで費用を捻出しています。そこにマイクロバスなどを活用した自動運転車でホテル間をつなぐモビリティがほしいというニーズもあり、それができればホテルから運賃をもらうモデルも考えられます。

---:自動運転の実証は各地で行われていますが御社の実証の特徴は?

嶂南氏: 自動運転の実証実験は各地でやられていますが、だいたい1~数台くらいしかないのが現状です。1台持ってきて実証実験をしても、安心して乗れるというくらいのデータしか取れません。自動運転の実装によって、周辺の事業者が自動運転車にお金を払ってでもビジネスを頑張りたいという刺激を与えられるかという経済効果を測るには、果たして1台だけでいいのでしょうか。

私たちは単なる移動のマッチングサービスを越えて、地元の経済にも寄与するモビリティサービスを提供したいと考えています。モビリティのデータを使った利便性の検証はUberなどもやっていますが、都市部と違い、モビリティは現状では、地方では儲かるものというよりもコストしかありません。モビリティのデータを使って他のビジネスでレバレッジをどう利かすことができるかが鍵です。

---:都市部における自動運転はどのように考えていますか?

嶂南氏: 都市においては、どこに何を作って、どういう動線で自動運転を運行するかという運行設計領域(ODD : Operational Design Domain)を作ることが重要だと考えており、これはITSの世界の有識者とも一致しています。

---:瀬戸内海などの地方では都市部とは違うモビリティが重要ということですね。

嶂南氏: 弊社は国土交通省新モビリティサービス推進事業の瀬戸内洋上都市ビジョン協議会の事務局を担当しており、フェリーが需要にみあっておらず、乗り継ぎも不便だと理解しました。飛行機の到着便が遅れても、フェリーの時間は調整できなかったのです。それを単に効率化するだけではなく、その待ち時間を観光開発の機会と捉えることもできます。

Uberのような、鉄道の駅を降りたらいつでもライドシェアで移動できるのは都市部ならではです。直島のようなところでは、そもそも3台しかタクシーがないのですが、そこに50万人の観光客がきます。これでは限界があります。サプライヤーの都合に合わせて需要が動く必要があります。将来的には決済もつなぐことで、美術館の費用とモビリティも含めた一体型サービスが可能になると考えています。

---:直島のような、交通手段の供給がもともと足りていない場合の解決策はどう考えていますか?

嶂南氏: どのくらいの投資で何台増やすかを合理的に判断できるようにすることが重要です。現状では観光客の動態データが整っていないのでまずはその需要予測をできるようにします。

一方で解決できない問題もあります。協議会にも参加しているある鉄道会社からは、リアルタイムの乗り継ぎをやれと言われても、ハードも人もいないのでそんな辛いことを言わないでほしい、と言われたことがあります。問題は、待ち時間の間にお金を落としてもらうものがないことです。鉄道の待ち時間の間にどういったサービスを提供できるか。待ち時間の有効活用について、コンテンツに興味がある事業者と組んでいきたいと考えています。

---:今後の瀬戸内海でのMaaSの取組みはどのように考えていますか?

嶂南氏: 「Horai」アプリは「旅程提案型UX」です。既に日本語、中国語、英語に対応しています。現状でも海上タクシーとフェリーの乗り継ぎ、そして海上タクシーの決済がアプリでできます。これが2020年初頭には、他の交通機関および施設の決済の導入も予定しています。

中国人観光客は中国人作家の作品を、韓国人観光客は韓国人作家の作品を見に行きたいというように、人によって行きたいスポットは国籍だけでもかなり違い、もちろんもっとニーズは多様です。また、インスタで写真を撮りたい人たちはひとつのスポットでの滞在時間が短いなど、アート好きの人であっても属性によって滞在時間は異なります。これからは広報やPRにも力を入れてユーザーを増やしていきたいと思っています。また、瀬戸内海以外の別のエリアの芸術祭でも提供する予定です。

ゴールは、MaaSアプリを提供することではない

嶂南氏: 弊社の目指すところは、MaaSアプリを提供することではありません。鉄道会社が取り組むMaaS事業では、最終的に交通機関が利用されてお金が落ちるというのがゴールですが、私達はモビリティ以外でお金が落ちる仕組みを考えたく、協業先としてもそこを目指しているところと組みたいと思っています。

そのためには単に異なる交通手段をAPI連携でつなぐだけでは駄目なのです。その先のオペレーション連携のほうが重要です。例えば高松空港は高台にあるので濃霧でよく飛行機が遅れます。その先にあるフェリーや電車も含めて最適化するにはどうする必要があると思いますか? 航空会社、鉄道、フェリーは同時に会話することはできません。そこの接続をオンデマンドでつないでいくことがひとつです。遅延データを航空会社から組み込んで、それを他の交通期間のスケジュールに動的に組み込むことを実現する必要があります。

私はこれを、Ops-Integration(オペレーション連携)と呼んでいます。台数が足りないような世界では、API連携だけあっても難しいので、どのようにオペレーション連携ができるか。それを信頼関係だけでなく、データ連携でも行うことで、「体験サプライチェーン・マネジメント」を構築することを目指します。

Amazonで注文しても、プライム会員にはすぐ商品が届きますが、そうでない人は遅れて到着します。観光におけるサプライチェーンでは物の代わりに人が来ます。交通そのものを最適化するのではなく、都市、観光地の体験の価値をどう高めるか。そのために交通機関も最適化する必要がありますし、普段の海上タクシーの動線にはない、大きなフェリーターミナルの裏に良いアート作品がある場合はそこだけ漁船で人を運んでもらうなどもあると思います。

モビリティを越えて

嶂南氏: 今後は移動以外も含めてやっていきたいと考えています。そのために、様々な企業、パートナーと共に地方や街を変えていきたい。瀬戸内洋上都市ビジョン協議会に参加している企業全員で、モビリティを使ってどういう新しいビジネスをつくるかを今後は考えていきたいと思っています。

近い将来には、芸術祭等のモビリティサービス含めたパッケージ化も世界中の芸術祭でやりたいと考えています。芸術祭はヨーロッパなどでも盛んです。アジアは立ち上がっている最中ですが、香港やタイなど、今まさに盛り上がり始めています。世界中に芸術祭のマーケットはあります。私たちはこれを「アート旅マーケット」と呼んでいます。芸術祭の行われている場所全体のモビリティを有機的・効率的につなぐことで、アートに限らず様々な観光資源と組み合わせることができます。

日本では地域や企業が主導して開発されている先進的なMaaSの取組みと連携し、日本にこられたお客様が自分らしい最高のアート旅を日本中で実現できるようにしたいです。アートで来ている海外の富裕層に日本のいいところを見せたいというのはいいとは思いませんか?

嶂南氏が登壇する、 1月30日開催セミナー【MaaS2020】陸・海・空~ネットワーキングセミナー~はこちら。

《安永修章》

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