【三菱ふそう キャンター 新型】ダイムラーの一員としてデザインの質がさらに求められた…デザイナー[インタビュー]

三菱ふそう商品本部デザイン部アドバンスデザインマネージャーの土出哲之氏
三菱ふそう商品本部デザイン部アドバンスデザインマネージャーの土出哲之氏全 12 枚

三菱ふそう『キャンター』が10年ぶりにデザインを一新。そこで今回のデザインに込めた思いや、現在同社のラインナップに取り入れられ始めたデザインモチーフ、“ふそうブラックベルト”について、担当デザイナーに話を聞いた。

デザインで買ってもらえないが、満足度にデザインは影響する

----:土出さんは先代に引き続き今回もキャンターのデザインを担当されました。今回はどのようにしてデザインが選ばれたのですか。

三菱ふそう商品本部デザイン部アドバンスデザインマネージャーの土出哲之氏(以下敬称略):最初は複数のデザイナーでのコンペで始まります。そこで選ばれたデザイナーが引き続いてデザインを担当するので、今回も選ばれてデザインを担当しました。

----:デザインコンペの場合、会社からは新型キャンターをデザインするにあたり方向性のようなものが示されると思います。それはどういうものだったのでしょうか。

土出:具体的にはそういったものはあまりありませんでした。これはトラックの良いところでもあり良くないところでもあるのですが、正直デザインで買ってもらえるものではありません。ですから、デザインは、開発における優先順位では若干低くなります。エンジンでは燃費をこれぐらいにするとか、排ガスの性能はこれくらいとか、そういう明確なターゲットがありますが、デザインに関してはあまりないのです。

そうなりますと、逆に我々がやりたいことが割とやれることにもなります。ただ、大事なこととして、買う時の動機にはならないのですが、お客様が購入した後の満足度では上位に入ってくるのです。つまり、我々としては会社からいわれることはあまりないのですが、世の中のトレンドや、ふそうがいま掲げている3つのキーワード(信頼性、勇気、粘り強さ)をどう形にしていくかは考えています。三菱ふそうキャンター新型のデザインスケッチ三菱ふそうキャンター新型のデザインスケッチ

もう一方で、我々はダイムラーの中のいち企業として、デザインに求められる質は正直厳しくなりました。ダイムラーは全体としてすごくデザインを意識している会社ですので、ダイムラーとしてのデザインクオリティは求められるのです。これは商用車・乗用車分け隔てなくダイムラーとしてのプロダクトたれということで、直接はいわれませんが、常に頭の中においてデザインしています。

いまダイムラーということでお話をしましたが、ふそうとしては、ふそうブラックベルトを用いることで、ラインナップ間の統一は求められます。いままで私がデザインしていた中でも、近しいモチーフは持っているのですが、それぞれのクルマで別々のデザインを与えるというのがふそうのデザインでした。そこから同じ会社のラインナップなのだから近づけようとしているのです。ただし、それぞれのクルマのキャラクターに合わせて当てはめていきます。あくまでもふそうブラックベルトはひとつキーワードで、それをもとにより統一された表情を作っているのです。

----:いまお話されたものなどを鑑みながら新型キャンターのデザインをされたのですが、どういう思いでこのデザインコンペに臨んだのですか。

土出:最初に考えたのは、どこから攻めようかということでした。個人的なエゴになってしまいますが、やはり採用されたいという思いがあります。先代がそれなりに評価されていましたから、この路線で行くのか、全然違う方向にするのかということを最初に考えました。また長い目で見ると、デザインのトレンドもありますし、当然部内でのレビューを経てデザインをどんどん玉成していきますので、我々のデザイン部長などが求めているデザインの方向性も理解して、それを鑑みて自分が出来る表現は何かというところを考えていったのです。

----:具体的にはデザイン部長などからどういうことが求められたのですか。

土出:先代は、部品分割を積極的に利用した力強いデザインを当初のテーマとしてやっていました。今回も最初の私の提案若干そちら寄りだったのですが、物事のトレンドを見ていくと、あまりゴツゴツしたものよりは全体はすっきりとつるっとしたような、英語でいうスリークですね。そういった中で細かいところまで気の配られたデザインが常に求められていました。

モダン&ソリッドに込めた思い

----:先代のデザインコンセプトはタフ&ソリッド。そして今回はモダン&ソリッドになりました。

土出:実はモダン&ソリッドとはいいきれないところもあり、いくつかワードがあったのです。もちろんモダンとソリッドも入っていますし、シンプルやスリークもありますので、決してこの2つだけでデザインはしていません。ただしソリッドは、塊感とか均質なというイメージもありますので、そこにスリークやシンプルという意味合いも入るかなと思っています。

----:モダンさということとスリークさは、イメージとしてかなり違ってくる印象があります。どちらかというとモダンは新しさなどの情緒的な部分。スリークというともっと形としてイメージ出来てくるもののような気がしますが、いかがですか。

土出:まず我々の解釈として、モダンというのは一時的な新しさではなく、継続した常にフレッシュに見える、古びないということです。一方でスリークというのはモダンを構築する一要素と考えています。

----:つまりモダンという大きなお話の中にスリークなどが入ってくるということですか。

土出:はい。ですからモダンという大きな括りがあり、そこにシンプルやスリーク、ソリッドなど、単純なピラミッドには出来ないものの、そう解釈してもらって大丈夫です。三菱ふそうキャンター新型のブラックベルト三菱ふそうキャンター新型のブラックベルト

10年経って気付くこと

----:今回土出さんが一番デザインとしてこだわったところはどこですか。

土出:1台としてのまとまりです。先代は分割線を積極的に活かしたデザインだったので、クルマ単体として見ると力強いグラフィックスは入っています。しかし全体としては、若干、1要素1要素がばらついた感じに見えていたということが、10年経って振り返った時、私が治したかったところです。

また縦方向にVが強く入っていしたので、少し安定しない感じでした。何か要素があったらそれを支えるものがデザインの中に入っていないと、アンバランスに見えてしまうのです。今回は横基調でふそうブラックベルトを入れて、それの量感、重さをきちんと支えられるもの、きちんと呼応しているようなデザインにしています。つまり、ブラックベルトがあってそれが切れて次にヘッドランプがあってということではなく、ブラックベルトに沿うようにヘッドランプが配されているという、全体の調和をすごく意識しました。

----:例えばこのデザインを10年前に行ったら新しすぎたと思いますか。

土出:そうですね。いまのデザインを10年前に行ったら、そこは興味深いですね。

----:当時のデザイントレンドとしてはより力強さをアピールしていて、他社もそういう世界観だったと思いますので、そういう意味では少し弱く見えたかもしれません。今回はすごく洗練されているデザインですから、10年前にこれを出すとソリッド感が薄れて感じられるかもしれませんね。

土出:そういうのはあるかもしれません。特にリーマンショックの後のタイミングで世の中が停滞していた時だったので、おそらく無意識の中で力強さというのを出すことによって、お客様のビジネスをサポートする。これはふそうだけではなく、他のメーカーも考えていたのでしょう。ちょうどその頃、世界中のトラックが強いグラフィックスを入れてどんどん濃口になっていたタイミングでもありましたから。ですから当時このデザインだとちょっとトラックにしては弱々しい感じだねと捉えられていたかもしれませんね。

ただしいまは色々なボーダーが取り払われて、トラックらしさといっても一口でいいきれないようになって来ています。旧来の考え方だと力の象徴で、男性的なものとされていました。いまではその男性的とは何か? となって来ていますので、ひとつのプロダクトとして考えた時に向かうべき方向は、洗練さや、人が触れるもの、特に小型トラックは人との距離が近いクルマですから、より洗練さや温かさ、優しさが大事だと思っています。

キャンターのデザインは正統派

----:キャンターらしさとは何でしょう。

土出:私が考えるに、キャンターのデザインは“変なこと”をしないことだと思います。例えば、一目見た時に何これと感じたり、色々なクルマを見て多分この線はいらないよねとか、何でこの形はこうなんだろうとか、いびつな、見た時に変なところがないというのが、キャンターの良いところだとデザイン的には思っています。数も出ますし、街中の景色のひとつにもなり得ます。

そこは先代をやっていた私もそうでしたし、おそらくそれ以前のこれまでの担当者も、言葉にはあまりしないものの、キャンターはこうだよねというイメージだったと思います。言葉にしようとすると変なことしない、正統派といえるでしょう。たぶん他のメーカーでは、道具と割り切り、その代わり基本性能や価格で勝負したり、より派手に見せることが上手だったり、そういったところがありますが、キャンターは素直でピュアなプロダクトといえるでしょう。三菱ふそうのデザイン三菱ふそうのデザイン

ふそうブラックベルトとデコトラと

----:最近乗用車のデザインで、過去のモチーフを取り入れることが多く見受けられます。そういったことはトラックのデザインでもあるのでしょうか。

土出:水平基調というキーワードがあります。これまでのキャンターを振り返ると割と水平基調でした。黒い帯上のグリルのものや、初めて角目になったクルマも横基調でした。改めて振り返ると、途中Vの方向にトレンドに乗っていったことはあるものの、その水平基調を再解釈するとふそうのデザインではないかと思います。そして他のメーカーではあまり採用していないのですね。それは高さを見せたいので縦基調を取るからです。横基調ですとどうしても潰れた感じに見えがちになります。その中で横というのはふそうらしさかなと思います。

またブラックベルトのモチーフに関してですが、実はデコトラのフロントによく使われている星形のような加飾があるのですが、これは古いふそうのバスで使っていたモチーフを取り入れているのです。これも影響ゼロではありません。このマークは1980年代のバスにだけ使っていたもので、トラックには使っていないのですね。ただ、“一番星”のデコトラとかにもありましたので、デコトラに乗っている人達は結構このモチーフをつけています。三菱ふそうMKシリーズ。このエンブレムがデコトラにも影響を与えた。三菱ふそうMKシリーズ。このエンブレムがデコトラにも影響を与えた。

我々はデコトラに対して正直穿った目で見ていたところもありました。しかし認知度としてすごく高いこともありますし、現在三菱ふそうはいまのデザイン部長をはじめ、外国人比率がすごく増えていて、彼らからすれば、トラックカルチャーは格好いいものとして捉えているのです。そこで私もよく考えたらこんな文化があるのは日本だけだと思い至りました。

それまではメッキなどは、えー、と思い、いやだなと正直思っていたこともありました。しかしそういう新しい見方とか、お客様が実際にどういうにものに乗っているのかを理解していくと、ふそうをこのような解釈でお客様は捉えているということが分かって来たのです。そういったことを踏まえ、ブラックベルトの形のイメージとしては、ふそうの昔のマークが影響しているわけです。

またブラックベルトを日本語にすると「黒帯」です。柔道などで黒帯の保持者は強いだけではなく、精神的にも成熟していないと当然ダメです。そういった姿勢への思い、そして黒帯の結んだ形も少しエンブレムにも近いので、ふそうブラックベルトは形作られています。

----:海外の人たちはデコトラ文化を好意的に捉えているのですね。

土出:ポジティブでクールといっています。それこそ最近はアウトローな方向ですが、”族スタイル”というのが割と流行っています。”ZOKU”という言葉をそのまま意訳しています。日本のちょっとアウトローなカルチャーは割と日本を象徴するものとして解釈されており、カルチャーの切り取り方はアニメだけではなく、ちょっと表に出なかったようなそういったところにも目が行き始めているようです。

例えばアメリカには、フレイトライナーや、ウエスタンスタートラックスといったブランドがあるのですが、ウエスタンスターはいわゆる昔からのアメリカントラックの“メッキどーん”というブランドですが、そこも多分彼らが見るアメリカントラックと我々が外から見るアメリカントラックという印象の解釈は違っているでしょうね。そういった意味でも色々な国籍のデザイナーがいるのは面白い。日本のトラックを再解釈するという意味では、日本人だけだと見えなかったところが見えて来ているのはふそう独自のアプローチかなと思います。

今回のプレゼンテーションで最初に暗いところに後ろが赤いシーンを使っているのですが、これもふそうの外国籍のグラフィックス担当がこの絵を作っています。日本人が後ろに日の丸を想起させるモチーフは取り入れませんし、むしろタブーとさえ感じるでしょう。しかしそこをうまく解釈して、そのシーンはピンクがかった赤なのですが、そういう変換が出来る。そこがいまの我々の強みだと思います。三菱ふそうキャンター三菱ふそうキャンター

《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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