【マツダ100周年特別記念車】マツダは文化を発展させるクルマを作り続ける…デザイナー[インタビュー]

マツダ R360クーペ
マツダ R360クーペ全 17 枚

2020年、マツダは創業100周年を迎えた。そこで全ラインナップを対象に100周年特別記念車を設定。そのデザインに関わったのは入社2年目のカラーデザイナーだったという。そこで、記念車のこだわりやその開発にかけた意気込みなどについて話を聞いた。

生きの良いのをアサインして!

「2018年の秋ぐらいに、仮に100周年記念車を作るとすればどんなクルマか良いかという企画がスタートしていた。本社の中で10人くらいのタスクチームがあり、デザイナーだけではなく、エンジニアなども含めたクロスファンクションチームだったが、途中で一時休止となっていた」と話すのはマツダデザイン本部副本部長の中山雅さんだ。

当時中山さんはそのチームに入ってはいなかったが、2019年夏頃に担当となり、提案資料を全てチェックした。その中に「『R360クーペ』をリスペクトした案が一番良いと思い、前田(デザイン・ブラントスタイル担当常務執行役員の前田育男氏)や藤原(副社長執行役員の藤原清志氏)に展開し、即決し再スタートした」と明かす。

その内容はカラーに関することが多かったことから、「カラーデザイナーの“生きの良いの”をアサインしてくれとリクエスト。非常に優秀な入社2年目の村上(デザイン本部プロダクションデザインスタジオカラー&トリムデザインGの村上佳央さん)が担当となった。確かに噂に違わぬ逸材だった」と絶賛だ。

村上さんは当時、白一色のR360クーペしか見たことがなかったという。実際には白赤や白青のツートーンもあったことから、「そこから調べなければと、倉庫に入って昔の資料を見てみたり、インターネットで調べてみたりが始まった」。村上さんのR360クーペの印象は、「フロアマットが赤く、いまのクルマよりもノイズが少なくて綺麗な赤と白の配色が素敵だなと思った」という。そこで、「現在マツダは赤を打ち出していることもあり、赤を尊重して100周年記念特別仕様車も白と赤の組み合わせを選択した」とカラーリングの決定経緯を説明してくれた。

R360クーペのボディーカラーはアルペンホワイトという名称だが、若干黄味がかった白だった。そして今回の特別記念車はスノーフレークと呼ばれる真っ白のカラーが採用された。村上さんは、「アルペンホワイトという名前から、雪山の真っ白なものを想像し、その名称にしたと考えた」と当時の思いを汲み取る。しかし技術的に真っ白に出来ず、黄味がかった白になったのではと考えた。「改めて黄味がかった白を新たに開発することも考えたが、昔の意思を尊重しスノーフレークを使うことにした」とコメントした。

実は村上さんはR360クーペを研究する中で、当時の手描きのシートスケッチを倉庫で発見していた。その時の印象を、「鉛筆で薄く塗られていたり、ちょっとドットがついていたりそういった図面が描いてある中で、ここだけ綺麗に赤く塗られていて、そこにグッと来るものがあった。すごく意思を感じ、すごくやりたいと思った」という。さらに、その図面を見て一番驚いたのが、「いまのマツダのマークではなく東洋工業の丸工マークがきちんと図面の中に印刷されていた。そこにヘリテージをすごく感じた」とその時の思いをコメント。

また、その発見資料の中にデザインスケッチがあった。「そのサインが前田(前田育男氏)のお父さんのものだった。ボディーカラーの配色図のところに室長のサインがあり、そのサイン欄に書いてあった」とエピソードを披露してくれた。

全車展開も踏まえて

因みにR360クーペ以外にも、「『サバンナ』や『RX-8』などのほか、セダンであれば当時のセダンをモチーフにするなど様々な案があった」と村上さん。しかし、「単に車格や車型が合うだけというものに対し、R360クーペはオマージュするための経緯、マツダ初の四輪乗用車というコンセプトになる核があることから、この1台をリスペクトして100周年として全てに展開した」と述べる。

そもそも中山さんはR360クーペの案をなぜ選択したのか。「違うクルマをリスペクトしたものや、もっと未来志向のものなどもあった」と振り返る。しかし「若い人たちのチームなのに、三輪トラックでも、『コスモスポーツ』でもなく、なぜR360クーペなんだろうと素直に思った」と当時の感想を述べる。「それがすごく新鮮で、その提案の中に『ロードスター』のルーフを赤にした絵が既に入っており、なるほど、これだなと思った」と話す。

また、予見だがと前置きした上で、「自分が担当すると決まった時から、全てのマツダ車でやることは想定されており、そうするとR360クーペというシンプルなクルマをオマージュにすると、それぞれのクルマに適用出来、世界観も伝えやすいことからこれでいこうと決めた」と述べた。

保護者としての役割@中山デザイン副本部長

村上さんは担当になった当時、まだ入社2年目。まさに大抜擢だ。しかし大変な苦労もあったと想像する。そう質問すると、「全車種展開にあたり、シートはバーガンディーと決めていたので、全車種全ての表皮材をリスト化し、どれに赤がなくて何を開発しなければならないのか、自分の中で整理するところから始めた」とのこと。

「その時に気付いたのが、“デザイナーあるある”かもしれないが、自分の担当車種以外は知らない人が多かった(笑)。そこで、全車種の仕様を事細かく自分の中で理解して取り入れる必要があり、そこが結構大切で大変だった。例えばコアグレードとハイグレードで何が違うのか、使われている素材は何なのか。一般の人からすると『CX-5』と『CX-8』 のインテリアは一緒に見えるが、実際に何が違うのか。似ている車種でも必ずそれぞれのアイデンティティがあるので、勉強した」とのことだった。

そこでデザイン副本部長として中山さんは何かサゼッションはしたのだろうか。「特にしていない」としながらも、「ひとつだけ僕が保護者としてやったとすれば、各車種にはチーフデザイナーという小難しい連中(笑)がいて、その人たちに入社2年目が説明しなければいけない場面もある。そういう時に横にいて、あまり難しいことをいうなよという目で見ていた(爆笑)」とフォローした。

中山さんによると、そこでの説明は、「R360クーペのコーディネーションを採用しているので、具体的にはフロアは赤で、インテリアには何らかの白いアクセントを入れるというのをルール化した。これをまともにデザイナーに聞いてしまうと、えー! となってしまうかもしれない。そこでこれは室内に必ず赤と白を使おうという統一したコンセプト」とし、リアクションに対しての説得としては「お祭りだから(笑)」とのことだった。

これまでの100年とこれからの100年

100周年特別記念車が発表された際、中山さんはこれまでの100年の感謝と、これからの100年への誓い、とコメントしていた。この点について改めて語ってもらおう。「もともと感謝が100周年のテーマであり、全体として未来志向でいきたいというのはあった」という。それは、「単なるリスペクトではなく、将来に何かを伝えるターニングポイントになったらという思いだ」と話す。

「これはロードスター30周年の時も全く一緒で、振り返るだけではなく、ロードスターをこの先30年後も作りますよという約束のようなもの。それがこの100周年特別記念車も当然必要で、100年終わってしまったので、還暦祝ではないが、長く生きたねというものではない。必ずこの後があるんだということを何らかの形で表現したいと思っていた」という。

そこで、「ボディーカラーも完全に昔のものをそのまま復活させるのではなく、世界中でこのクルマを生産でき、従業員全員で祝えるようにしようという考え方で、例えば、メキシコの工場でもこのクルマは作るので、メキシコで働いている人たちもクルマのラインオフを楽しむことが出来るし、当然販売会社の人も販売することを楽しむことも出来る」と述べる。

そして、藤原副社長にもいわれたこととして、「とにかく全従業員がこの100周年特別記念車で楽しめるようにしたい。それは何のためかというと、楽しむことによってこれからもマツダのクルマを作っていこう、クルマを伝えていこうということ。つまりこれが未来志向で、単にクルマを作ってありがとうございましただけではなく、作る側も買う側もこの先のことを考えられるようにという思いなのだ」と教えてくれた。

未来のコンセプトは成立しない

“これからの100年への誓い”というテーマは重要だ。その一方、今回の100周年特別記念車は比較的オマージュを強く押し出しており、若干ギャップを感じてしまう。中山さんもそこは認めた上で、「ロードスター30周年の時に同じ悩みがあった」と明かす。

例えば、「魂動デザインの将来を先取りしたような限定車を仮にロードスター30周年として作ったとすると、それは何年後かに出てくるロードスターではあるものの、その時点では誰もそれが正しいのかはわからないし、証明のしようもない。単に自分たちで勝手に数年後に出すクルマを、先取りしたといっているだけだ。つまり、未来の話をするというコンセプトは成立しないと今回の記念車でも思った。そこで、過去のことが正しい記念車の考え方で、次にどうするかは我々の話。自分たちが決意を示して、記念車としてはマツダを信じてくださいというしかない」と語る。

もうひとつ気になるのがR360クーペをモチーフとして採用したことだ。マツダデザインとしてクーペは重要なボディータイプで、『ビジョンクーペコンセプト』などのコンセプトカーも作成している。つまり、マツダは将来にわたってクーペを大切にしていくという宣言なのか。

中山さんはそれ以前に、「なぜマツダがR360クーペを作ったのかが重要」という。「戦後は全てトラックだったのに、なぜマツダはあえてクーペを出したのか。それはクルマ文化、この言葉自体は、当時はなかったが、文化的にクルマを発展させたい。その表現の手段がクーペだ。そういう意味で、マツダはこれからも文化的に発展させるクルマを作り続ける。ロードスターはそのひとつ」と明言。また中山さんはクーペについて、「人を乗せることだけを目的にせず、運転を楽しむ、会話を楽しむなど文化的な匂いのするようなクルマ。若干遊びグルマという匂いもするのがクーペであり、そこがセダンと違うところ」と定義した。

そういった大きな命題のもとに100周年特別記念車が作られた。村上さんも相当なプレッシャーだったようだ。それでも、「やるからには特別感溢れるようにこだわりをもって、自分のやりたいことはちゃんとやり遂げようという意識だった」という。シートのエンボス加工も、「開発的には難しく、最近行っていないのでそれを全車に入れることは、結構大変だった。でも記念車だからやろうと、ほかにもいろいろ問題はあったが進めることが出来た」と話す。その問題とはフロアマットだ。「色を変えること自体は難しくなく、赤い糸を使えばフロアマットの色を変えられる。しかし、いまの量産基準の耐候性などを踏まえた上で、黒の糸を混ぜつつどこまで赤く綺麗に見せるかが難しかったし大変だった」と語る。

2020年はマツダのレーゾンデートルが問われている年

最後にお二人に今後の100年に向けての意気込みを教えてもらおう。中山さんは入社前に当時の山本健一社長が自動車文化論のようなものを語っていたことを挙げ、「その時に“レーゾンデートル”という言葉を使っていた。これは存在意義という意味で、マツダの存在意義をこれから示さなければいけない。お客様の感性を大切にしたクルマを作らないと、マツダのレーゾンデートルはないと語っていた。その時以来僕はレーゾンデートルという言葉が大好きだし、文化という言葉も大好きだ。マツダは何度も潰れそうにはなったが、100年経ち、まさにこれからあと100年生き延びていいかどうかのレーゾンデートルを問われている年だと思う。マツダの何が提供価値になるのか。それはマツダのレーゾンデートルとしては文化だと思う。そこで文化に貢献した、物資の運搬ではなく、自動車文化に貢献したR360クーペをリスペクトしたクルマをこのタイミングで出すというのは意味がある。非常に内部的な話ではあるが、将来の決意を示す年ではないかと思っている」と強い思いを語る。

そしてもうひとつ中山さんは、100周年特別記念車の映像でR360クーペとロードスターが映っているものがある。それをもとに100年先に再び描いてほしいという。「僕の勝手な想像上の設定は、ロードスターに乗っている青年の、実のおばあさんがR360クーペの乗っている女性だ。それがバックトゥザフューチャーのように時空を超えてお互いが遭遇する。そして、そのロードスターに乗っている青年がいまから100年後に、あるクルマに乗っている人に出会い、おじいちゃんになったその青年とすれ違う。そういうことを誰かやってくれたらいいなと思っている」と語った。

そして村上さんは、「運転を楽しむことが素直に現れているクルマをたくさん作っているなというのがきっかけでマツダを志した。それよりももっと大きなバックグラウンドでは、小さい頃からキッズカートなどに乗ってタイムを競ったり、何かを操ってタイムを競ったりが結構好きだった。そこで、走る喜びとマツダはいうが、そういう文化をちゃんと消さないように、これからの100年先も残してくことが嬉しいと思っている」とコメントした。

《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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