“虎の子”インクリメントPを売却したパイオニア、次なる目標に掲げたソリューション事業は成功するか?

パイオニアが新たな成長戦略として掲げた新ビジョン
パイオニアが新たな成長戦略として掲げた新ビジョン全 12 枚

パイオニアは3月10日、100%出資する子会社「インクリメントP(インクリメント・ピー」」を、投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループに売却すると発表した。同日、パイオニアの矢原史朗社長がこの売却と、パイオニアが今後目指していく戦略について説明した。

“虎の子”であるはずのインクリメントP売却で得られるものとは?

パイオニアは今回の売却について、「ITやソフトウェアサービスに対する経験が豊富なポラリスがパートナーとなり、インクリメントPがより幅広い用途に向けて地図データや関連サービスの開発など地図事業でさらなる成長を図る」ことを最大の目的とすることを明らかにした。その一方で「売却後もパイオニアとインクリメントPは最重要パートナーとして地図データの開発や提供で協業を続けていく」としている。

矢原社長は今回の売却について、「両社にとって成長を加速できるものとなっていく」と説明する。パイオニアにとってはインクリメントPの売却によって獲得した資金が新たな事業展開に活用でき、インクリメントPにとってもグループから離れることで活躍できる場が広がっていく。そうした新たな展開が結果としてパイオニアにもインクリメントPにもプラス効果を生んでいくと踏んでいるわけだ。

これまでパイオニアにとってインクリメントPは“虎の子”的存在とされてきた。パイオニアは同社を傘下に持つことで、高精度地図やダイナミックマップに早い段階から関わることができたし、2017年にHERE Technologiesが業務資本提携したこともいかにインクリメントPの実績が高く評価されていたかうかがい知れるからだ。特に自動運転車で欠かせない高精度地図や、動的な情報をリアルタイムに反映したダイナミックマップへの取り組み強化にインクリメントPの存在はパイオニアにとっても大きかったはずだ。

しかし、矢原社長は記者会見で、この“虎の子”というキーワードに対して「違和感がある」とした。「今回の売却は以前よりパイオニアとして成長戦略を考える中で生まれてきたこと」(矢原社長)であって、決してファンド側の意向ではないことを強調。むしろ矢原社長の頭にはインクリメントPを傘下に持っている限り、新たな成長戦略にも限界がいずれ出てくるとの考えがあったのではないだろうか。

ソリューション・サービス事業をプロダクト事業と並ぶ成長事業としていく

そして、記者会見で矢原社長は、2025年へ向けたパイオニアの新企業ビジョンとして、ソリューション・サービス事業のウェイトを、現在主力としているカーナビやカーオーディオ、ドラレコ等のプロダクション事業と肩を並べるぐらいの比率にまで高める方針を明らかにした。

具体的には2006年からクラウド上に蓄積してきた膨大なモビリティデータを活用し、同社が強みとしてきた「音」の技術を組み合わせ、安全・快適な車内空間を提供できる新サービスプラットフォームとして年内構築を目指すというものだ。

この背景にあるのが自動車を取り巻く急速な進化だ。今後、EVや自動運転は否応なく広まっていく一方で、ドライバーが関わる操作や情報は複雑化してきており、そのストレスはますます増える傾向にある。そうした課題を解決するにも車内におけるインターフェースの標準化は欠かせない。パイオニアはここに新たな活路を見出したのだ。

パイオニアはこれまでデジタル地図データやプローブ情報、事故発生地点のデータ、天候に加え、ドライバーの運転傾向から事故や危険を予測して警告するテレマティクス型運転支援システムをカーナビやドラレコに役立ててきた。この情報は一朝一夕に得られるものではなく、この分野におけるパイオニアの優位性は明らか。長きにわたり地道に蓄積してきたパイオニアだからこそ可能となる方向性なのだ。

矢原社長によれば、これをハードウェアのリアルタイムデータを元に解析してきた“動的データ”と位置付け、インクリメントPが展開してきた“静的データ”である地図事業と差別化していくという。地図データは複数のデータレイヤーを重ねて使われているが、パイオニアとしてはこのレイヤーに動的データを提供することで新たな付加価値を生み出す事業へと成長させて行こうというわけだ。

そして、そこから見えてくるのはクラウドを使ったサブスクリプションによる、新たなサービスの提供だ。矢原社長にしてみれば、「ハードウェアは売り切りの商売であって、その先にあるのはコモデティ化」であって、今後の成長戦略を踏まえれば常に新たなサービスが提供できるスタイルへの変化は避けて通れなかった。つまり、プロダクト事業はこれまで通り継続するものの、ソリューション・サービス事業をプロダクト事業と並ぶ事業にまで成長させることがパイオニアの次なる成長戦略としたのだ。

インクリメントP売却でパイオニア製純正カーナビの採用が増える?

一方、インクリメントPを手放したことでパイオニアが新たに可能となることも出てきそうだ。

たとえば、パイオニアは傘下にインクリメントPを持つことで、自社製ナビゲーションに独自の地図データを使うことができ、それが他社にはマネが出来ない強みともなってきた。しかし、逆にそれがOEM事業では足かせとなっていた一面もある。純正カーナビのシェアが高いトヨタでは地図データにトヨタマップマスター製を使うこと基本とし、オンデマンドでの地図更新サービスもこの地図データを使うことを前提として開発されている。

しかし、インクリメントPの地図データで展開してきたパイオニアはこのサポートが受けられない。聞くところでは過去にマップマスター製の採用を何度か働きかけたものの、パイオニアはインクリメントP製地図の採用を変えることはなかったという。市販ナビでインクリメントPの地図を使いながら、OEM先の都合によって地図データを複数にまたがって調達してきた三菱電機と大きく異なる対応と言えるだろう。

つまり、今回のインクリメントPの売却は、地図会社を傘下に持つ“縛り”からパイオニア自身が解放されることにもなり、パイオニアが今後OEM対応を変化させる可能性が出てきたとも言えるのだ。

すでに自動車メーカーの一部車両では高精度地図を使ったADAS(先進運転支援システム)が搭載され始めているが、高精度地図は定期的なデータ更新を行い、次なる段階としてその活用方法に重点が置かれるようになっている。そうした中で、他社が持ち得ない様々なデータを活用できるソリューション・サービス事業をいち早く立ち上げていければ、今後のパイオニアにとって強みとなっていくだろう。パイオニアが今後、ソリューション・サービス事業をカギとして、事業全体をどう成長させて行くか注目していきたいと思う。

《会田肇》

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