【BYD ATTO3 新型試乗】中国製を安かろう悪かろうと見なすのは感覚のアップデートが必要だ…南陽一浩

中国製を安かろう悪かろうと見なすのは感覚のアップデートが必要

440万円という価格をどう捉えるか

スポーティかつ音楽的ですらあるインテリア

目指したのはプレミアムではなく日常レベルでの使い勝手か

BYD ATTO3
BYD ATTO3全 39 枚

インフォテイメントや操作系の細部が、おそらく豪州仕様のままで日本には未対応のサンプル個体とはいえ、こんなに早く日本で乗れることになるとは思っていなかった。横浜はみなとみらいの路上で相まみえた、BYD『ATTO 3』(ビーワイディー アットスリー、以下「アット3」)は、ショーカーと同じく鮮やかな「サーフブルー」のボディをまとっていた。

◆中国製を安かろう悪かろうと見なすのは感覚のアップデートが必要

BYD ATTO3BYD ATTO3

「BYD=中国製のEVメーカー」という刷り込み並びにイメージは強いだろうが、BYDが自動車メーカーである、というのは部分的な事実に過ぎない。というのもBYDはバッテリーを基軸にITエレクトロニクスや太陽光パネルなど新エネルギー、公共交通機関車両といったモビリティ・インフラをも手がけ、再生可能エネルギーの生産から備蓄に管理、消費までの一切を引き受ける企業体で、全体的な業態はテスラとほぼ同じながら、公式ホームページで見る限り、その全体像はより掴みやすい。

ロンドンやパリ市内の路線バスはBYD製がかなりの割合を占めているし、アット3についても輸入BEVには珍しくV2H(ヴィークル・トゥ・ホーム、車から電力を取り出して家屋に供給すること)にも対応するという。

中国製の車というだけで安かろう悪かろうと見なすのは、さすがに今やインテリジェンス感覚をアップデートする必要がある。アット3はユーロNCAPで5ツ星を獲得しているし、BYD自体が1995年よりバッテリー製造の実績を積んできた業界の巨人でもある。余談だが、2022年にグローバルのEV販売でBYDはテスラを抜いたが、そのテスラにBYDはバッテリーを供給予定とも報じられており、それだけ信頼性や供給力で群を抜いている訳だ。

パリモーターショーに展示されていたBYD ATTO3の「e-プラットフォーム3.0」パリモーターショーに展示されていたBYD ATTO3の「e-プラットフォーム3.0」

実際、アット3はバッテリー保証として8年/15万kmを掲げている。ほとんどの国産車が、エネルギー出し入れの激しいハイブリッド車を含めて5年10万km程度、あるいはEVで10年/20万kmで70%保証というのが大勢を占める。今回は急速充電は試せなかったものの、アット3日本仕様はChaDeMo規格で85kWまで対応しているという。ちなみにこれも伝聞だが、アット3が基づくEV専用「e-プラットフォーム3.0」には、リン酸鉄リチウムイオン電池で構成され、串刺しにしても発火しないほど安全性が高いという「ブレードバッテリー」や、そのマネジメントシステム、ヒートポンプなど、必要欠かさざるモジュールが集約されているという。

秋口のパリ・モーターショーで、バッテリーを除くe-プラットフォーム3.0がベアで展示されていたが、VWのMEBやルノー日産のCMF-EVといったプラットフォームに負けず劣らず、頑強そうな構造、H状のバーの一本一本の太さに、目を見張らされた。ホイールベース間、バッテリーという重量物を抱えるカゴになる部分を、収納スペース重視でボディサイドを一直線としつつ、押し出し材で保護する合理的な設計も、欧州メーカーそっくりだと感じた。何より、レアメタルや半導体と同様、鉄も古くから戦略物資のひとつだが、景気よく使っているな…という印象だ。

◆440万円という価格をどう捉えるか

BYD ATTO3BYD ATTO3

これも前置きになるがアット3は、2015~16年頃から中国市場で元々「元(YUAN)」を名乗っていたBYDの初期EVモデルの後継車種。元は、ICE版やハイブリッド版も並行して展開したクロスオーバーSUVだったが、2020年以降はEVへと一本化された。アット3は現地で「YUAN PLUS」と呼ばれ、純EVに絞られた第2世代EVモデルだ。

2019年頃までBYDは「元」の他にも「唐(Tang)」とか「宋(Song)」といった王朝名シリーズを展開していたので、凄いネーミングセンスだなぁと感じてはいたが、世界戦略車として展開するにあたり、よりニュートラルなモデル名を採用したことは確かだ。ところで「アット」とは単位記号のことで、ナノが10のマイナス9乗であるのに対し「アト」は同マイナス18乗に相当する。

ちなみに発売は2023年1月31日とアナウンスされており、12月初頭に発表された国内での小売価格は税込440万円。驚くほどの安さではないと感じるかもしれないが、中国の製造業が労働力の安価さではなく付加価値プロダクトへとすっかり移行したか、円安の証左でもある。

◆スポーティかつ音楽的ですらあるインテリア

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アット3の外寸は、全長4455×全幅1875×1615mmと、欧州Cセグ相当のSUVクロスオーバーといえる。とはいえ、AWDは存在せず駆動方式はFFのみ。150kw(204ps)・310Nmという最大出力・トルクの値はVWの『ID.4プロ』と奇しくもというべきか、必然というべきか、まったく横並び。ただしバッテリー容量は58.56kWhでWLTCモードの航続距離は485kmと、ID.4ライトを微妙に上回る。

外観デザインはある種、無国籍というか決してオリジナリティが強い方ではない。Cピラーのウロコ上の装飾など、時に目を引くディティールはあるが、やや『ハリアー』風のフロントグリルや、『プリウス』のように両端の下がったリアガーニッシュなど、ベンチマークの存在がところどこに漂う印象もある。ただし内装はかなりオリジナリティあふれる力作で、フィットネスジムをイメージしたというモチーフが、スポーティかつ音楽的ですらある。

BYD ATTO3BYD ATTO3

赤い3本のコードが弦のように見えるポケット収納や、筋肉の筋のような加飾パネル、ウエイトのようなエアコンのベンチレーター、左右スピーカーを掴ませるように操作するドア開閉ハンドルなど、ドア中央部のバーの上面に成型のラインが残っているところだけは不思議だが、相当にユニークで思い切ったインテリアといえる。

また肌に触れる部分、赤いステッチやパイピングが施された白/ネイビー/グレーによるマルチカラーの人工皮革シートやセンターコンソールは、パンチングやストライプなど表面加工まで要素リッチながら、全体としての調和は感じさせる。

◆目指したのはプレミアムではなく日常レベルでの使い勝手か

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機能面ではセンターのタッチディスプレイが12.8インチとかなり大型で、4G回線によるインターネット接続を介し、OTAアップデートも当然予定されている。面白いのはこのディスプレイがステアリングホイール上、左寄りにあるボタンひとつで90度回転し、縦横各ポジションに切り替えられることだ。本来ナビが動いていれば市街地と高速道路で使い分けられるだろうし、街乗りや渋滞時のトラフィックの中で前後左右に360度ビューまで、周囲をマルチビュー画像で確認することもできる。

一方で、いわゆる物理的ボタンは少なくない。ダンベルのような形状をしたシフトレバー手前のコンソールに集中しており、配置はエルゴノミーよりシンメトリー重視といった風だが、画面内でパラメーターのほとんどを設定&操作させるような、EV特有のとっつきにくさは和らげられている。

BYD ATTO3BYD ATTO3

メーターパネルはステアリングポストに固定されているタイプ。速度や航続距離に出力、そしてまだ日本仕様でないとのことで評価できる状態にないADAS機能といった要素が中心に並び、シンプルで見やすいことは確かだ。

ちなみにリアシートの座面や足元の広さ、440リットルというラゲッジスペースの広さ、そしてリアハッチにパワーゲートを採用する点は、申し分ない。インテリア全体としての静的質感はいわゆるプレミアム・セグメントを目指したというより、日常レベルでの瑕疵(かし)の無さ、使い勝手や歩留まりのよさを目指している雰囲気だ。

BYD ATTO3BYD ATTO3

◆目立った欠点もないが薄味、それが今日的ですらある

肝心の走りだが、アクセルの踏み込み始めの加速は注意深く丸められ、EV特有の唐突なトルク、蹴り出し感はない。強く踏み込むとそれなりに加速するし、エコノミーモードでも非力とか遅いとは感じさせないが、ノーマル/エコノミー/スポーツのメリハリが曖昧で、バッテリーの浪費をつねに抑えているような雰囲気はある。それでいてアクセルペダルを放した時の回生減速Gも、近頃、標準的な0.25Gと比べたらかなり遠慮気味に感じる。乗り手を楽しませるより、動的に過不足を感じさせないことに磨きをかけている印象なのだ。

やや気になるのは、ヒューンといったEV独特のノイズが多めに入って来ること。これは静粛性が足りないというより、遮音すべき部位の問題のようだ。低重心かつ1750kgというEVとしては軽い車重もあって、首都高の継ぎ目でも目立ったハーシュネスは感じさせず、むしろ全体として角のない乗り心地の方が際立つ。だがハンドリング面では、車線変更などでフロント側に対しリアサスの収束がやや遅れを感じることもある。

BYD ATTO3BYD ATTO3

それにしてもアット3には総じて目立った欠点がない、それは確かだ。BYDが欧州や日本のメーカーからデザイナーやエンジニアを多数引き抜いていることは、数年前から話題になっていたが、それだけが急速に車としてプロダクトとしてクオリティを上げている要因ではなさそうだ。ただ、大きな減点要素はないものの、抜きんでたUSP(ユニーク・セリング・ポイント)となる点が、今のところ内装デザインしか見当たらないともいえる。

確かにアット3というEVは車ではあるが、新エネルギーの総合ソリューション・グループが構築しようとしている、国境を超えたヴァリュー・チェーンという戦略を思えば、その中の一部でしかないことは当然の帰結かもしれない。内装ビジュアル以外は主張はあくまで薄味気味で、ライフギアとしての一面の方が強調された自動車という意味で、とても今日的ですらある。若い人ほど抵抗もないだろう。

思えば半世紀前から30年前の日本車も、欧米で貿易摩擦だとか経済的侵略者だとか模倣者といった批判の末に、一般的な選択肢になった。ただしEVは純粋な経済・通商上の競争だけではなく、エネルギー源や戦略物資の依存度や許容範囲の問題まで、引き連れてくる存在になりつつあるところが、昔とは甚だ異なるところだろう。

BYD ATTO3BYD ATTO3

■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★
フットワーク:★★★★
おすすめ度:★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

《南陽一浩》

南陽一浩

南陽一浩|モータージャーナリスト 1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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