日本経済とラリージャパン…トヨタのカスタマーレーシングにおけるビジネスも進行中【池田直渡の着眼対局】

世界ラリー選手権(WRC)ラリージャパン2024
世界ラリー選手権(WRC)ラリージャパン2024全 38 枚

11月20日から24日にかけて、愛知県と岐阜県にまたがって設定されたスペシャルステージなどで、FIA世界ラリー選手権(WRC)2024年シーズンの最終戦「フォーラムエイト・ラリージャパン」が開催された。


世界ラリー選手権(WRC)ラリージャパン2024

日本開催の意義、インバウンド需要増加も見込む

FIAの世界選手権には7つの競技があるが、伝統的にも人気的にもF1とWECとWRCの3競技は別格の感がある。日本で開催されるラリージャパンは今年で8回目。以前は北海道で行われていたが、一昨年から愛知・岐阜エリアでの開催に変わった。世界トップのラリーマシーンが、日本の峠や山里、神社などを背景に走り抜ける光景は世界中でオンエアされ、そのエキゾチックで美しい景色が人気を集めているという。また豊田スタジアムで、2台のマッチレース形式で行われるスーパースペシャルステージ(SSS)は、スタートからゴールまでを観戦できるラリーとしては大変ユニークなステージであり、エンターテインメント性が非常に高い。

世界ラリー選手権(WRC)ラリージャパン2024

近年、日本は世界的に見ても観光に行きたい国としてランキング順位を上げており、政府もインバウンド産業に力を入れている。ラリー競技は元々欧州発祥なのでWRCの開催国もほとんどが欧州である。欧州圏以外の開催地は全13戦の内、アフリカのサファリ・ラリー・ケニア、南米のラリー・チリ・ビオビオ、アジアのラリージャパンの3戦だけだ。

一般にモータースポーツは、自動車メーカーにとって宣伝の場でもある。F1やWECと異なり、市販車の形ほぼそのままのクルマが走るラリーでは特に宣伝効果が期待される。トップカテゴリーのラリー1に出場するには巨額の費用がかかるだけに、当然、それに見合った広告効果を求められるわけだ。仮にWRCが全戦欧州ラウンドだけなら、欧州マーケットに強いメーカー以外、参戦モチベーションが下がってしまう。現在ラリー1にエントリーしているのは、トヨタ、ヒョンデ、フォードの3メイクスのみ。特に二強のトヨタとヒョンデのためにもアジア開催は必須である。残念ながらモータースポーツ人気が低い韓国での開催はなかなか難しいだけに、ラリージャパンにはアジアの大会として大きな期待が寄せられているわけだ。

もちろん、今後エントリーブランドを増やすためにも、FIA側としては世界中のより多くのマーケットで競技を行いたいと考えているだろう。言うまでもないが、現在の世界のマーケットは大きい順に、中国、米国、欧州という並び、メーカーが期待する地域としては第二グループとしてASEANやインドが続く。こうしたマーケットでの宣伝効果が得られるのであれば、WRCはもっと参加チームが増えて賑やかになる可能性がある。仮に今後、米国や中国でラリー人気が高まるようなことになれば、メーカーにとってのWRC参戦の価値が上がる。そうなれば確かに面白いことになるだろう。

一方、自治体などの招致側は当然先に述べたようなインバウンド需要の増加を見込んでいる。日本はまさにそこに期待しているのだ。モータースポーツによる地域振興を掲げる太田稔彦 豊田市長は、ラリージャパンの開催に先駆け、韓国で行われたトヨタとヒョンデ共催のモータースポーツイベント会場で、豊田市を拠点とするラリージャパンの開催についてWRC側と新たな契約の締結を発表した。これによって、現契約に引き続き、2026年から2028年までの開催が確定した。豊田市と岐阜県恵那市では、豊田スタジアムの観戦チケットをふるさと納税返礼品として取り扱っているそうなので、行政もちゃっかりしている。

2028年までのラリージャパン開催契約を結ぶ豊田市の太田稔彦市長

“自動車文化”を持つメーカーとしての強み

さて、一方で自動車メーカーの方もモータースポーツを軸とした新たな取り組みが始まっている。もちろん観戦動員や放映を介したブランド価値向上がメインだ。昨今、中国やASEANで自動車産業のスタートアップが雨後の筍のごとく増加している。そうした新興勢力に対して、既存の自動車ブランドは、市場の防衛を図る必要がある。一般論として、新興国は人件費も地代も安い。そうした原価は車両価格に反映されるので、コスト勝負はどうしても分が悪い。つまり防衛側のブランドとしては、高付加価値を武器に高い価格に納得してもらわなければ勝負にならないわけだ。以前トヨタの幹部に話を聞いた時、「“クルマなんて動けばそれでいい、安いことが価値だ”というマーケットではトヨタは戦えない」と明言していた。

モータースポーツはクルマの性能や耐久性を示すには絶好の場であり、そこで活躍することはブランド価値向上に直接繋がって行く。例えばフェラーリにF1での活躍がなければ、あるいはポルシェにルマンでの活躍がなければ、彼らのブランドは今とは違ったものになっていただろう。過去にWRCで活躍したことがキーとなってブランド価値を高めたメーカーも多い。筆頭はおそらくランチアとアウディだろう。他にもシトロエン、トヨタ、プジョー、フォルクスワーゲン、フィアット、スバル、フォード、ヒョンデ、三菱など枚挙にいとまがない。

競技が全てとは言わないが、自動車文化の中で、競技が担う部分はとても大きい。新興メーカーと戦う時、既存のメーカーの最大の強みは、競技と歴史が積み重なった自動車文化である。それは新興メーカーが持ち得ない価値だからだ。

かつて日本のモータリゼーションが普及する中で、欧州のレース文化への憧憬は大きな役割を果たした。例えばルマンにおいて、フェラーリやポルシェとトヨタが伍して戦う様は、世界的自動車生産国となった日本人にとってさえ価値あることに見える。高度成長時代において、そうした伝統ある一流ブランドと同じステージで戦うブランドのクルマを買うことにはまばゆい価値があったのである。

進むモータースポーツのビジネス化

こうした伝統的なブランド戦略以外でも、今やモータースポーツのビジネス化は進んでいる。例えばラリー2やGT3などのメーカー製競技専用モデルのビジネスだ。


《池田直渡》

池田直渡

自動車ジャーナリスト / 自動車経済評論家。1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年に退社後ビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。近年では、自動車メーカー各社の決算分析記事や、カーボンニュートラル対応、電動化戦略など、企業戦略軸と商品軸を重ねて分析する記事が多い。YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。著書に『スピリット・オブ・ザ・ロードスタ ー』(プレジデント社刊)、『EV(電気自動車)推進の罠「脱炭素」政策の嘘』(ワニブックス刊)がある。

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