「MTで乗るのが夢だった」近藤真彦さんもニッコリ、「マッチのマーチ」学生たちの手で40年ぶりに復活…東京オートサロン2026

日産自動車大学校の学生たちがレストアした「マッチのマーチ」1984年式 初代日産マーチK10(東京オートサロン2026)
日産自動車大学校の学生たちがレストアした「マッチのマーチ」1984年式 初代日産マーチK10(東京オートサロン2026)全 46 枚

「東京オートサロン2026」の日産ブースで1月9日、「マッチのマーチがあなたの街にリターンマッチ」と題したトークショーが開催。1980年代に一世を風靡したCM「マッチのマーチ」でお馴染みの近藤真彦氏(現・KONDO RACING監督)が登壇し、自ら購入した初代日産『マーチ』を日産自動車大学校の学生たちがフルレストアするまでの経緯が明かされた。

【画像】学生たちがレストアした「マッチのマーチ」

◆“尖っていた”20歳のマッチ、CMオファーへの本音

トークショーは近藤監督の40年前のエピソードから始まった。当時20歳そこそこだった近藤氏は、日産からCMキャラクターのオファーを受けた際、実は少々複雑な心境だったという。

懐かしの初代マーチCMについて語る近藤真彦氏懐かしの初代マーチCMについて語る近藤真彦氏

「車は好きだったけど、当時の僕はシャコタンのローレルとかセドリックが好きだった時代。写真でマーチを見せてもらった時、正直『ちょっと違うかな』と思ったんです。CMをやらせていただける意味も当時は判っていなかった」

しかし近藤氏が「レースが好きです」と言ったことに日産広報が「マッチのレーシングカーを作りましょう」とアイデアを出したことで話は一変する。会場では当時のCM映像が上映され、「マッチのマーチ、あなたの街にマッチする」「スーパーアイドル日産マーチ新発売」というキャッチコピーとともに、若き日の近藤氏が元気に歌い踊る姿が映し出された。「高い方で79万円!」と当時の価格設定にも近藤監督は感慨深げな様子だった。

さらに近藤氏は映像を見ながら「言ってることよりも本人やる気満々ですね。嬉しくてしょうがなかったんでしょうね」と笑い、「今でもどこに行っても『マッチのマーチ』って言われます」「(国民車としての)リッターカーというテーマもあったと思うんですよ。今思うと、CMをやらせていただいて良かったです」と振り返った。

◆マーチのレーシングカーが星野一義との出会い

マーチのCMがきっかけで、近藤氏のレース人生が動き出す。日産の広報担当者と当時NISMO大森ファクトリー(ニッサンワークス活動に携わったメカニックを中心に構成された直営のNISMO PRO SHOP)のスタッフなどが話した結果「マッチにマーチのレーシングカーをプレゼントしよう」と企画。当時のTSサニー規格に準じたレース仕様のマーチが製作され、スリックタイヤにインパルのホイールを装着した本格的なマシンとなった。

この時、近藤氏は当時のトップレーサー・星野一義氏と出会う。富士スピードウェイで助手席に乗せてもらった際の衝撃は今も鮮明だという。

レース仕様マーチで星野一義氏と出会ったことからレースを始めたマッチは、国際的なプロレーサーとして活躍するに到る。レース仕様マーチで星野一義氏と出会ったことからレースを始めたマッチは、国際的なプロレーサーとして活躍するに到る。

「富士の100Rのカーブを通過した時のGがすごかった。ジェットコースターより凄くて、コースが斜めに見えた。『この世界はどうなっているんだ!』。こっちは『うわあ』ってなってるのに、星野さんは鼻歌を歌いながら走ってる。この人変だ、と思った」

星野氏から「日曜日に富士に来れば俺は走ってるから、レースに興味あるなら見に来れば」と誘われたことが転機となった。星野氏の「男の魅力」に引き込まれ、『パルサー』での草レース参戦から始まった。「気合いと根性かと思ってたらそういうのは関係なかった」。最初は普通のオジサンたちにも勝てなかったのが、0コンマ何秒ずつの努力で徐々にステップアップ。

スーパーシルエット、フォーミュラ3を経て、1995年・96年には日産ワークスの一員のプロレーサーとして世界3大レースのひとつであるル・マン24時間レースに参戦するまでに至った。

しかし、自分の限界も見極めるようになり「上が見えない俺がこのまま走っていたらいつか怪我するな、と思った時点でやめました。今まで育ててくれたモータースポーツの世界に何かお役に立てることがあればと、2000年にKONDO RACINGを作りました」

◆40年越しに見つけた"マーチ"は、しかしAT車だった

近藤監督が初代マーチの購入を決意したのは2024年のこと。チームのメカニックがネット検索で1台の赤いマーチを発見した。

「マーチは生産終了しちゃったし、僕の愛してるマーチはやっぱり初代だなって思っていた。それがまさか見つかるとは」

販売店に連絡を取ると、担当者はそのマーチの購入者へのプレゼントとして当時のパンフレットまで用意していた。手続きを進めるうちに担当者は「もしかして購入されるのは近藤真彦さんご本人ですか」と気がついたという。

会場に展示された初代マーチ。ボディ下面のマフラーや塗装も見えるように鏡の上に設置されている。この展示に対するこだわりや意気込みが感じられる。会場に展示された初代マーチ。ボディ下面のマフラーや塗装も見えるように鏡の上に設置されている。この展示に対するこだわりや意気込みが感じられる。

ただし1つ問題があった。その車両はAT仕様だったのだ。

「僕はマニュアルでこのマーチを乗るのが夢だった」

別途MT仕様の白いマーチも見つかったが、近藤監督はイメージカラーである赤へのこだわりを捨てなかった。そこで浮上したのが「赤いAT車をベースに、白いMT車から必要な部品を移植する」という方針だ。

この困難なミッションを実際に手がけたのは、日産自動車大学校の学生たちだった。

◆日産自動車大学校がフルレストアした理由

日産自動車大学校には「メカチャレ」と呼ばれるプロのメカニックとともにレース現場で実習を行う活動がある。KONDO RACINGでもSUPER GTのGT300クラスに学生たちが参加しており、近藤監督との間には日頃から信頼関係が築かれていた。

近藤真彦氏と、日産自動車大学校の各地域5校の代表達近藤真彦氏と、日産自動車大学校の各地域5校の代表達

あるとき、取材のインタビューの場でマーチ購入の話が出て、学生から「それって僕たち、ちょっといじらせてもらっていいですかね」と提案が出た。

学校側もこの申し出を全面的にバックアップした。理事長、校長、担当教諭が協議し、全国5校(栃木・京都・横浜・愛媛・愛知)による連携プロジェクトとして進めることが決まった。2025年4月後半から本格始動し、購入から通算で約8か月を費やした大プロジェクトとなった。

●AT→MT化、最大の壁は「配線」

レストアにおける最大の難関は、AT車をMT車に変換する作業だった。ペダルは2つから3つに増え、ATで使っていた部品はそのままMTでは使えないものも多い。そして何より、MT車にしか存在しない配線の問題が立ちはだかった。

「オートマにはない、マニュアルだけについている配線がある。例えばクラッチスイッチなどは存在しないので、継ぎ足さなければならない。配線を全部剥いて、新しく継ぎ足して、ちゃんと動くようにする。単純に部品を付け替えるだけなら誰でもできるが、配線図を見ながら必要な配線を継ぎ足していく作業が一番難しかったようです」(展示車両の側に居た日産自動車大学校の教諭)。

愛知校の学生も「1級整備士課程で一番頭のいい人が頭を抱えながらやっていた。配線だけで丸3日はかかった」と苦労を語った。

ATからMTへの改造は1級整備士免許課程の学生でも悩む難題だった。ATからMTへの改造は1級整備士免許課程の学生でも悩む難題だった。

部品取り用にMT仕様の白いマーチがあったわけだが、方針は「ニコイチ」ではなくあくまで「赤い車をベースに活かす」ことだった。

ただし足回りについては例外的な判断がなされた。赤い車は年式が古くサビも多かったため、年式の新しい部品取り車から下回りの部品を移植。磨いて綺麗に塗装してから組み付けた。

●ガスバーナーで炙らないと外れない排気系

栃木校が担当したエンジンとミッションの取り外し作業では、40年前ならではの構造に苦戦した。現代の車はフランジ接続が一般的だが、当時のマーチはパイプ同士をU字クランプで直接繋ぐ構造。固着してガスバーナーで炙らなければ外れなかった。

エンジンとミッションはガスバーナーで切らないと降ろすことができなかった。エンジンとミッションはガスバーナーで切らないと降ろすことができなかった。

また整備要領書が存在しないため、配線やホース類の接続先がわからなくなる恐れがあった。1つ1つマスキングテープで印をつけ、グループで情報を共有しながら慎重に作業を進めた。

●外装107か所の凹凸、カウルトップは「直せるかわからない」レベル

京都校が担当した外装修復は想像以上の規模だった。ボディ表面の凹凸はなんと107か所。トークショーで学生が「凹凸は何か所あったと思いますか」とクイズを出し、司会者が「20個ぐらい?」と答えると「107個です」という回答に会場がどよめいた。

さらに深刻だったのがカウルトップだ。巣穴やサビが多数あり「正直、直せるかわからないレベルだった」と学生は振り返る。4年生になってから学んだFRP技術を駆使し、チリ合わせまで完璧に仕上げた。

107個もあった凹凸もキレイに直されて、ほぼ新車状態のマーチ。107個もあった凹凸もキレイに直されて、ほぼ新車状態のマーチ。

●まるで新車のような内装も苦労の塊

横浜校は足回りとマフラー、内装を担当。マフラーは意外と状態が良かったものの、やはりサビや朽ちている箇所があった。真鍮ブラシで丁寧に磨き、朽ちた部分にはパテを塗って表面を滑らかに仕上げた。

内装についてはATからMTへの変換に伴い部品構成が異なるため、貼り直しや調整が必要だった。完成した内装はまるで新車のようで近藤監督も「ライン生産から出たばかりの車みたい」と評価した。

内装の美しさは驚くべきでき。こちらもほぼ新車状態。内装の美しさは驚くべきでき。こちらもほぼ新車状態。

●高級車用「スクラッチシールド塗装」を全面施工

塗装へのこだわりは学生たちの最大の自慢ポイントだ。日産の高級車セドリック等に採用されるスクラッチシールド塗装を採用したが、通常は外装パネルのみに使用するこの塗装を、学生たちは下回り、フェンダー内側、エンジンルームに至るまで全面に施した。

「近藤監督が乗るなら、ここまでやらないと」、という学生側のこだわりだった。

高級車に採用されるスクラッチシールド塗装をボディ下面にも施す贅沢仕様で。「たぶん世界一高いマーチ」(近藤監督)高級車に採用されるスクラッチシールド塗装をボディ下面にも施す贅沢仕様で。「たぶん世界一高いマーチ」(近藤監督)

●オルタネーターは"あえてテカテカさせない"

愛媛校が担当したエンジン周りにも、細やかなこだわりが光る。エンジンルームで最も目立つオルタネーター(発電機)の仕上げについて、学生はこう説明した。

「当時のマーチのカタログ写真を見ると、オルタネーターはメッキのようにテカテカしていなくて、シルバーっぽい風合いだった。その雰囲気を残そうと、あえて光沢を抑えて仕上げました」

エンジン本体の清掃も困難を極めた。40年前の車は部品も少なく、外せる部品が限られる中、細かい場所の油汚れを落とすのに相当な手間がかかったという。

当時のカタログに合わせて渋いシルバー仕上げとなったオルタネータ。学生達はマーチだけでなく、当時の近藤真彦氏について検索して詳しく調べたようで、近藤監督は「そこは調べなくていいから」と焦っていた。当時のカタログに合わせて渋いシルバー仕上げとなったオルタネータ。学生達はマーチだけでなく、当時の近藤真彦氏について検索して詳しく調べたようで、近藤監督は「そこは調べなくていいから」と焦っていた。

◆5校リレーで蘇った初代マーチ

全国5校を巡回させる形式は、各校の専門性を活かせる反面、引き継ぎの難しさという課題も生んだ。

「分解した学校がそのまま組みつけ作業を行うわけではない。分解した状態のまま次の学校に送って、その状態がわからないところから組みつけなければならない。『この外したものはどこについていたの』と四苦八苦したと聞いています」(教諭)

できるだけわかるように引き継ぎはしたつもりでも、全部が完璧にはいかない。そういった場面で学生たちはかなり苦労したという。

最後を担当した愛知校は、エンジンとハーネスの取り付け、内装の最終仕上げを行った。エンジン搭載は朝6時から始めて夜9時に終了。実に15時間に及ぶ作業だった。

しかしこの苦労の共有が、5校の学生同士の絆を深める結果にもなった。「今、超仲良しです」とトークショーで学生が語ると、近藤監督も「5校が仲いいっていうのは嬉しい」と目を細めた。

マーチのレストアを通して固い絆で結ばれた日産自動車大学校の各校の代表生徒達。近藤監督も喜びを露わにした。マーチのレストアを通して固い絆で結ばれた日産自動車大学校の各校の代表生徒達。近藤監督も喜びを露わにした。

◆まさかの豊田会長乱入!で大団円

トークショーの終盤に思わぬ闖入があった。イヴァン・エスピノーサCEO(日産自動車)、豊田章男会長(トヨタ自動車)、渡辺康治社長(ホンダ・レーシング)がそろって姿を現し、会場は騒然となった。

エスピノーサCEOは学生たちの作業を見て「自分も昔、ブレーキパッドを変えたり色々やっていた」と若い頃のエピソードを披露。「何よりも自動車を、日産を愛してくれてありがとう」と感謝の言葉を述べた。

豊田会長は愛知校の学生に「愛知にも日産大学校あるんだな。すごいね、(トヨタの地場である)あの地域で日産を選んだという意志の強さ!」など賞賛混じりにジョークを飛ばしまくり、「レースではガチンコのライバル」(近藤監督)に向けて盛んに会場を盛り上げた。

レースではライバルとして「バチバチ」の関係のモリゾウこと豊田章男・トヨタ自動車会長と近藤監督だが、この日は和気あいあいで盛り上がった。レースではライバルとして「バチバチ」の関係のモリゾウこと豊田章男・トヨタ自動車会長と近藤監督だが、この日は和気あいあいで盛り上がった。

最後にマイクを向けられた愛知校の学生は「こんな大きなイベントでたくさんの人々に支えられて、多くを学んだし、たくさんの刺激を得た。この経験をこれから生かしていきたい」と抱負を述べた。

今後について近藤監督は「この赤いマーチが全国の日産販売店を回って、何かメッセージを伝えられたら嬉しい」と展望を述べてイベントを締めくくった。

日産自動車大学校の学生たちがレストアした「マッチのマーチ」1984年式 初代日産マーチK10(東京オートサロン2026)日産自動車大学校の学生たちがレストアした「マッチのマーチ」1984年式 初代日産マーチK10(東京オートサロン2026)

《根岸智幸》

メディアビジネスコンサルタント、ソフトウェアエンジニア、編集者、ライター 根岸智幸

メインフレームのOSエンジニアを皮切りに、アスキーで月刊アスキーなど15誌でリブート、リニューアル、創刊を手がける。クチコミグルメサイトの皮切りとなった「東京グルメ」を開発し、ライブドアに営業譲渡し社員に。独立後、献本付き書評コミュニティ「本が好き!」の企画開発、KADOKAWA/ブックウォーカーで同人誌の電子書籍化プロジェクトなど。マガジンハウス/ananWebなどWebメディアを多数手がけ、現在は自動車とゲーム、XRとメディアビジネスそのものが主領域。 ・インターネットアスキー編集長(1997-1999) ・アスキーPC Explorer編集長(2002-2004) ・東京グルメ/ライブドアグルメ企画開発運営(2000-2008) ・本が好き!企画開発運営(2008-2013) ・BWインディーズ企画運営(2015-2017) ・Webメディア運営&グロース(2017-) 【著書】 ・Twitter使いこなし術(2010) ・facebook使いこなし術(2011) ・ほんの1秒もムダなく片づく情報整理術の教科書(2015) など

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