SEMAで、私はピーターパンに出会った。フック船長を倒すことばかりを考えている彼ではない。心の底からクルマが好きで、寝ても覚めてもクルマづくりのことばかりを考え続けている、永遠の少年だ。大人になることを拒んでいるのではなく、幼い頃から自分が好きなものを好きだと言い続ける覚悟を、彼はずっと持ち続けている。その想いが結晶となった一台は、空を飛び、日本から遠く離れた北米の地に降り立った。まばゆいばかりのグリーンを纏って。
◆世の中に存在しない“ムーンテック”グリーン
MOONTECH A90 GR Supra…SEMA 2025
トーヨータイヤのトレッドパス入り口付近に、人だかりができていた。視線の先にあったのは、2025年最新モデルのA90スープラ。燦々と降り注ぐ太陽の光を受けたその姿は、まず全体を包む色味に心を奪われる。早速、このクルマをつくったMOONTECH(ムーンテック)代表の田口日央(たぐち・ひかる)氏に話を聞くことにした。
MOONTECH 田口 日央さん「外装はオールペイントで、ブリティッシュ・レーシング・グリーンにしています。それに合わせて内装もすべて張り替えました。今回は、”純正仕様の限定車”のようなイメージを持っていたので、あえて控えめにしています。ただ、このインテリアでグリーンが入っている部分はウルトラスエードを使っていて、どうしてもこの色にしたかったので、東レさんに生地をワンロール特注でつくってもらいました。コスト3台分くらいかかっています。世の中には流通していない特別な色なので、このスープラは誰にも真似できない一台になりました」
MOONTECH A90 GR Supra…SEMA 2025内装の色ひとつにも、こんなに隠れたこだわりがある。その色を何と呼ぶのかと尋ねると、田口さんは迷いなく答えた。「ムーンテックグリーンです」と。
昨年、同じトレッドパスに展示されたのは、真っ赤なBMW E36 M3。完全なショーカーとしての仕上がりだったが、今年は「日常で乗れること」を意識したという。アルカンターラを用いた内装や、抑え気味のトーンづくり。その結果、派手さを前面に出さずとも、品格のあるストリートカーへと昇華されている。
MOONTECH A90 GR Supra…SEMA 2025田口さんは、このスープラに組み込まれたカスタムパーツについても丁寧に説明してくれた。ADROのワイドボディキット、マビリスのホイール、アルファレックスのテールライト、CSFのインタークーラーなど、多岐にわたる構成だ。
MOONTECH A90 GR Supra…SEMA 2025中でも印象的だったのが、イギリスのホイールメーカーを選んだ理由だ。今回は特に、「色」にこだわったという彼が選んだだけある。絶妙な磨き加減と色味とが、グリーンのボディをより引き立てている。
◆完成形は、いつも頭の中にある
MOONTECH A90 GR Supra…SEMA 2025話を聞くうちに、ひとつの疑問が浮かんだ。田口さんのクルマづくりは、「このメーカーのこのパーツを使いたい」という発想から始まるのだろうか。
「僕、スケッチができないんです。頭の中に、”このクルマはこうしたら絶対にかっこいい”という完成形が先に浮かびます。そこから、どう加工すればそのカタチになるのか、どんなパーツを選べば近づけるのかを、ひとつずつ具現化していくんです」
MOONTECH A90 GR Supra…SEMA 2025完成図が先にあるクルマづくり。しかも、そのイメージは何日もかけて練られるものではなく、数分、長くても45分ほどで定まるという。31年間、起きてから寝るまでクルマのことを考えてきた人の引き出しの深さが、そこにある。逆算思考で組み立てられるそのプロセスに、思わず息をのんだ。
完成形が先に浮かぶという話を聞いて、私は少しだけ背筋が伸びた気がした。それは単なるセンスや経験値の話ではない。自分の中にある「かっこいい」という感覚を、疑わず、ぶらさず、最後まで信じ切る強さがなければ成り立たないと思ったからだ。流行や他人の評価が入り込めば、その完成図はすぐに歪んでしまうだろう。
だが田口さんの言葉からは、迷いのようなものが感じられなかった。長い時間をかけて蓄えた圧倒的な情報量と経験が、直感を裏打ちし、その直感がまた次の一台を生み出していく。その循環こそが、彼のクルマづくりの核心なのだと感じた。
◆少年のスイッチは、いまも切れていない
SEMA SHOWは世界中のビルダー達が渾身の作品を展示するカスタムカーショーだでは、その尽きることのないクルマづくりへのひたむきな情熱は、どこから生まれているのだろうか。
「僕の原点は、幼少期に親に買ってもらったホットウィールやトミカです。それが僕をクルマ好きにして、そのスイッチが今も切れずにいる。いつか自分がつくったクルマがミニカーになったらいいな、とか。それを今度は自分の子どもに渡せたらいいな、とか。そんな夢を持っています。クルマづくりを始めた理由は、ただ好きだから。それだけです」
毎年大人気のTOYO TIRES TREADPASSでは今年も28台のカスタムカーが世界初披露された田口さんは、自分の夢や願いを声に出して伝えることの大切さを語る。そうすることで、自然とチャンスが巡ってくる。その実感を、彼自身が何度も味わってきたという。それこそが、少年の心を手放さずにいられる秘訣なのかもしれない。だからこそ、13年間SEMAに通い続け、自ら道を切り開き、共鳴する仲間と出会い、いまやトレッドパスに自身の作品を展示するまでに至った。そして、これからももっと世界中に向けてムーンテックを発信していきたいと願っている。
私はこのスープラを、「ピーターパングリーン」を纏った一台と呼びたい。きっといつか、日本でもまたこのスープラに再会する日が来ることを願う。
911 GT3 TOURING…東京オートサロン2025千葉県・幕張メッセで開催されいてる東京オートサロンの2026会場では、今回このスープラの展示は叶わなかったものの、田口さんの手掛けた他のクルマがあちこちのブースに展示されている。一例を挙げると、トーヨータイヤブースにはポルシェ911 GT3 TOURINGがある。
911 GT3 TOURING…東京オートサロン2025ムーンテックが満を持して初披露する新作エアロパーツ、「CONCOURSE(コンコース)」を装着。足元は、トーヨータイヤのスポーツモデルPROXES Sports 2 に、GRスープラにも取り入れたマビリスのホイールを組み合わせている。光りすぎないシルバーのボディに、滑らかなゴールドのホイールが映えた上品な仕上がりの一台だ。写真では伝えきれない、細部に宿るこだわりと質感。その存在感を、ぜひ自分の目で確かめてほしい。




