脱石油で注目を集めている電気自動車(EV)。今月4日に閉幕した東京モーターショー2009でも「これで金取るの?」という声がわき上がるほどボロボロだった展示内容の中で唯一、正視に耐えられたのはEV関連のコンセプトモデルだった。
そのEV群の中でミニマムサイズだったのは、ホンダブースのパフォーマンスにおいて舞台上を走り回った電動一輪車『UX-3』だ。ドライバーが一輪車上に座ったとき、上方から見て車体が人間の体からはみ出さず、持ち運びも片手でOKという軽量・コンパクトぶり。それでいて、体重80kg以上の人が乗っても安定して走行可能というパワフルな走行性能を実現している。
このUX-3は、ドライバーが体重を預けているだけで転倒せずに自力で直立状態を保つことができる。“運転”は、体重の移動によって行い、体重のかけ方によって前後左右斜め、どの方向にも動ける。多少のコツが必要なものの難しくはなく、数分間乗ればそれなりに動けるようになるレベルである。
ホンダはそれを、2つのモーターと6軸ジャイロセンサーというきわめてシンプルなシステム構成で実現させた。モーターはエンジンと異なり、自立させるのに必要な100分の1秒以下での小刻みな制御が可能。自立式の一輪車は、まさにEVにしかできない芸当なのだ。商品化にはほど遠い状況だが、使われている部品自体は高価なものではない。技術が煮詰まりさえすれば、普及価格でリリースすることも不可能ではないのである。
開発担当者は「U3-Xはまだ始まったばかりの技術です。天候が変化する屋外走行にはまだ対応しておらず、動き方の研究もこれからが本番ですが、じっくりと大きく育てていきたい」と、新しいモビリティデバイスの開発に意欲を示す。
この一輪車EVに使われている姿勢安定制御技術は、二輪車にも応用可能なものだ。「U3-Xの制御技術は、もちろん多輪車にも使えます。二輪以上ならば、前後のバランスの制御はかなり楽になりますし」(ホンダ関係者)。U3-Xの技術を進化させていけば、わざと倒さない限り転倒しないような二輪EVを実現できる可能性もあるのだ。
今日の原付の場合、倒れにくいものにするには三輪にするしかない。しかも三輪バイクは取り回しが悪いうえに走行時の安定性、運動性も決して良好とは言えない。取り回しが楽で、停止時も走行時も安定性が良く、原付よりも運転が簡単な二輪EVができれば、運転免許の保有率が低い世代の中高年層がやむなく低速な電動シニアカーを日常の足として使っているような地方の交通網確保にも、大きく貢献することであろう。
ホンダは東京モーターショーで、『EV-Cub』というEV原付のコンセプトモデルを出品した。インホイールモーターなどの新機軸を盛り込んではいたが、ゴムタイヤを原動機で回すというエンジン車の発想からはそう大きく飛躍しているわけではない。
その点、U3-Xの制御は、まさにEVでしか実現できない、まったく新しいもの。単にクルマのパッケージングやデザインが変わるだけでなく、クルマの動かし方自体も変わってくるということを示唆するような事例と言えよう。脱石油でクローズアップされるEVだが、そのメリットは低炭素だけではないのだ。
もっとも、U3-Xのような技術を二輪車や四輪車に適用していくのは、簡単な話ではない。研究開発部門は往々にしてセクショナリズムの権化。とりわけコンシューマー向けの商品を開発している部門では、こうした先端分野の前例がない革新的な発想を、むしろ嫌いかねない。U3-Xを作った当のホンダも、二輪部門、四輪部門、また船外機や耕耘機などを作る汎用機部門などの間で、どうしても壁を作ってしまう傾向があるのは否めない。モビリティを変える革新的なEV開発を行うには、開発体制もより柔軟で風通しのよい環境となるよう、組織を変えていく必要があろう。