【ホンダ グレイス 550km試乗】スタイリングからは想像できない“ロングランナー”

ホンダ グレイスハイブリッド EXのフロントビュー。ヘッドランプやグリル、バンパーの空力形状などさまざまな部分の意匠が変わっている。
ホンダ グレイスハイブリッド EXのフロントビュー。ヘッドランプやグリル、バンパーの空力形状などさまざまな部分の意匠が変わっている。全 21 枚

ホンダのBセグメントセダン『グレイス』で550kmほどドライブする機会があったので、インプレッションをお届けする。

グレイスは現行『フィット』と共通のプラットフォームを使って作られた、アジア市場をメインターゲットとする4ドアセダン。海外では『シティ』名で販売されている。全長4.4m台というセダンボディとしては短めの全長の中に足元空間の広い後席、430リットルの荷室、ハイブリッドシステムを押し込んだ高密度パッケージが特徴。2017年に大規模改良が実施されており、DCTのギア比が前期型と変わっている。

筆者は2014年末~2015年初にかけて前期型で3300kmほどツーリングを行っているので、前期型と比べてどう変わったかも含めて論じてみる。試乗車は上級グレードの「EX」。試乗ルートは東京~北関東一円で、おおまかな道路比率は市街路4、郊外路4、高速1、山岳路1。全区間路面ドライ。1~2名乗車。エアコンAUTO。

では、グレイスの長所と短所を5つずつ挙げてみよう。

■長所
1. NVH(ノイズ、振動、突き上げ)が前期型に比べてかなり改善された。
2. 頭上空間はタイトだが足元空間が広く、シアター配置によって眺めも良い後席。
3. 運転支援システム「ホンダセンシング」装備で長時間走行の負担が減った。
4. 形状がスクエアで実効容量の大きな荷室。
5. 改良型DCTハイブリッドが好フィールで気持ち良い。

■短所
1. 前期型が持っていた姿に似合わない素晴らしい操縦安定性が失われた。
2. 『フィット』後期型に比べるとマシだが前照灯の配光特性が良くなく、光量も不足。
3. ハッチバックのフィットとの部品共用の影響でスタイリングが不恰好。
4. トリムの質感が低い。大衆車とはいえもう一工夫欲しい。
5. 乗り手の技量や運転パターンに大きく左右される燃費。

スタイリングからは想像できない“足”の良さ

ホンダ グレイスハイブリッド EXのリアビュー。こちらは改良前との大きな違いは感じられない。ホンダ グレイスハイブリッド EXのリアビュー。こちらは改良前との大きな違いは感じられない。
グレイスがデビューしたての2014年末、東京~鹿児島間を3300km旅してみた。積雪がなく、好天が続くとの予報を見て、京都の福知山から鳥取に出て、真冬の山陰道を通ってみた。山陰道を一気通貫で走ったのはこのときが初めて。

鳥取から米子、島根に入ってしじみの名産地である宍道、出雲大社のある出雲を通り、世界遺産の石見銀山の手前、大田に達するというところで道路案内板が。下関240km。これだけ走ったのだからそろそろ関門海峡が近づいてきたんじゃないかと適当に考えていた筆者は「山陰の広さをなめてたわー」と衝撃を覚えた。

益田から国道9号線は日本海を離れて瀬戸内に向かう山越えのワインディングロード。そこで感じたのは、どんくさいスタイリングからは想像もできない足の良さだった。良いスキーを履いてパラレルターンを楽しむように、体に感じるGやロールで今、クルマの能力のどのくらいを使って走っているかがわかる。動きもロールから正位置に戻るときの若干のよれなど雑味がないわけでもないが、非常にしなやかだ。パドルシフト付きでギア段のセレクトも自由自在。

ロングラン燃費は24km/リットル台と、良いペースで走ったことを考えれば十分に良い経済性。街乗りグルマでありながら、ロングランがまったく苦にならず、どこまでも旅を続けられそう。格好悪くさえなければ本当に良いクルマなのに…というのがそのドライブの印象だった。

それから4年あまりを経ての再試乗だったが、2017年のマイナーチェンジでグレイスはその方向性を大きく変えたようだった。一言で表現するならば、トータルバランス型から街乗り徹底重視型への転換といったところか。

なかなかの快適移動体

タイヤは185/55R16サイズのダンロップ「SP SPORT 2030」。グリップと快適性のバランスはまあまあ。タイヤは185/55R16サイズのダンロップ「SP SPORT 2030」。グリップと快適性のバランスはまあまあ。
街乗りの快適性は改良前も悪くなかったが、現行はそれが格段に強化されていた。市街路や速度レンジの低い郊外区間におけるNVH(ノイズ、振動、突き上げ)は、国産Bセグメントの中では最良であろう。ロードノイズの透過が少なくなっただけでなく、改良前では道路のひび割れ、補修跡、段差などを越えたときに感じられたバスケットボールを平手でパンパン叩くときのような微妙なフロアパネルの共振がなくなった。細かい段差やアンジュレーション(路面のうねり)を通過した時の当たりの滑らかさも向上。チープな見かけとは裏腹に、なかなかの快適移動体になっていた。

一方で、山岳路におけるナチュラルきわまりない走りやすさは何と引き換えになったのか、影も形もなくなった。もちろん危険なハンドリングということではなく、普通に走るのに何の支障もない。なくなったのは自分の足で走るような、気持ちよいほどの自在感だ。今回は550kmというショートトリップであったため、特性をみようと意図的に夜に表筑波スカイラインなどを走り回っただけだが、サスペンションがよく動いて路面の不整をなめ取るような動きは最後まで感じられなかった。グレイスのメインユーザーは市街地走行主体の近距離用途なので、ツーリング性能を頑張らず市街地向けの項目を良くするというのは正しい判断とも言えるが、個人的には何か口惜しいものを覚えたのも確かである。

電気モーターを実装したDCT(デュアルクラッチ式自動変速機)とミラーサイクル1.5リットル直4DOHCエンジンを組み合わせた「i-DCD」は、フィットハイブリッドなどでリコールを連発した初期型とギア比が異なる改良型。それが搭載された『フリードハイブリッド』や改良版フィットハイブリッドでは、挙動は安定したものの初期型が持っていた素晴らしい切れ味が失われてナマクラな感じになってしまったのが残念に思われたのだが、グレイスでは爽快なフィールが戻ってきていた。グレイスとフィットは同時期にマイナーチェンジを受けているため、ランニングチェンジで制御プログラムの熟成が図られたのかもしれない。試乗車にはパドルシフトがついてたため、手動で任意のギア段をチョイスすることが可能だった。

エコランで29.4km/リットルも!

総走行距離557.9km。燃費計はホンダ車の中でもそこそこ正確なほうだった。総走行距離557.9km。燃費計はホンダ車の中でもそこそこ正確なほうだった。
燃費はショートトリップながら3区間にわけて計測。満タン法による実測燃費は市街路・郊外路・高速を走った区間が21.8km/リットル。郊外路と山岳路を優速に走った区間も21.8km/リットル。郊外路と市街路が半々の区間をエコラン気味に走ったときが29.4km/リットル。オーバーオールでは約24km/リットルであった。以前、改良型フィットハイブリッドの800km試乗を行ったときは変速機が変わって実燃費が落ちたと思ったが、グレイスではそんなことはなかったので、あの時は何か他に原因があったのだろう。依然として十分に良い経済性と言える。

クルマの使い勝手は改良前と変わらず、グレイスの美点だ。不十分に思えるのは後席のヘッドクリアランスで、身長170cm台後半くらいのパセンジャーがきちんと座るとルーフトリムに頭が接触するのではないかと思われたが、それ以外の点については実用車としては本当に素晴らしい。後席はドアとボディの重なり部分が少なく、上下方向の開口寸法が大きく取られているため、うっかり頭をぶっつけたりするような気づかいがない。高齢者の乗り降り性もセダンとしてはきわめて良い。車内からの眺望は前席、後席とも良好で、閉鎖感は非常に小さい。

荷室はスクエア形状でヨーロッパ車ばりに使いやすい。荷室はスクエア形状でヨーロッパ車ばりに使いやすい。
今回は貨物を積載する機会がなかったが、ラゲッジルームはスクエアなスペースが大きく確保されており、大きな旅行用トランクを並べて置いたりといった用途にも十分耐える。VDA方式による容量は430リットルとそれほど大きくないが、実用性は抜群。アジアのユーザーの要望に応えるという目的あってのことだろうが、後席の乗降性といい、こういう生活実感を大事にした設計はホンダの良心的な部分である。

そんなホンダが何でこんな設計をと疑問に感じられたのはヘッドランプである。改良前と異なり配光特性が悪く、街頭のない暗い夜道を走りにくいのだ。フィットのように身の危険を感じるというほどではないが、ハイビームでも心もとなく感じられる。LEDはハロゲンやプラズマ放電管に比べて光の指向性が高いので、意図的に拡散させてやらないと照射範囲の境界線がスッパリと切れ、照らされていないところが真っ暗になる。ホンダ車でもちゃんとそういう設計になっているモデルもあるので、技術面で問題があるとは思われない。できれば改良していただきたいところだ。

セダンらしさが増したデザイン

ホンダ グレイスハイブリッド EXのサイドビュー。ずんぐりとしたフォルムだが、空力特性は良さそうだった。ホンダ グレイスハイブリッド EXのサイドビュー。ずんぐりとしたフォルムだが、空力特性は良さそうだった。
全長4.4m台という制約の中で室内長を最大化し、荷室も大きくという、スタイリング面では不利な要素が満載であることを考えると、グレイスがある程度ずんぐりした格好になるのは避けられない。が、グレイスがこんなにずんぐりしたデザインになった理由はそれだけではあるまい。外板の一次プレスをフィットと共通化しようという意図が強すぎたのが、極度に前につんのめったようなフォルムになった一因だろう。

90年代、ホンダは『ドマーニ』という、フォルクスワーゲン『ヴェント(3代目ゴルフの派生セダン)』に似た4ドアセダンを出していたことがある。地味だったため販売は芳しくなかったが、ハイデッキ化で荷室容量をキッチリ稼ぎつつ車内スペースも確保し、それでいてセダンらしい凝縮感のあるデザインを実現していた。本来ならああいうフォルムを基本として空力を整えながらデザインを与えていくほうが、ずっといい形にできただろう。

それでも改良前に比べると、セダンらしさは増しているように感じられた。2017年のフェイスリフトでフロントフェイスの厚み感が増したことが功を奏したのであろう。また、今回の試乗車は綺麗なブルーメタリックに塗られていたが、それがスバル『WRX STI』と被るようなイメージを醸しており、それも印象を良くするのに貢献していたような気がした。

まとめ

グレイスは今となっては貴重な5ナンバーサイズの4ドアセダン。トヨタ『カローラ』がに3ナンバーに移行した今となっては、5ナンバーはこのグレイスとトヨタ『プレミオ/アリオン』くらいしかない。トランク付きの小さなクルマが欲しいというカスタマーは高年層が主体であろうが、ハイブリッドという条件も加味するとグレイス一択という状況になった。

グレイスの販売が今後も現在のレベルで推移するならば、もはや5ナンバー幅を厳密に守ったセダンの需要自体がないに等しくなったとみるべきだろう。ライバルを探すとすれば、むしろBセグメントの5ナンバーハッチバックだが、それらのモデルを見回すと乗り心地や静粛性の点ではグレイスが相当上回るので、直接競合は少ないだろう。同じホンダの小型ステーションワゴン『シャトルハイブリッド』が好敵手だ。

春に熱気球レースが行われる渡良瀬遊水地にて。春に熱気球レースが行われる渡良瀬遊水地にて。

《井元康一郎》

井元康一郎

井元康一郎 鹿児島出身。大学卒業後、パイプオルガン奏者、高校教員、娯楽誌記者、経済誌記者などを経て独立。自動車、宇宙航空、電機、化学、映画、音楽、楽器などをフィールドに、取材・執筆活動を行っている。 著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。

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