モビリティ革命タイヤ、エナセーブ NEXTIII はなぜ1サイズのみで販売開始なのか?

住友ゴム工業 執行役員 村岡清繁氏
住友ゴム工業 執行役員 村岡清繁氏全 7 枚

住友ゴム工業が10月に発表したダンロップ『エナセーブ NEXTIII』は、同社の「SMART TYRE CONCEPT」の現状の主要技術を投入した最初の製品となる。12月1日の発売開始時点で195/65R15 91Hの1サイズのみだ。なぜ1サイズからの市場投入なのだろうか。

近年、素材技術や製品の開発において、画像処理や3Dシミュレーション、ビッグデータ解析といった新しい設計手法やツールの取り入れが業界のブレークスルーを後押ししている。タイヤの新製品開発もそのひとつの例といえるだろう。タイヤのレベリング表示導入と前後して、純正装着タイヤやアフター用交換補修タイヤでは、ライフ、ウェット性能、環境性能(主に燃費)を高いレベルでバランスさせたものが、各社から毎年投入される。

現在、エコタイヤなどとよばれるカテゴリーではAAAaというランクまで達成されている。AAAaは、転がり抵抗とウェットのグリップ性能が、ラベリング表示の最高レベルとなる。

エナセーブ NEXTIIIもAAAaを取得しているが、住友ゴム工業では、単に燃費やウェット性能を追求するために開発されたものではない。CASE車両やモビリティ革命といった、業界や社会の変革に対応するための新しいタイヤと位置づけられている。もちろんその結果が燃費性能、耐摩耗性能、ウェット性能の向上にもなるのだが、目的は新時代のタイヤ開発。

では、CASE車両やモビリティ革命では、タイヤに求められる性能はどう変わるのだろうか。そのカギは自動運転とシェアリングだ。自動運転やシェアリングが広がる社会では、必然的に車両の稼働率が上がる。燃費やライフの向上はダイレクトに影響する。

また、自動運転カー、無人カーの場合、路面や天候に左右されない制御や車両の性能が重要となる。タイヤのドライ性能とウェット性能に開きがあると、制御はそれだけ難しくなる(または両立できない)。耐摩耗性能に加え、経年変化での性能劣化も同様に抑えたい。

さらに、電動化ニーズの背景にある環境性能。燃費向上によるCO2削減だけでなく、LCA(ライフサイクルアセスメント)によるトータルな環境性能の向上がいまのトレンドでもある。製品そのもののCO2削減機能に加え、製造、流通、廃棄やリサイクルで発生するCO2も考慮する考え方だ。LCA評価では、たとえばタイヤの転がり抵抗が下がり燃費が向上すると、全体に占める原材料や製造段階、流通段階に占める環境性能貢献度の比率が高くなる。

新しいエナセーブは、このうち次の2点に応えるために開発された。

・耐摩耗性能・経年変化の低減による高稼働率運用と自動運転の安全性能
・バイオマス素材使用によるLCA

これを支える技術が、水素添加ポリマーとセルロースナノファイバーだ。

水素添加ポリマーは、JSRが開発した新素材。特徴は分子同士の絡み合いの増加、硫黄架橋点の均一化、炭素二重結合の減少にある。水素と名がつくが、エセ科学水素水とはわけが違う。ゴムやシリカ、柔軟剤その他の合成ゴムの分子構造および物性を向上させることができる。水素添加ポリマーは分子鎖の広がりが大きい。結果的に分子がからまりやすく強度がでやすくなる。

同様にポリマー同士(とくに硫黄分子)のつながりが分散され、組成が均一になる。これは物理的な応力に対して、負荷が集中する部分がなくなり、強度や寿命に貢献する。ポリマーの結合において二重結合と単結合が混在するとき(普通そうなる)、二重結合と単結合が隣同士になると、単結合部分が破壊しやすくなる。破壊されるだけでなく、破断面が酸素と結合しやすくなる(酸化しやすい)。

酸化は素材の劣化につながるが、単結合同士だと、破壊されたときつながる相手は同じ断面となることが多い。わかりやすく言うと、単結合部分が多ければ、分子鎖が破断しても修復される可能性がある。

セルロースナノファイバーは、木材から抽出される植物繊維をナノレベルに分解したもの。これをゴムに混ぜ込むことで原材料部分の石油由来製品を低減させる。ゴムに混ぜるといっても、ナノレベルで素材に結合され、ゴムに繊維状の組織構造を作り込むことができる。これによって、繊維に対する応力の方向でしなやかさと強度が変わる。エナセーブ NEXTIIIでは、タイヤのリム接合部に使うことで、タイヤの転がり方向の剛性を確保しつつ、上下方向のしなやかさと両立させている。

セルロースナノファイバーは、日本製紙が開発し、それを三菱ケミカルが天然ゴムラテックスにコンパウンディングした。住友ゴム工業は、このゴム素材を加工、圧延し、繊維の方向を揃えた。

セルロースナノファイバーが使われている部分は、タイヤ全体のLCAの中では2%程度と現状は高くないが、今後、適用箇所が広がればその比率は当然上がる。また、2つの新技術投入による生産ラインの変更や改修も発生していないという。カーボン・オフセットが期待できる植物由来ということを考えれば、LCAのうち原材料部分の取り組みとしては効果ありといっていいだろう。

なお、LCAの考え方は難しい。例えば、EVはHVやディーゼルより環境性能が高くなるという議論があるが、国ごとにエネルギーソースが異なり、流通・製造過程のCO2計算が同一条件にならない。現実的には、LCAによってHVや内燃機関とEVとの差が縮まるという方が正しい。LCAの絶対的な指標や比較方法が確立されていないので、発電、原材料、製造工程、流通、運用、廃棄とフェーズごとに削減を積み上げる考え方は合理性がある。

さて、ようやく冒頭の疑問に戻るわけだが、新しいコンセプトで開発された次世代タイヤとも呼べる新製品が1サイズのみで市場投入されるのはどうしてだろうか。

「やはりコスト面、どうしても価格が高くなってしまうから」(住友ゴム工業 執行役員 村岡清繁氏)

聞いてみると、シンプルな理由だった。次世代を見据えて新技術や新素材を投入した製品なので、従来品より製造コストが上がるのは当然だ。このような場合、商品戦略上は、製造ボリュームを確保して全体の単価を下げるわけだが、その価格設定が難しく、もっとも汎用性が高く車種を選ばないサイズ、195/65R15に落ち着いたのだろう。

同社の発表資料によれば、エナセーブ NEXTIIIは、従来製品より亀裂摩耗が27%、メカノケミカル変化(分子鎖の破壊によって酸化が発生するような物理的変化と化学的変化が同時に現れること)が62%、経年変化が50%、それぞれ抑制されたという。この性能が評価されれば、高稼働率の商用車、シェアリングカー、自動運転カーでの採用が広がり、同様なタイヤのバリエーション展開が可能になる。

エナセーブという、従来からのエコタイヤの延長のようなイメージを抱きがちだが、NEXTIIIは、その先を見たタイヤだ。業界としての新しい取り組みを評価、期待したい。

《中尾真二》

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