日系メーカー各社にとっての北米EV市場とバッテリー・サプライチェーン…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 中西孝樹氏[インタビュー]

日系メーカー各社にとっての北米EV市場とバッテリー・サプライチェーン…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 中西孝樹氏[インタビュー]
日系メーカー各社にとっての北米EV市場とバッテリー・サプライチェーン…ナカニシ自動車産業リサーチ 代表 中西孝樹氏[インタビュー]全 1 枚

CASE革命を迎えた自動車産業は、100年に一度の大変革期を迎えている。電動化への転換はさらに加速化し、国内自動車産業は時代を先読みした新戦略が必要だ。日系メーカー各社の北米市場での戦略と、バッテリーの新サプライチェーン構築への道筋を、ナカニシ自動車産業リサーチ代表の中西孝樹氏に聞いた。

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北米市場は2030年にEV比率3割へ

---: まず北米のEV市場の動向についてお聞きします。バイデン大統領に政権が替わって風向きが変わってきましたね。

中西氏:そうですね。輸送部門で電動化を進めるためのインフラ予算、あるいは買い替えの補助金予算、そういうものを大きく掲げていますので、電動化への変換の比率は加速的に上がると思っています。

バイデン・ジョブズプランで提案した2兆2000億ドルの予算のうち、1750億ドルという予算が電動化につぎ込まれる。このうち約1000億ドルが買い替えのための補助金になります。

---:すごい予算ですね。

中西氏:そうですね。バッテリーEVの購入時に8年間の期間平均で1台当たり7000から7500ドルくらいの補助金が付くと思われます。EVは庶民にはまだ高いですが、富裕層からすれば、補助金で更に安く買えるということで購買意欲が高まってきますし、加えて、アメリカはガバメントフリートという政府の公用車を大量に保有していますので、これらを早い段階でEVに変えていく政策も出てます。これによって電動化比率が加速して、2030年ごろまでに最低25%、最大40%くらいに到達する可能性があると思っています。恐らく30%程度の確率が高いと見ています。

---:非常に高い比率ですね。

中西氏:確かにそう聞こえますが、日本でも2割くらい、ヨーロッパに至っては5割になると考えられます。その変化に消費者やインフラが付いていけるかどうか確信は持てませんが、とにかく出口であるカーボンニュートラルを2050年で実現しよう、COP26(※)の世界を本当に実現しようとすれば、最初の10年間でそれくらいの変化をやらないと追いつきません。

※第26回気候変動枠組条約締約国会議

---:COP26を念頭に置くと、そういうロードマップにならざるを得ないと。

中西氏:はい。菅首相も2030年の中間目標でCO2削減46%と政治的リーダーシップで決定していますので、課題は多いですが、これに到達しなければ社会的責任が果たせない。あるいは消費者やステークホルダー、投資家の信頼を得られないので、各社真剣に取り組んでいるという事です。

私自身、アメリカも広いですからそんなに簡単じゃないと思うし、補助金頼みの政策は結果うまくいかないというのも、中国のいわゆる新エネルギー車政策で強く感じていますので、一筋縄ではいかないとは思いますが、政府はインフラ整備に巨額の資金を投下することをコミットしていますし、産業界としては、自らの企業の好機に取り込むべく、バッテリーEVに対して前向きな構造転換をやっていこうという機運は盛り上がっていると思います。

環境政策が自国の産業を成長させる

---:とはいえ、アメリカでも新車販売に対するバッテリーEVの割合はまだ数%ですね。

中西氏:その実態はほぼテスラですね。今年には3%に届く可能性があります。テスラが先行して有利な戦い方をして、テスラを魅力的に感じるユーザー層が付いていますね。一方でレガシーEV(※)は売れていません。

※主に日産『リーフ』、シボレー『ボルト』など。テスラ以前の旧世代EVを指す。

しかしこれからフォード『マスタング マッハE』やGMシボレー『シルバラード』など、新しい世代のEVが投入されます。それらの車はレンジも長くパワーもありますし、コネクテッド機能も充実して、車そのものの魅力も増えてきていますよね。ですので、そういった車がユーザーにどの程度受け入れられるのか、それによってEVのシェアが変わってくると思います。

---:なるほど。GMやフォードが一気にEV路線を強調し始めたのは、政策の後押しを見越していたからなのでしょうか。

中西氏:もともとGMやフォードは、電気自動車への転換を2019年から言い続けていたのですが、トランプ政権に移行した後にその流れはいったん減速し、それがバイデン政権に替わったことによって一気に加速している状況です。

アメリカはパリ協定に復帰し、2050年カーボンニュートラルを宣言しましたので、その実現のために国家はエネルギー戦略を掲げる。企業戦略と国家戦略を同期させるという意味において、GMの動きとバイデン政権はまさに一蓮托生です。環境政策を実現するためのエネルギー戦略であり、エネルギー戦略が自国の産業を強化するという順番です。

これが一番強いのがヨーロッパで、自国の産業、自国経済優先主義なんです。つまり、エコロジーとビジネスの話を一緒にしている訳です。ヨーロッパは炭素税という枠組みの中で自国の経済を自国で強化しようとしている。アメリカは炭素税反対論者が多いので、バイデンバジェットで補助金を投入する。環境対応と言いながらその実、自国の産業を強化しています。こういった動きは、日本人の想像を超えて素早く連携し、確立してきています。

日本では、地道に省エネを進め環境を大事にしようと生真面目にやっていますが、欧米の話には、その裏にもの凄く生臭いお金の話があることに気付くべきです。つまり、日本の自動車産業が、欧米の自国中心主義のエネルギー産業政策の中で弱体化されるのは困ります。

調達戦略が問われる日系メーカー

---:日本勢は、欧米が主導するルールに乗れてないということですか。

中西氏:はい。これまで日本は、欧米が決めたルールの中で、少しでも良いものを作って伸びてきました。まさにデファクト戦略です。日本はそうして生き残ってきたわけです。その根底にあったものがモノづくりの力です。

しかしルールが大きく変わって、(モノの良し悪しは)CO2の排出量で決まると言われたら、モノづくりの力では対処できません。クリーンな産業を興してそれを輸出の原資に変えていかなければいけないのに、日本では原子力発電の未来さえはっきりしない中で、再生可能エネルギー比率を低コストで上げていくのは難しいですよね。

---:日本はもともと再エネ比率が低いですしね。

中西氏:今後は車載バッテリーが真っ先にライフサイクルアセスメント(※)で評価されるようになります。アメリカのUSMCAという貿易ルールがあり、現地調達率75%が必要です。ヨーロッパも基本的には同じで、現地生産せざるを得ない。

※ある製品のライフサイクル全体における環境負荷を測定する手法。原料調達から生産・流通・消費・廃棄・リサイクルに至るまでを評価する。

こういった状況を考えた時に、日本の自動車メーカーは、電動化技術では強いのに、現地調達やローカリゼーションではまったく布石が打ててない。

---:そういう中で、2030年にEVのシェアが3-4割という北米市場に向けて、日系メーカーはどんな戦略を持っているんでしょうか。

中西氏:ここで興味深いのが2030年の各メーカーの計画です。トヨタとホンダ、両社でアメリカ市場の3割のシェアを持っているメーカーが、北米のゼロエミッションビークル(EV/FCEV)販売比率を、ホンダは40%、トヨタは15%と計画しています。

トヨタの15%という数字は、ハイブリッドに対する自信の裏返しでしょうが、ホンダの40%という計画は、フォードよりも強気な数字です。しかしホンダは、いまだEV専用プラットフォームもなければ、電池工場1個持ってるわけでもない状態です。

---:ちょっとイメージできませんね。バッテリーをどうやって持ってくるのか。

中西氏:バッテリーはいま世界中で激しい取り合いになっていますので、サプライチェーンを含めた垂直統合戦略を持っておかないと、自動車メーカーとして生き残れない時代になりつつありますね。

---:ホンダにはバッテリーメーカーとの強力な提携関係があるのでしょうか。

中西氏:GMがあります。ホンダは、北米はGMを一つの軸にしながら、自前のものをどれだけ用意できるか。中国はCATLと戦略的提携関係があるので、それを軸に自前のモーターとインバーターをきちんと準備する。まだまだ課題はありますが、一応戦略パートナーとしてGMとCATLの2つの名前が挙がっているのは事実です。この2つの名前があるだけに戦略的な拡大の絵が描ける可能性は残しています。

---:GMはLG化学との合弁でバッテリー工場の建設を発表していますね。

中西氏:4月の三部社長の就任会見の時に、GMのアルティウムバッテリー(※)を載せるというのは有力な候補の一つであると回答していますので、この選択肢は間違いなくあります。

※GMとLG化学との合弁で生産する予定のバッテリーの名称

中西氏:2030年にEV比率40%という計画に対して、まず2024年にGMから2種のEVのOEM供給を受ける予定です。これをおそらく数万台売るということでしょう。次のステップが、2027年に北米向けEV専用プラットフォームを導入する計画です。しかしこれだけでは、2030年にEV比率40%という数字はイメージしにくい。

でもそれを目標に掲げなければならないほど、電動化に向けた社会の圧力が強いという背景があります。トヨタの場合は、いろいろな技術を持っている分、変化に対応する手持ちのカードがありますが、ホンダの場合は、より厳しい所にゴールをセットしながら企業改革を急がなければいけないという危機意識がありそうです。

---:しかしトヨタにしてもバッテリー生産能力が十分ではないと感じるのですが。

中西氏:なにせバッテリー生産能力が2030年には180GWh必要なところ、今のトヨタには2GWhしかないので、すさまじい量の拡大が必要ですが、全部自前でするつもりはないと思います。ハイブリッド用のバッテリーを豊田自動織機やGSユアサ、東芝とのアライアンス、EV用バッテリーは自前のPPES(※)や提携関係にあるBYD、CATLで作り分けるのではないでしょうか。本当に量が必要になるのは2025年からですけどね。

※プライム プラネット エナジー&ソリューションズ。車載バッテリー事業に関するトヨタとパナソニックの合弁企業。

---:そうすると、2025年までの間にどれくらい確保できるかが重要ですね。

中西氏:ある程度の電池生産規模の構えを強く示さなければ電池に必須な希少資源の調達は困難です。バッテリーのサプライチェーンは戦略的に構築するべきだ、ということを強調したいですね。

---:ありがとうございました。

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《佐藤耕一》

日本自動車ジャーナリスト協会会員 佐藤耕一

自動車メディアの副編集長として活動したのち、IT企業にて自動車メーカー・サプライヤー向けのビジネス開発を経験し、のち独立。EV・電動車やCASE領域を中心に活動中。日本自動車ジャーナリスト協会会員

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