【和田智のカーデザインは楽しい】第1回…世の中から「美しい」が消えている

カーデザイナー和田智氏
カーデザイナー和田智氏全 6 枚

100年に一度の変革の時代、などと叫ばれる自動車業界の地殻変動の中で、自動車のデザインはどうあるべきか? 新連載『和田智のカーデザインは楽しい』では、カーデザイナー和田智が、自由に思考を迸らせながら、自らのデザイン・ランゲージとリソースを駆使して、次の時代のデザインに求められる要素を照らし出す。

◆「カーデザイナー和田智」が伝えたいこと

----:これまで日産から始まってアウディでのキャリアや仕事を通じて、現在は自動車以外のアイテムも手がけるプロダクト・デザイナーとしても知られています。その中で、「カーデザイナー和田智」として、一貫して伝えたいこととは?

和田智(敬称略、以下和田):ぼくは単純にデザインの仕事をカーデザイナー、プロダクト・デザイナーとして請けるだけでなく、現在の環境問題や変革に対してデザイナーとして何ができるか? ぼく自身ができるものが何か? そして今後の自動車業界に何かしら役に立っていきたいという気持ちがあります。

その理由はこの50年間ぐらい、ぼく自身の成長も、日本のケースでも、やはりクルマにすごくお世話になって、この社会が成立しているということ。どういう風にクルマがあるべきか。クリエイターとして、つくる側の意識と使い勝手側の意識、消費者の視点や立場をどのように繋げていかければいけないか。これまでの方法では役に立たないと考えています。

この関係をよりよくすることが、ぼくらの暮らす社会にとってもいいことだと思うのです。単にデザインの話だけでなく、乗りものに乗って人間が動くことが、これからのぼくらの成長にとってどれだけ必要であるか、「動くことは楽しいことなんだ」ということを、自分の経験をふくめて語っていけたらと考えています。

----:そのような考えに至ったきっかけはあるのですか?

和田:ぼくは海好きのサーファーで、同じぐらい“歴”は長いのに、デザイン以上に上手くならないサーフィンを続けているんですが(笑)、例えば、最近、七里ガ浜の駐車場で初代の日産『テラノ』に大学生ぐらいの男の子と女の子が、リアゲートを開けて二人、座っていたんです。その光景を見てある意味、自分の過去を思い出すような、愛おしい風景だったんですよ。こういうカップルまだいるんだ、と。

クルマを取り巻く社会の目とか人間関係は何十年前とは違っていても、一台の古いテラノが彼と彼女を結びつけているのを見て、クルマってそういうもの、人と人を結びつける何かをもっている、人々の人生に大切なものだったよね、と。そういうことを自分の経験の中で話していきたい。クルマをデザインするカーデザイナーって今、こんなことを考えていて、こうやってロマンを作っているんだということを。

人間が人間であることの意味を、デザイナーはまったく違うエネルギーの中に依存している人種だと思うんです。中高生の頃に絵の好きな人は何人かいても、その中から美大に行った人って何人ぐらいいました?

----:そう多くはなかったですね。

和田:ええ、一人か二人ですよね。不適切かもしれませんが、仮にそれを「美しい馬鹿」と呼びましょう。多くの人と違ったルートを歩む馬鹿は、馬鹿なりにやらなければならないことがある。それは案外、人間のもっとも深いところでドロドロしたものかもしれない。そういったものを浄化して、なおかつ大切なんだよと、レールの上にのっていたら分からないことを伝える、可視化する。それがデザイナーの仕事なんです。

ネット上でのコミュニケーションでも、デザイナーがコミュニケーションで示す役割は大きい。インターネット社会になった時に「動く」ということが、昔に比べればはるかに少なくなってきた。文章もコミュニケーションにおける表現のひとつで、その重要さや内容をデザイナーの言語、美しい馬鹿が、どう人生を楽しむことができるのか? クルマやその他の手段を通じて、新しいロマンを作っていきたい。これを若い世代に伝えていきたい。

今、冗談が利かない時代になりつつあるじゃないですか。言葉尻ひとつで炎上したり誤解を受けたりするから、センシティブになっている。人間であることというのは、そういうことも許容して、お互いが見つめ合うような状況をつくれるもの、繋いで行けるもの。それがクルマであり、スマホではできないこと。そこを新たに掘り出して、伝えていく。

スマートフォンでウェブを閲覧すると、どこへでも行った気分になるけど、それは経験とはいわないですよね。あくまでも知識。でもぼくが思うのは、経験こそが自分の活力となっていく。ホントに行く、見る、出会う行為が、人間の成長になり、退化を防ぐ。自分もそうでしたけど、日本を一度出て、世界はどういうものか触れてみる。動いてみることで、そこで何が起こっているか、悩んで考えるのが好きなんですよ。

----:今回の連載の大きなテーマということですね。

◆スマホにできないことは「走ること、動くこと」

和田:じつは最近話題のChat GPTに、現役カーデザイナーがデザインの解説をする「カーデザインは楽しい」という原稿を書いてください、というお題を出してみたんです。引用して読み上げますね。

「カーデザインは私にとって楽しいものです。クルマはひとびとの生活に深く関わる乗り物であり、そのためにカーデザインはその人々に深く影響を与えるものだと思います。カーデザインを通して私は人々の生活に貢献できるという喜びを感じています。カーデザインは美学や機能性、エンジニアリングなど、多様な要素が考慮しなければならない総合芸術のひとつだと私は考えます。それによってカーデザインには多くの挑戦があり、それらを解決するために自分自身を常に向上させることが必要です」

「例えばデザインのコンセプトを考える際には、そのクルマがどのような人々に向けられているのか、どのような価値観をもっているのかを考慮しなければなりません。またクルマのデザインは安全性やエネルギー効率などの機能性も生み出すことが必要です。これらの要素を考慮しながら、美しく機能的なカーデザインを作り出すことは、私たちの使命だと思います」

「そしてカーデザインを通して、私たちは時代や文化、人々のライフスタイルなど多くの要素を表現することができます。そのために私たちはつねにトレンドやテクノロジーの進歩に敏感でなければなりません。そしてそれらを採り入れながら、新しいカーデザインを生み出すことが求められます。私はカーデザインには多くのチャレンジがあり、つねに向上心を持ち続ける必要があるものだと思います。しかしそのチャレンジを乗り越えた時の達成感や喜びは、何物にも代えがたいものです。カーデザインは私たちが楽しみながら、人々の生活に貢献することができる素晴らしい仕事です」

----:すごいですね。ちゃんと一貫した内容に読めるし、我々の仕事がなくなってしまいそうです。

和田:これ、一秒で出してきたんですよ。かなり真っ当な答えですよね。ぼくが思ったのは、アタマいいんだなこの人(Chat GPT)、馬鹿じゃないなと。確かに、こういう側面も必要なのかもしれない。でも、彼は「面白くない」。

ぼくが言いたいのは、Chat GPTを否定したい訳じゃない。素晴らしいツールだと思うし、実際、フリーランスでやっている以上、コンピューティングにすごく依存していますし、その点では新たなパートナーの出現かもしれません。でも面白くない。だからこのポイントが、人間なんだと。AIにはできないことをぼくらはどう表現し、共有できるか。ある意味、これからも成長できる部分があるなら、そこじゃないかと。

Chat GPTは人間が試されているなと、ぼくは感じます。それこそ今、生成型AIでデザインも要素や記号を入力したらまだ不完全にせよ、ある程度のものは出力されてくるでしょう。でもそこに人をときめかせるものがあるかというと…。

----:そこにロマンはない。

和田:ぼくにとって、クルマって子どもに近い存在なんです。ぼくは結婚していますが、子どもはいない。でも家内もデザイナーなので、ぼくらが作り上げたものはベイビーになっていくような意識はあります。カーデザインがなぜ楽しいか? そのポイントは、カーデザインはデザイナーの人柄が出るんです。逆にいうと、ぼくにとって「人柄が出ていないクルマはつまらない」んです。

----:そこまで言い切れるんですか? それは、クルマのデザインならではのことですか?

和田:言い切れますねぇ。基本的に「動くものは生命感を帯びる」んです。鉄道も飛行機も動くものですが、動くものの生命感の意味合いを人間が感じとるとき、愛が湧いてくる。一方でこれだけ普及したスマートフォンに、愛はあるか? ということです。

仮説ですが、今の時代、ネットに夢中になるほど、そこに愛情をもつ意味合いは薄れるのではないか? 携帯電話やスマートフォンをお守りのように肌身離さず持ち歩くのはここ20年ぐらいの状況です。だからケータイを超える何か、よりいいひとつのツールをつくりたいと思うんです。

スマホにできないことは「走ること、動くこと」。ぼくの経験からいうと、動くことの生命感はより大きなダイナミズムを生む。次の時代の何かは、ひとつの生命感を帯びた、より人間としてパートナーとして意味合いがより強くなれるようなものになる。これは創造的次元の話ですし、クルマがこれからどのように進展するかまだ未知数です。

今の状況でいえばEVがある種、スマホ化する要素もあるでしょうし、それが転換点になって移動の意味合いが変わる可能性も出てくる。怖いけど興味深い部分でもある。その意味で、カーデザインがデザイナーの人柄といえるのは、その良さをどう未来に、形を変えて伝えられるか? そこがカーデザイナーの醍醐味と考えますけどね。

◆クルマのデザインは社会の鏡になっている

和田:もうひとつ「カーデザインがデザイナーの人柄の反映」と言い切れる理由は、世間で思われるイメージよりタフな仕事だからです。ぼくは時計やプロダクトのデザインもしますが、クルマはプロダクト・デザインの中でいちばん大きいアイテムです。いまだにカーデザインのプロセスが特徴的なのは、フルサイズのクレイモデリングがあるということなんです。


《聞き手:宮崎壮人、まとめ:南陽一浩》

南陽一浩

南陽一浩|モータージャーナリスト 1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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