【和田智のカーデザインは楽しい】第11回…未来を切り開くメルセデスデザインの「二刀流」

和田智氏の直筆によるメルセデスAMG GT 4ドア(上)とメルセデスベンツ EQS(下)のスケッチ
和田智氏の直筆によるメルセデスAMG GT 4ドア(上)とメルセデスベンツ EQS(下)のスケッチ全 20 枚

第11回目となる「和田智のカーデザインは楽しい」。今回は歴史も含めて世界最高峰ブランドである「メルセデスベンツ」を取り上げる。現在のメルセデスのデザインには大きく2つの潮流があり、それこそがメルセデスの強みだという。

◆クラシックとイノベイティブ

----:今回はメルセデスベンツについて語っていただきたいと思います。和田さんにとってメルセデスはどのようなイメージですか。

和田智(敬称略、以下和田):まず、歴史も含め世界最高峰のブランドでしょう。いろいろなクルマをつくってきた経緯とともに、デザインの変遷を改めて見ると、本当に尊敬の念を持ちます。ダイムラーとして出発したのが1834年、メルセデスは1901年、メルセデスベンツになったのが1926年という歴史とともに、まだまだ成長しています。

今回は2つのクルマをピックアップしたいと思います。1台は現行メルセデスの中で、私が一番きれいなクルマだと思っている『AMG GT 4ドアクーペ(以下、AMG GT4)』です。もう1台は『EQS』。AMG GT4は内燃機関であるのに対し、EQSはBEVで、『Sクラス』に匹敵するポジショニングであり、サイズ感ですね。

そしてこれらは両極端なコンセプトを持っています。それは“クラシック”と“イノベイティブ”。このイノベイティブの解釈がとても重要な部分で、ひとつの会社がこの2つを同時期にやっているのがすごいことなんです。

まずAMG GT4は従来のロングノーズという典型的なFRのポジショニングが持つ格好良さがあり、まさにクラシックです。それに対しEQSのイノベイティブな部分は、EVになったことで、基本的なレイアウトを革新的に変えていることにあります。まず、ホイールベースが異常に長くなっている(3210mm)。かつ、シルエットは、ほぼワンモーション的で、EVとして理に叶ったデザインです。フロント部に大型のエンジンをレイアウトする必要がなく、そのぶんカウルは前方にキャビンを長くすることができ、室内が広がるわけです。足が伸ばせるレイアウトになる。特にリア席ではその傾向が強くなるでしょう。そういう視点では、このEQSはBEVセダンとしてまだ過渡期かもしれませんが、このEVプロポーションを見せておかないと次にいけないんですよ。

----:「次にいけない」とはどういうことでしょう。

和田:それは次世代の自動運転レベル3、4では、フロントシートが回転することを考えているからです。つまりはインテリア革命なんです。シートが回転することで、Face to Faceの会話が可能となり、これまでにはないコミュニケーションやドライブ感覚を得ることになるでしょう。まだそこまでは行きついてはいませんが、その第一歩がこのクルマだと考えてもいいかもしれません。

ただし、ここでお話をしておかなければいけないのは、まずEQSとSクラスのサイズ感は大体一緒ですが、AMG GT4の方が値段が高そうに見えることです。つまり現時点では、クラシックなプロポーションの方が高級に感じるということかもしれません。

そんなことはメルセデスも多分わかっているはずで、基本的にショートノーズになるということは値段的には少し安く感じられてしまう。ルックス的にもイマイチと感じてしまう要因にもなるかもしれないのに、あえてEQSをこのデザインで出しているところがメルセデスのすごいところなんです。

◆時代の読み方と世界の人々の機運をとらえている

----:現在の大枠なメルセデスデザインの潮流を理解したところで、まず「クラシック」なAMG GT4の具体的なデザインについて紐解いていただけますか。

和田:GT4は4ドアクーペの『CLS』の流れを汲むデザインです。CLSは2004年にデビューしました。格好良かったですね。これはメルセデスにとって画期的なデザインだったんです。それまではどちらかというと、合理的な方向性でドイツデザインの代名詞としてのファンクショナルデザインを推進していましたが、CLSからスタイリッシュになったんです。「メルセデスが変わるな」という予感を感じさせるプロポーションで、かつ後ろをスッとプランビューで絞り込み下げることで、クラシック要素もとり入れています。いわゆるモダンクラシックという流れを持たせた格好良さを確立させました。

続いて現デザイン部長のゴードン・ワーグナー氏が就任したころ(2011年)に出たのが2代目CLSです。少しデザインが複雑になり、この時期からしばらくデザインのバランスがあまり取れていない時代に入ります。

そうして現行の3代目が2018年に出ました。これはデザインランゲージをもう一度見直してシンプル化を図ることで、2代目の反省がものすごく感じられます。ちょっとクラシックスポーツを感じさせる。例えば、低いノーズからのウェッジシェイプでぎゅっとリアを下げている造形です。これはドイツ的デザインがちょっとイタリア化したセクシーさの表現ですね。機能的な部分とやりすぎないスタイリングがうまく合致している。この考え方は、私がかつて担当した初代アウディ『A7』と似ています。

メルセデスデザインの現在の特徴をAMG GT4で見てみると、時代の読み方と世界の人々の機運をうまく捉えているということがいえます。ボディは極めてシンプルで絶妙な面構成。ラインは無くす方向で、面自体の豊かさや陰影で人間味を表現しています。特にポジティブ面とインバース面のつなぎが絶妙で、素晴らしいリフレクションを起こしています。そのサイドのシンプルさに対し、フロントはいい意味でいやらしさがある。リアはややお尻下がりのセクシーさを持ち、他車とは違う独特な高級感が演出されています。

----:ポジティブ面とインバース面のつなぎが素晴らしいとお話をされましたが、具体的にはどこが特徴的ですか。

和田:特にフロントフェンダー周りとAピラー下部からの流れるエリア。いわゆるオープニングのフレアが入るんですけど、ここの面のつなぎは絶妙で、グッとくる部分です。これはなかなかできることじゃないんですよ。ボディサイドはキャラクターがなくなりとてもシンプルになりました。フロントは往年のDNA(パナメリカーナグリルなど)を使っていますよね。またシックスライトにすることで、自然な、極めてシンプルながら伸びやかさを感じさせている。これはCLSにはない概念です。

◆未来を担うメルセデスデザインの二刀流

----:では続いてEQSに移りましょう。

和田:BEVという新しいレイアウトであることに着目する必要があります。そこにメルセデスのいまの強さ、二刀流のデザインがあります。なぜならAMG GT4と全く違う正反対のプロポーションですから。すごいことは、これをフラッグシップに相当するEQSでやったことです。内部でも多分賛否両論起こったと想像できます。Sクラスに比べて高級感がないじゃないかという意見も出たかもしれません。でもその裏には、次の未来を見ているというところがあって、それこそがメルセデスの実力と感じます。

実はメルセデスはコンセプトショーカーをこれまでに実験的に色々出していて、例えば2015年に『F 015』というEVデザインのスタディモデルを出しています。これもシルエット的にはワンモーションで、どうやら彼らはこの感覚をやりたいのかなと感じていました。これは従来のエンジン車ではできないデザインです。だからしばらくメルセデスはクラシックとイノベイティブの二刀流で行くのだろうなと考えるわけです。

2019年には「ビジョンEQS」というEQSのショーカーをつくっています。基本的なプロポーションは、EQS生産車とほぼ似たような形で、少しショーカータッチにしていました。基本的にはかなり“メンツル(面つる)”で非常に凹凸が少なく、シンプルな傾向をより高めたいという意思が感じられます。このことを踏まえると、次に出てくる生産車はかなりこれに近い形になってくるかもしれません。


《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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