【和田智のカーデザインは楽しい】第5回…中国EVは情熱(パッション)に溢れている

2023年4月の上海モーターショーを訪れたカーデザイナーの和田智氏は衝撃を受けたという。写真はLynk&Coのプレゼンテーションディスプレイ。
2023年4月の上海モーターショーを訪れたカーデザイナーの和田智氏は衝撃を受けたという。写真はLynk&Coのプレゼンテーションディスプレイ。全 14 枚

連載5回目となる『和田智のカーデザインは楽しい』。2023年4月の上海モーターショーを訪れたカーデザイナーの和田智氏は衝撃を受けたという。いま中国で何が起こっているのか。今回は和田氏の目から見た中国のカーデザイン、中国EVの現状と日本の自動車産業のあり方について語る。

◆予期できることをきちんと伝える

----:和田さんは、アジア市場に対して思い入れが強いですよね。

和田:はい。連載2回目でもお話しましたが、以前、ジョルジェット・ジウジアーロ氏から、「サトシ、アジアにもクルマの良さを広めてほしい」という話がありました。何よりもいま、中国は最もホットな市場であり、ヨーロッパやアメリカのメーカーに在籍していたトップデザイナー達の多くが中国の仕事をしています。その理由は、最もエキサイティングかつ莫大なビジネスが起こっているからです。

----:そこで今回は中国を語ると。

和田:様々な日本のメディアで中国市場の話は一応取り上げられていますが、全く行き届いていないのが実情です。いま中国にどんなメーカーがあり、どんなクルマがどのようにデザインされて、どのように販売されているか。日本では通な人がBYDを知っているくらいで、100人中99人は知らない。

これから一体何が起きるかをきちんと伝えることによって、何を認識し、どういう対策をしていかなければいけないのかということを提言できるのがジャーナリズムです。

いま中国で起こっていることは、近いうちに必ず目に見えるかたちで日本の我々の前に現れます。それをきちんと伝えなくてはいけない。これが今回の上海モーターショーを見た僕の感想なんです。だから、今回この話題を取り上げたわけです。

◆クルマに対する情熱(パッション)が薄れるということは

-----:いまの中国を伝えることは、将来に向けての準備だと。

和田:パッションの問題なんですよ。クルマに携わっている人は、クルマに対する情熱や愛情を持っていてほしいと思います。でもいま、日本の多くの人はこの情熱や愛情を忘れかけているのではないか。これはクルマに限らず消費社会全体でそう感じます。つまり、ものづくりやものに対する思い入れがどんどん少なくなってしまっている。

その視点でいま最も強い情熱を発揮しているのは、中国かもしれません。モーターショー会場内外の熱気、来場者の熱い視線。その中心にあるのは、ピカピカの溢れんばかりのEV群です。強い情熱と同時に、彼らはどこに向かうのかという、先の不透明さも感じたのですが。

だから僕は少なくともデザイナーとして中国の仕事に対しては、デザインだけの提案だけではなく、クルマやものづくり自体の本質がどういうことかを含めて提案するように心がけています。その情熱が意味のある美しいもの、豊かで幸せな世界をつくっていくようにと。

◆エネルギーとチャレンジ

----:なるほど。では和田さんの目から中国の自動車メーカーを俯瞰するとどう映りますか。

和田:今回の上海モーターショーを見た、見ていないでは、次の5年もしくは10年後に向けての発想法は全く変わるだろうと思います。そのくらい、インパクトがありチャレンジングなモータショーでした。いま、中国の経営者や、デザイナー、エンジニアは、ものすごく頑張って、もがいています。そんな中でどんどんとEV会社を生み出すわけですよ。成功する確率は高くはなくとも、これこそが新しいモビリティや次なるデザインを生み出すためのエネルギーそのものになっているのだと思います。

振り返ると、日本の産業や社会も同じようなときがありました。70年代、オイルショックを経験してその後に爆発するような80年代が起こった。その時のエネルギーに溢れた時代、チャレンジングな時代を、僕は日産自動車で経験しています。いま思えばあのとき、デザイナーたちはあらゆる方向性を探りながら、いろんなことができた。自由な空気や勢いというものが存在していて、理想を追える場があった。それに近い環境がいま中国の社会の中で、ダイナミックに起こっていると感じます。

ですから、中国のメーカーも、もがいてはいるけれど、いまが一番楽しい時であり、何かが起こり得る時だということです。日本のメーカーは、このダイナミズムを軽く見てはいけない。もっと注視するべきです。このエネルギーこそがお互いを高められるひとつの要素になるからです。

◆おかしなものができるわけがない

----:それは中国のカーデザインという視点でもそうですか。

和田:デザイン的な意味合いからするとまだまだ志し半ばといったところでしょう。ただ、表面的にはすでに明らかに日本車を超えています。それは、日本のデザイナー以上の経験を積んだヨーロッパのデザイナーがデザインしているケースが多いからです。

例えば中国民間大手企業の吉利汽車(ジーリー、Geely Automobile)グループのデザイン責任者シュテファン・ジーラフ(Stefan Sielaff)はアウディ時代に僕と一緒にデザインをやっていました。アウディデザインの黄金期と呼ばれていた時代です。アウディに限らず、あの時代の優秀なデザイナー達がいま、みんな中国の仕事をしている。おかしなものができるわけがないですよ。

もちろんその中には中国の経営者のニーズも明確に入っていますが、以前とは全く違ってきています。昔はもっと個性的でもっと過剰な表現を求めていました。でもいまはすごくシンプルで優しくて、気持ちのいいデザインを望んでいます。この何年間の間で、正反対のことを言うようになったのです。

----:なぜそこまで変わったのでしょう。

和田:経営者が柔軟にいろんな勉強をしているからだと思います。これまでのようなデザインだと「インテリジェンスのない中国」と見られてしまうことに気がついた。シンプルなデザインの方向が、グローバルで共通の価値観になると。キャッチアップ能力はものすごく高い。

いまの中国のデザインを全般的に見ると、かなりヨーロピアンです。独自性といわれれば少し“?”な部分もありますが、それでもクルマの顔には中国の気質が出ていると思います。そういうところはヨーロッパのデザイナーも上手く兼ね合わせて入れ込んでいる。能力のあるデザイナー達ですから経営者がどういうことを望んでいるか、消費者がどう感じているかをコントロールしているんです。

◆大企業が起こし得るベイビーの作り方

----:中国では、日本では伝えられないような様々な新興メーカー(ベイビー)が登場しています。これらはどういった企業なのでしょうか。

和田:例えば 日本では知られていないIM(intelligence in motion)というEVメーカーがあります。これは中国の国営最大手企業である上海汽車集団(SAIC)が、民間IT大手であるアリババや複数のテクノロジー企業という異業種と合弁してつくったベイビーEV会社なんです。

----:これはベイビー会社をつくるうえでの参考になるのでは。

和田:その通り。これは大企業が起こし得るベイビーのつくり方の一例なんですが、異業種と組むことでクルマのつくり方やデザインにも新たな可能性が生まれていると感じます。

◆日本が再び「学ぶ」時代に

----:中国の自動車産業は今後どうなるのでしょうか。

和田:これから彼らは間違いなくより「外に出る」ということです。それに対して日本のメーカーや産業界が何をしなければいけないかというと、次世代のコミュニケーションやファイナンスの方法論、そして新たなデザインを先駆けて提示する必要があると考えます。日本もスタートアップやニューベイビーをいかに生み、育てるかが大きな鍵を握っていると思います。

----:日本が取り残されないようにするには、どのようにすればよいと考えますか。

和田:歴史的にはかつて、中国から多くを学んだように、また学ぶ時代になっていくべきでしょう。「僕らは成熟した素晴らしい国だから別に学ぶことはない」と思った瞬間に終わりです。

何回か中国の優秀な工科大学に行ったことがあるんですが、そこで驚いたのは、欧米からの留学生がたくさんいるんですよ。少し前は、中国の優秀な若者はどんどん海外へ出て学び、それを中国に持ち帰った。今は、逆に海外から多くの優秀な学生が中国で最先端を学んでいるんです。僕らは、多くの経験を持つ国だからこそ謙虚になるべきです。リスタディ、リデザインをして、それをまた、より一層発展させていくことが大切な時代になっていると思います。

いま中国の自動車メーカーのデザイン部に行ったら驚きますよ。20代、30代がグワーッといっぱいいます。日本のメーカーでは極めて少ない女性のエクステリアデザイナーもたくさんいます。そのようなひとつひとつが全然違う。みんなクルマが欲しい、それも格好良いクルマが欲しい。クルマが大好きなんです。


《内田俊一》

内田俊一

内田俊一(うちだしゅんいち) 日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 1966年生まれ。自動車関連のマーケティングリサーチ会社に18年間在籍し、先行開発、ユーザー調査に携わる。その後独立し、これまでの経験を活かしデザイン、マーケティング等の視点を中心に執筆。また、クラシックカーの分野も得意としている。保有車は車検切れのルノー25バカラとルノー10。

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